職員室のお手伝い罰則


 そして、食後で眠たいみんなに混ざって僕はあの高校と比べようもないハイレベルな授業を嬉々として受け、五限目、最後の授業を終えて跡を片づけてから変な罰則を受けに職員室へと向かった。待っていた藤堂先生がまず僕にさせたのは書類のファイリング。


「すまんな、雲林院さん。どうしても細々したことは後回しにされがちで」


「いいえ。他に雑務があればなんでも言ってください。普通なら僕は退学でも」


「いや。アレだけ注意していたのに藍継が地雷を踏んだのだから当然の措置だ」


「ありがとうございます、本当に」


「……。君はなんというか、とても慎ましいな。普通名家の養子になったりなんだりのコはもっとこう、言い方は悪いが鼻持ちならない感じに威張り腐るものなんだが」


「僕は僕の分をわきまえているだけです。どんな大富豪の養子になっても所詮こどもで学生にすぎないんですから。じゃないと性根が腐っていく。僕はそれが許せない」


 などと他愛なく話しながら僕は雑務をこなしていく。僕からは訊かなかったが藤堂先生が藍継にはあの広い体育館の美化清掃を罰にさせているとのことで不満された。


 藍継はなぜ自分がそんな雑用を、とごねたそうだがそれでも学校の決定に従えないならでていけ、と教頭が言うなり不承不承ながらも頷き、不貞腐れつつ引き受けた。


 ははあ、それで職員室から帰ってきてから不機嫌だったんだな、あいつ。まあ、とはいえあの女がきちんと掃除しているとは思えないのだけど、先生方もバカじゃない。ちゃーんと藍継の方にも僕同様見張り役の先生が張りついて指示をだしているのだという。


 そこはもっと綺麗に、とかもっとまじめにしろなどだそうだ。でないとあいつはいつも体育の授業準備も藍継曰く下僕の女子にやらせているのをきちんと知っている。


 知られていない、気づかれていないと思っているのは当人のみという憐れさだ。


 だから見張りの女性教員も手抜きしない。藍継を見張っているのは体育の授業監督をしている女性教員だそうだ。あの柔らかそうな先生。……。大丈夫だろう。あのバカ女でも教員を買収しようとはしない筈。多分、おそらく、きっと。いかれていなければ。


「ああ、雲林院さんそれは」


「あの、藤堂先生? 僕、呼び捨てでいいですけど、っていうかそうしてください」


「い、いや、だがな……」


「いいんです。僕はたかがガキですし。それに年長者が敬称つけるなんて変ですよ」


「……。わ、わかった。だが、雲林院君のことは呼び慣れているので変更できんぞ」


「はい。雪春を誰がどう呼ぶか、それを決める権利なんて僕にはありえませんから。それで、えっとそれは、っていうのはこっちのこの書類ですか? ……これは」


「二学年のミニテスト用紙だそうだ。枚数に不備がないか確認して足りないようなら印刷しておいてくれるか? ついでに問題の方も誤字脱字チェックを行ってほしい」


 おい、いいのか。そんなことさせても。いやまあ、僕に問題を覚えて雪夏に教える気は皆無だけどさ。でも、それは一介の学生にさせる仕事にしては荷が重い気がする。


 問題の流出とかそういうの、考えていないわけじゃなさそうだし、僕が教えないって変な信頼があるんだろう。いいのか悪いのか。いいんだろうけど。それだけ教師陣が僕のこと買ってくれているってことなんだし。……まだ目立つことした覚えないけど。


「……誤字脱字ないです。けど、これ難しくないですか? とてもミニとは思えな」


「と、言ってしまうのは解けるからか?」


 急に知らない声。僕が振り返ると神経質そうな細い銀フレーム眼鏡をかけた男の先生が立っていた。僕は無表情できょとんとする。誰、このひと? っていうか解けるのかって解けるけどこのくらいの問題なら。……。ああ、もしかしてこのひとがそうなのか?


 雪夏が言っていた陰険教師。えっと、たしか長崎先生? 僕が相手の名前、名刺カードが入っているプラホルダーを見てみると、ばっちり当たりで長崎先生だった。


 長崎先生はいたく不機嫌そうにむっとしている。先生の視線は僕が持っているミニテストの用紙に向いている。僕はとりあえず振られた質問に一個素直に頷いておく。


「君か? 雲林院雪夏にあの問題の答を教えたのは。ずいぶんとのろけていたぞ」


「あの問題っていうのは……」


「あのおサボりマンに課した罰則難題だ」


「あー、あの、罰則って知らなくて。故意で教えたわけじゃないですがすみません」


「……。謝ってくれとは言っていない。そうだ。私と組んであのバカに超難問をつくらないか? あいつが悶えるくらいの問題、君ならつくれないか? どうだ、雲林院?」


「先生、やめましょう。そういう嫌がらせ。多分だけど雪夏には一個も響かないし」


 うん。簡単にわかるぞ、その未来。僕に変な予知能力がなくてもそれくらいは予想つくって。あの雪夏に嫌がらせ問題つくっても徒労のような気がするし。「習ってないからできましぇーん」とか平然とふざけて言いそうだ。それで教室は笑いに包まれる。


 長崎先生、度胸と無駄な根性は認めるからやめましょ、その無意味な重過労働。あのお調子者とまじめに真正面からやりあうのは愚の骨頂。とてもじゃないが、勝てない。


 雪夏バカだけど頭はいい。少なくとも雪春よりは機転も利くし、英文については上だというのわかっている。そのさらに上をいくのが秋兄で、頂点に義母さんが君臨、と。


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