昨日と同じように昼食、の筈が


「雪夏、呼びだしってなんだったの?」


「れ? 杏ちゃんが俺を気遣ってくれているってなに奇跡? 俺の寿命は今日ま」


「わかった。もう訊かない」


「ヤーダーっ聞いてよ、杏ちゃんっ!」


「公共の場で騒ぐな、雪夏。恥ずかしい」


 お昼休み。午前の授業は滞りなく終わり、正確には僕の方へなにかしら害はなく終えられた。ただ、藍継がホームルーム後の呼びだしで職員室から帰ってきてから超不機嫌でいつ僕に難癖つけてくるか、って心配だったけどクラスメイトたちが見張ってくれた。


 藍継が授業間の休憩の度、席を立ったけどそれとなく他のクラスメイトが僕に話しかけてくれて僕はそっちの応答に忙しいフリができた。そのコたちは藍継に顎で使われていたんだって。名家に養子として迎えられた彼女とちょっと裕福な彼女たちの差は歴然。


 なので、雲林院家に養子にしてもらったのに砕けている僕が自分たちを見下さないのが嬉しいし、これをきっかけに王子様たちに近づきたいな、と言っているコもいた。


 雪春がちょうどお手洗いに席を立っていたので言えたんだろうことは想像に易い。彼が戻ってくるなり、そそくさと自分たちの席に戻っていったので。顔、赤かったし。


 でも、な。と僕は春日が胃腸に優しいからと買ってきてくれたハトムギのお茶を飲みながら雪夏と秋兄を待っている間も雪春のこと見ていたけど、そこまでとっつきにくい感じはしないのにね。やっぱり世界屈指の財閥御曹司はみんなの憧れの的、ってか。


 なんて思っていると雪夏が来て、秋兄が来て、僕の食事が先んじて届けられ、雪春が兄たちと自分のお昼を買いにいったので僕は雪夏に質問しておく。完全なるお義理で。


 なのに、僕がお義理で訊いたってわかり切っているクセふざける雪夏に僕はもうなにも訊いてやんない、と言うと秋兄が言うように恥ずかしくみっともなく騒ぎだした。昨日の夜は風呂覗こうとしてこいつ小学生か、と思ったけど印象再訂正。園児か、お前は。


 秋兄も呆れまくっているので彼と僕の思考は共有されているっぽい。雪夏、アンタの脳味噌は園児のそれなのか? どういうこと。雪春が真似しなくて本当よかった。そうしみじみ思う今日この頃。これで雪春までアホだったら僕の胃に穴が開くっての。


「……くんくん。ん、あれ?」


「急になに、雪夏?」


「杏ちゃん、ちょっと食事見せて」


「え? いいけど……わっ、と?」


 僕の質問への返答を待っていたけど、急に雪夏が鼻をすんすんさせて僕の食事を見せてくれと言いだしたのでなにかと思いつつトレーを横にずらす。と、ずずいってな具合に雪夏が身を乗りだしてきて僕の食事のにおいを嗅ぐ。ちょ、近い近い近いってば!


 僕があたあたしているのを意に介さず、雪夏は一心不乱ににおいを嗅ぎまくる。


「雪夏、どうした?」


「んー、おっかしい。これ、この酢の物からカレー粉、じゃない。なんかハバネロっぽいもののにおいする。鼻がピリピリする。ちょっと食べてみていいかな、秋兄貴?」


「大丈夫なのか? お前の五感は人一倍」


「ん。多分俺らなら支障ないと思う」


 言いつつ、雪夏は驚きついでにちょっと怖くなっている僕の頭を撫でて箸でパク、と酢の物を試食。途端顔をしかめ、テーブルに備えつけの紙ナプキンにぺっ、した。


 ついで、雪夏はけんけん、けほごほ噎せてしまう。慌てる僕より早く水を用意していた秋兄が雪夏に水のコップを渡す。雪夏は目で兄に礼を言い、一気にぐっと呷る。


 ええ、そんな、に? そんなきっついもの入っていたの、これ? 僕は本格的に怖くなる。気づかず食べていたら僕の弱い胃を直撃していたかもしれないのは恐怖だ。


「せ、雪夏、大丈夫?」


「おえー。なにこれ。酸っぱいの奥に超辛いがいらっしゃるぅうう……っ。ってわけで杏ちゃん、食べちゃダメ。他のものは大丈夫そうだけど、一応毒味しとこうかね」


「い、いや、いいっ、いいって、雪夏!」


「ふむ。雪夏ですら時間差で辛さを感じるとなると杏が食べていたら胃か腸で」


「うん。爆弾よろしく炸裂したね。うえー、どこのアホだよ、こんな手の込んだ嫌がらせ考えつくの~。根性腐ってんじゃねえのってか俺が二次被害だし、これ。……あむ」


「だからいいって雪夏!」


 僕がいいって言うのに雪夏は残りのおかずとご飯も試食し、しばらく無言でいたけど他からはなにも検出されなかったのか大丈夫、の合図に親指ぐっとされた。けど、雪夏まだ舌がひりひりするのか、秋兄から水の二杯目をもらっている。と、そこに雪春帰還。


 両手にトレーを持っている。が、うちひとつには丼がふたつ乗っている。どうやら兄弟のうちふたりが丼でだされるメニューにしたようだ。雪夏は雪春からトレーを奪い、テーブルに置いて丼をひとつ自分のところへおろして残りをトレーごと兄に渡した。


「雪夏兄さん? どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもある意味劇薬が混入されていたんだよ、杏ちゃんの食事に」


「ええ!?」


 雪春の驚き声以上に雪夏の言葉で学食中が騒ぎだす。おそらくは僕にそれを混入したというよりは二次被害に遭った雪夏のことを心配する声が聞こえてくる。雲林院の、王子様たちのうち次男が毒盛られたとか、変なもの食わせられたとかなんとか。


 だが、その雪夏は我関せずとでも言いたげに口の中の味を洗浄するのにきつねうどんをすすっている。でも、これこの一杯で腹膨れるのか。って、そこは今どうでもいいよね。雪夏ってば大丈夫なのかな、本当に大丈夫なのか? 僕の食事毒味したせいで……。


「? だーいじょうぶだよ、杏ちゃん。そんな顔しないでってば。俺は平気だよ」


「雪夏兄さんも心配ですが杏さんの食事、それならあとは大丈夫なんですか?」


「あー、なんだよ、春。俺より杏ちゃん優先すんの? 兄さんのことどうでも」


「どうでもよくはないけど、杏さんよりは頑丈なのわかり切っているし、兄さんは」


 いや、そりゃあたしかに僕より雪夏の方が数倍頑丈なのはわかっているけど、でも心配してあげてよ、雪春。可哀想じゃんか、雪夏が。っていう僕の思考も珍しい。


 僕は僕の食事に変なもの混入するようなバカを探そうとしてみるけど、到底見つかりっこない。学食は広いし、あちこちに身をひそめられそうな柱が建てられている。


 でも、どうしよう。これじゃあいくら義母さんがメニューを個別に考えてくれていても変なもの入れられるなんてなったら安心できないよ。僕もそうだけど、兄弟も。


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