探していた希望の灯は温かかった
「リアン先生さ、その怖がりなんとかしようよ。たしかに日本の怪談教えてびびらせたのは雲林院先輩だけど。だからって最後の見回りに生徒同伴ってのはちょっとさ」
「オー、そう言いますが怖いンでーす」
「あ、あはは……。兄さん、相変わらずくだらないことしますよね、ホントに」
僕が途方に暮れていると知った声と名前が聞こえてきた。それと同時に朝の義母さんが残していった置き手紙とくれたものの存在を思いだして咄嗟に体を捻って鉄柱にポケットを押しつける。すると、鋭い警笛のような音が響き渡った。廊下から悲鳴があがる。
女のひとの悲鳴。数名男子の驚き声がしてすぐ、資料室前に明かりがやってくる。
「杏ちゃん!? え、ちょ、なんで!?」
「What!? 杏? ここでナにを?」
「兄さん、先生もちょっとどいて!」
ゴガッ、がっしゃーん! とすごい音がして資料室の扉が破られる。扉は吹っ飛び、資料室の奥に落ちて硝子が砕ける音が盛大に響き渡る。呆気に取られる僕。でもすぐに駆け寄ってきたひとを見上げて歪む視界で必死にその姿を見ようとする。安心したくて。
「ゆき、は、る……っ」
「杏さん、いったい……っ。……これは?」
一番に駆け寄ってきてくれた雪春に僕はなにも言えない。しゃくりあげてしまい、息をするのも苦しい。けど、雪春は目敏く僕を戒めている
構えを取り、鉄柱を蹴り倒そうとしている雪春にしかし一瞬早く待ったがかかる。
「待った、春。学校をあまり破壊すんなよ」
「ですが、兄さん!?」
「こういうのは、スマートにいこうぜ」
雪春を止めた雪夏は不敵に笑って自分の髪を留めているヘアピンを一本取って資料室の棚からゴム手袋、科学の実験で使う使い捨てのやつをはめて僕を戒めている手錠を手早く解錠。なにその特技。と平素なら思うけど僕は自由になった両手で雪夏に抱きつく。
雪夏は驚いていたけど僕を軽く片腕で抱きしめてくれる。僕は汚しちゃう、とかも気にせず雪夏に縋って泣く。だって怖かった。本当に、本当に怖くて心細かったんだ。
「杏? こんなところでなぜ? しかも手錠なんてかけられて、どうしたの?」
雪春や雪夏が泣いている僕に事情を訊こうとしたが、僕が今までになく泣いているので躊躇っている。その隙に女性教員、リアン先生が質問してきた。英語で。慌てて日本語より母国語がでちゃったんだと思われる。よし、僕も分析できる程度落ち着いてきた。
「あ、あい、つ、藍継が僕のこと殴り倒して僕にここで餓死しろって手錠をかけて」
「藍継さん? あの劣等生がどうして杏にそんなことするの? 逆恨みかなにか? でも今はどうでもいいわね。保健室はまだ開いているわ。いきましょう。手当てを」
わあ、リアン先生さりげなくあのクソ女のこと劣等生言った。けど、申し出はありがたい限りだ。手首が金属ですれまくってすごくひりひりする。痛い。それに怖かった。
僕とリアン先生の会話を聞いていた雲林院の兄弟は視線を交わし、もうひとり怖がりリアン先生のお供をしていた春日に軽く話して警察呼べ、と雪夏が指示している。
いや、警察って、と思いこそしたけど僕は反論する余裕もなくて雪夏の片手を借りて立たせてもらい雪春が申し出て彼に手を繫いでもらい、リアン先生の先導で保健室へ。
生徒がまだいることに驚いていた保健の先生は僕の手首を見て顔をしかめ、すぐ消毒。薬塗ってガーゼや油紙を当てて包帯を巻いてくれる。兄弟はその間、どこかに連絡。
「ここまでくると犯罪だよね、杏ちゃん? 悪いと思わないけど被害届だすから」
「で、でも」
「杏さん、秋兄さんが言っていた筈です。あなたの地獄は終わったんです。ですからこれは当然の権利であり、あって然るべき措置なんですよ。そもそもが手前の無思慮のせいだというのに逆恨みで杏さんをあんな場所にしかも拘束するなんて立派な犯罪者です」
「って、ことはさ、春、雲林院先輩? やっぱり香辛料トラップも藍継の仕業?」
「さーね。どうなの、杏ちゃん?」
「本人がそう言っていた。僕に入院してもらおうと思ったって。でも、ああする方が発見された時に面白いって言って……っ、よかった。ふたり、が学校にいてくれて」
「ああ、まあ俺は部活終わりリアン先生に捕獲されただけで春は俺が呼ぶまでもなく、天星と一緒にリアン先生の見回りに付き合って時間潰す予定だったらしいからね」
だから礼なら僕のこと心配して待っていてくれた雪春に、と言いたいのだろうけどどっちも同じくらい僕を助けてくれた。扉を蹴破った雪春にも。手錠といてくれた雪夏にも。そして、同じだけ春日にもリアン先生にも感謝だよ。感謝しかないよ、ホント。
「リアン先生、春日もありがと」
「どーいたしまして。で、雲林院先輩、どうします~? 被害届だしても藍継家があの女ほいほい差しだすとは思えないっすけど。それともなにか秘策でもあるんですか?」
「んー、秘策っつーか、物証?」
言って雪夏は僕を鉄柱に縛っていた手錠を片手でくるくる弄んでいる。彼はまだ手袋をはめたままだ。やがて僕の視線に気づいて雪夏は手錠くるくるをやめてにっ、と獰猛な肉食獣の笑みを見せる。今、獲物の喉笛を喰い破らんとするかのようで寒気がする。
雪夏のこんな笑み、はじめて見る。いつもの、のへへーん、としたものじゃない。
威嚇する獣の笑みだ。思わず僕の方がゾクッとする。僕が雪夏の野獣的微笑みにゾッとしていると保健室の扉が思いっ切り開けられて破壊されそうな音が響いた。僕が驚いて見ると真っ青な顔の義母さんと義母さんを制止しようとしている秋兄が立っていた。
「杏! 大丈夫か? 春と夏から」
「藍継のところのド阿呆がやらかしたと聞いたが大丈夫か、杏? すまないな。もっとあの時にでもあちら側に圧力をかけておくべきだった。そうすればこんなことに」
「いや、秋兄、そんな予知できないんだか」
僕が秋兄に予知能力ないんだからそんな無理だったこと謝らないで、と言おうとして義母さんに抱きしめられた。僕を腕に閉じ込める力は強い。それはそのままこのひとの心配の度合いが反映されてのこと。本気で心から心配してくれている。させてしまった。
義母さんの涙と嗚咽混じりの声。「よかった」とか「本当に大丈夫か?」と訊いてくるので僕は雪春たちに言われていた通り素直に心からの声を伝えることにした。
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