飴賄賂を受け取って
「はい。雲林院さん、僕のはミルク飴」
「私、いい薄荷の飴があって」
「お、俺フルーツ系にしてみたっ」
みな口々に自分が厳選してきた飴を十個ラッピングして僕に寄越してくるので僕は笑っちゃうしかない。マジで賄賂だ、これ。と、僕が笑っていると雪春も微笑んでくれた。なんかようやく雪春が僕の笑顔まともに正面から見てくれたような気がする。慣れた?
「どういうことですの!? その女はわたくしに暴力を振るったんですのよ!」
キモさにようやく慣れてくれたのか、と思っているとヒステリックな叫びがあがった。僕が声の発生地点を見ると藍継が僕を射殺さんばかりに睨んできていた。鼻のところに包帯が巻いてあるが、全然痛々しいとか思わない。むしろなんか気分いいのは病みか?
んで、クラスメイトたちの反応も冷たい。
「どういうもこういうも、自業自得だろ?」
「そうよ。先生があんなに言っていたのに」
「てゆうか包帯とか大袈裟だっての。雲林院さんのこの細さで骨折れるかあ? 演技過剰もたいがいにしろって、藍継。しかも登校中他のクラス男子に仕返しさせようとしたんだよなお前。恥知らずにもほどがあるだろ。そいつらがここに正確な話聞きに来たぜ」
へえ、あいつらきちんとしてんだな。普通、そこまで悔い改めないと思うけど。
クラスメイトたちの反応に藍継は唇をぎゅっと噛んでいる。あまり強くやると切れるぞそれ。って忠告するのも面倒臭いので僕は飴賄賂を受け取って自分の机に乗せ、みんなが選んできた童話を読ませてもらいはじめ、即興その場で軽くすらすら英訳していく。
読まれているコから順にメモを取りはじめる。中には同じ題材を選んだコもいたので別例文にして読んでみる。雪春は僕の隣の席で僕の英語力に目を真ん丸にしている。
すごいな。美形は間抜け面も美麗なのか。なんて無駄な発見しながら春日の持ってきたかぐや姫を英訳。春日は超薄型小型ノートパソコンを駆使し、その場で書いていく。
時折スペルチェックも頼まれたので僕は「じゃあ、あとでお茶でも一本奢ってよ」と特例措置を設けて春日の英訳絵本作成を手伝う。遠く藍継はみんなが僕を囲っているのに不思議そうな顔。ああ、あれはリアン先生に課題の有無を訊きにいっていないな。
愚かしい。勝手に休んで課題も免除されようなんてバカまっしぐらすぎる。
本当に思慮の浅い女だ、こいつ。僕だったら絶対に休んだ時の授業ででた課題はひとに訊くし、必ず教えてもらいにいく。そうしないと授業に遅れるのは自分の損だ。
せっかく学べる機会と時間や場所があるのに活用しないなんてもったいない。
「どう、春日、おおよそできたかな?」
「うん。あらかたできたからあとは肉づけだけだな。こっからは辞書とかでするよ」
「そうして。全部教えたら成長しないから」
「えへへー、厳ちーっ、なんつって。ありがとね、手伝ってくれて。お茶あとで、えーっと昼休みにでも買ってくるからさ。学食にいくよね? 春や雲林院先輩たちと」
「うん。僕、適当に食べるのできないから」
「大変だね。胃腸が弱いなんて。僕らそうしたらかなり恵まれているんだな~」
そうだね。その通りだよ。恵まれている君らが眩しいし、ちょっとだけ羨ましい。
だけど、僕はそれを欲しがらない。ないものを無理にねだっても無駄な努力でしかなくて結局僕は僕だからってのを思い知らされて軽く落ち込むか、絶望するかなのですごくバカバカしい。だから、ないものねだりはやめている。ずっと昔に、やめている。
やつらの飼育下にあった時すでに僕は悟っていたのだ。いわゆる普通が僕にはないものなんだってこと。なので、その頃から沁みついている習慣のようなものの一種。
そうこうとあって僕が全員に題材のヒント例文を教え終え、賄賂飴の包みを鞄にしまってすぐ、藤堂先生が入ってきて僕の顔を見てひとつ安心したように息をつく。
ありゃ、もしかして僕がショックのあまり不登校になるとか思われた? ふふ、大丈夫なのに。この程度で不登校になるような弱い精神じゃないもんですんで。
そこのところはあいつらにある意味鍛えられたことになる。全然ありがたくないから感謝の念もなーんにも浮かばないけど。僕が考え事していると藤堂先生はホームルームのあと藍継へ罰則を言い渡す為か、職員室に来るように、と言って早めに終了した。
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