我儘だ。わかっているけどでもお願い
「これからしばらく、犯人が見つかるまでは俺が毒味してから食べるようにね?」
「や、でもそれだと雪夏が辛いし」
「……杏ちゃんが、俺のこと心配してくれている。およよ、俺もう死んでいいかも」
「ダメですよ、雪夏兄さん。きちんと生きてください。杏さんのトラウマが増え」
「こんくらいの冗句許せよ、春。俺さっきマジで死ぬほどきっつい味食らったぞ。アレは杏ちゃんが食べていたら内臓で爆発してしばらく入院だったかもな。けど、変だね」
「なにがですか?」
雪春の疑問。なにがというのは僕も疑問だ。雪夏がなにを訝しく思っているのか謎すぎる。謎だったけど雪夏はすぐ答えてくれた。雪夏が感じたおかしな点、を。
「まわりくどいっつーか? まるで杏ちゃんが胃腸弱っているの知っているみたい」
「クラスのコたちでしたらみなさん知っていますよ? 杏さんが公表しましたし」
「んじゃ、絞れるな」
「ええ。クラスに限定でしたら聞き込んでもいいかもしれませんが、それですと」
「うん。杏ちゃんが異常に騒いでいるみたく受け取って嫌みの声があがるかもだね」
うわ、なにそれ。いやだな。けどそう、毒ならまだしも香辛料を仕込まれた程度で騒ぐのは自意識過剰を疑われる。それにクラスの約一名を除いて誰かを疑うのはいやだ。
飴、わざわざ調べてラッピングまでしてくれたわけだし。それに疑いの感情は嫌み臭くて薄汚い気持ちになる。汚れるような気がするんだ。だからしたくない。犯人捜しなんてことしてもなにもえられないじゃないか。いやな思いするひとが増えるだけで。
でも、雪夏がぶー垂れていたせいでもう
わからない。どうしよう。どうしたらいい?
今はまだ香辛料トラップ程度で済んでいるけど嫌がらせが度を超したら義母さんにも連絡がいくかも。学校からじゃなくても兄弟が報告するかもしれないからな……。
けど、雪夏がぶーぶー言うくらい強烈な香辛料なんてどこで手に入れるんだろ?
まあ、かといって荷探しさせてほしいなんて言えないし。言いたくない。一番いいのはこれ以上兄弟に迷惑かけず嫌がらせがエスカレート吹っ飛ばして殺意にでも化けて僕に
……いや、殺意までいかない程度であってくれたらいいんだけど。僕がもしも犯人の癪に無意識で障っちゃったら一発殺意に変貌しかねない。それは危惧すべき点だ。
「ひとまず、雪春や他のクラスメイトたちからもなるべく離れるな、杏。孤立している状況では格好の的にされかねんからな。あと、このことは私から母上に報告をし」
「ううん。秋兄、義母さんには言わないで」
「? なぜだ、杏。まっとうな理由を頼む」
「僕、もう充分助けられているのにこんなちっぽけなことで心配かけたくないんだ」
「小さい? バカを言うな、杏。場合で入院することになるほどの
「……でも僕、荒立てたくないんだ。秋兄、ねえ、お願い。僕のこと心配してくれるその気持ちだけでいいから。お願いっ、秋兄。僕なら大丈夫だからさ。ほら、僕って」
「杏、お前の地獄はもう終わった。自ら繰り返そうなど正気の沙汰ではないぞ」
うん。わかっている。わかっているよ、秋兄。でもそこを曲げてでもお願いしたいのは僕の希望であって切望なのもあなたはきっと悟ってくれている。秋兄だけじゃない。
雪夏も雪春も心配してくれている。でも、平気だから義母さんに言わないで。きっと義母さんはすぐにでも犯人を捜すように圧力をかけるのは目に見えている。そして、悪戯程度で仕掛けたのだとしたらそんなことで学校を追われることになるかもしれない。
そんなのいやだ。それなら僕が辛い方がいい。ああ、僕は本当に変われない。
他人が不快になるくらいなら、と自分を犠牲にするのは悪癖だと自覚してもやめられないのはもっともっとダメな悪癖だね。心配してほしいわけじゃない。むしろしないでほしいのに。どうやったらこれが伝わるんだろう。僕のバカで正直な気持ちが……。
「……秋兄貴、やめよ。杏ちゃんの気持ちもわかるからさ、俺。荒立てて誰かが追放されるのがいやだ、怖いってのは俺、ちょっとわかる気がするし。杏ちゃんはずっと耐えて、頑張ってきて、それが水の泡になるのいやがる。それを他人にも当てはめる」
「雪夏、だが、それでもしも杏に」
「うん。だから俺らがいるんじゃん? 大切なら守ってやるくらいの気概は見せなきゃいけないっつーか、男が廃るってなものっしょ? でも、ね、杏ちゃん。犯人見つけたら処罰は受けさせるからそのつもりでいてね。さすがに見逃してはおけないからさ」
「……うん。わかった」
本当は罰なんてなくなればいい、と思っちゃう僕は甘いのだろうか? やっぱり僕の感覚は根本からおかしいのかもしれない。じゃなきゃ病院送りにされそうだったのに。
おかしな僕は雪夏が大丈夫だと言ってくれた食事をとって雪春と一緒に教室へ。
そこではもう春日が噂話を広げていた。
うわあ、と思っちゃったのは仕方ない。
クラスのみんなは疑わしそうに藍継の席を見ている。話を片耳で聞くに学内の、学食以上の高級食材を扱うようなレストランにいつもはいくらしいのだが、今日はその姿を見ていない、と一部利用者、ではないけど用事でいったひとの証言で盛りあがっている。
「みんな、突っ走っちゃダメだよ」
「でもさ、春」
「杏さんはことを荒立てたくないんだよ。その気持ちを汲むくらいはしてあげてくれないかな、天星君。ただでさえ変なもの入れられて神経過敏になっても耐えているんだ」
耐えている。神経過敏になりそうだよ、たしかに。さすがのあいつらも僕に変なもの食わせようとはしなかった。あいつらが料理に使った生ゴミ直前の食材をもらい、なんとか飢えを凌いでいた。それ以外に食えるものもらえなかった。……懐かしいね。
ついこの間までそうだった。雲林院家にもらわれて僕はすっかり安心していたんだろうか。そうじゃなきゃここまで無防備でなかっただろうし、雪夏にひどい味食わせるような事態にならなかった筈だ。警戒して、怪しんで……猜疑心でいっぱいになっていた。
その卑しい気持ちがなくなったのは喜ばしいことなのかもしれないのに、素直に喜べないのはやっぱりどうかしているんだ、僕。でも、歓迎すべき心の変化だろう。
そうこうしていると昼休み終了五分前の鐘が鳴り、他のクラスメイトも帰ってきてその中に藍継の姿もあるが、相変わらずの縦ロールで高慢そうに僕をちらっと見てふん、と鼻を鳴らすような仕草をしただけで幸いにも無駄に突っかかってくることはなかった。
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