登校路で可哀想なバカに絡まれ


「雪夏は?」


「雪夏兄さんなら急に学校から呼びだされたって言って先にいっちゃったけど」


「どうせ、ミニテストか課題結果に不明瞭な点でもあって指摘されにいっただけだ」


「そういうのしょっちゅうなの?」


「いや、そういうわけではないが、あの日、病院あそこで杏に答えさせた問題があっただろう? それに疑問を抱かれた、とかそういう類のものだろうが気にしないでいい」


 病院で答えた問題、と聞いて僕が青ざめたのを見てか秋兄がつけ加えてくれる。僕はでも内心あたふたしまくりだ。だって、今日は僕、職員室で居残りなのに……っ。


 ああ、もう。雪夏のバカ。あのおバカさんめ。罰なら自分だけで受けてよっ。


 ただでさえ学校いくまでの道で誰かしら正義漢面した誰かに睨まれて絡まれそうな予感がするのに。秋兄たちがいてもそういうバカって後先考えないから、困るんだ。


 それに兄弟を盾にして隠れるような真似、僕はしたくない。ああ、こういうのが生きにくい理由かな? 秋兄も雪春ももっと頼ってくれていい、と言いそうだけどね。


 でもね、僕はもうあの地獄から逃がしてもらえたから。それだけ、ねえ、それだけでいいんだよ。それに義母さんは僕に言ってくれた。「好き」だって。お義理でも言ってくれたから僕はすごく救われたんだ。だからもう、いいの。自分のことは自分でやろう。


 そんなふうに思わせてくれたからそれだけでいいの。いつまでも惰性で、虐めに耐えるだけの日々が終わってくれただけで僕には充分なんだ。だからね、心配しないで。


「いこ、ふたり共」


「ああ。……杏、無理はするな」


「うん。なにかあったら教えて」


「ええと、大丈夫だよ。きっとね」


 そう、適当に答えて僕は秋兄を先頭に、雪春に背後を固められての登校になったのだけど、予想通りで視線が痛い。今日は男子生徒からの刺すような視線を感じる。


 愛想振りまいているだけあって後ろ盾に仕立てられそうな輩くらいいそうだとは思っていたけど、ここまでとはちょっと違った意味で表彰してあげたくなっちゃうね。


「おい、そこの金髪ちび」


「僕がなに?」


「無抵抗の佳那ちゃんへ一方的に暴力振るったんだってな。クソ人間でクズが!」


「聞き捨てなりませんね、それ」


 いきなり僕に声、というか罵声をかけてきた男子を見上げてひとつ心中で苦笑しておく僕である。無抵抗だったというか驚いていただけだろうけど、それでもってのは違うのはそうだから。僕が訂正を入れようとしたのと雪春が唸ったのは同時。


 振り向いて見上げた雪春の顔には鬼気迫るものがある。この男子たちがなにかこれ以上にものを言おうものなら問答無用で手をあげそうなくらいには。滲みでる怒り。


 でも、僕は望まない。なので、雪春にアイコンタクト。僕から大丈夫と合図されて雪春は困惑。こんな僕に比べたら巨漢とも言える男たち相手にどう躱すもとい、どうしてそんな暴言を許せるのだ、と言いたいのが顔に全部でている。素直だね、雪春。


 でもね、こういうのはまともに相手しちゃダメなんだよ。こういう手合いはアホ。


 それもたいがいにおいて女にいい格好見せたいだけのおバカさんなんだからさ。どうせあのクソ女、藍継がどこか近くで見ているのだろう。隠れて。自分の手は汚さずに。


 ホントにクソだ、あの女こそ。


「訂正させてもらうよ。先に僕の触れちゃいけないって事前注意があった地雷を踏んだのはあっちだ。そこ、聞いているっていうか聞かされているの、アンタたち。知らないでこんな公共の場で女の子に罵詈雑言浴びせる方が不利益だと思うんだけど、わかる?」


「無抵抗を殴ったのは」


「別に僕は抵抗してもらってもよかったけど呆けてしなかったのはあっちの落ち度」


「ふざけんな!」


「ふざけてなんていないよ。事実を述べているだけ。で、結局あの女が僕にした仕打ちについて聞かされているのかの返答くれるかな。もしも、知らないなら憐れなことになるのはアンタたちの方だ。もう、僕への罰則も決定済み。私刑なんて御法度でしょ?」


「そ、それは……。おい、佳那ちゃん一方的に絡まれたって言っていたよな?」


「あ、ああ」


 ははあ、ほらね。雪春。どうせ狡いことしようとしてもこうやってやればあっさりボロがでるものなんだよ。だから、こういうのは淡々と事実陳列で片すのがいいよ。


 雪春、君の拳は優しさが為に振るわれるべきだ。こんな事情もなにも知らないアホに振るっても穢れるだけだよ。それもあの女、藍継佳那なんてのに乗せられない方がいい。それこそなにを言われるかわかったもんじゃない。雪春、でもね、気持ちは嬉しいよ。


 君に、僕は救われてばかりだ。それを情けないとか申し訳ないって思うのも僕はやめようと思っているんだ。だって、それは君の優しさへの侮辱になっちゃうからね。


「なにを吹き込まれたか知らんが、うちの義妹は先に被害をこうむっている。他人の心を好き勝手に蹂躙しておいて自分が不利になりそうなことを隠し、他に報復させるのは感心しない以前にひととしてどうか、と私たちは思うが、君たちはどうなのかね?」


「ぁ、う……っ」


「話が以上でその程度の認識で絡むのは迷惑なのでやめてくれたまえ。さあ、君たちも私たちも遅刻するといけない。あのような小賢しい性根の膿んだ人間の話題はこれくらいにして登校し、登校させてくれ。それとも、私の方で高校の側へ連絡しようか?」


 秋兄からトドメが吐かれる。あちゃ、秋兄相当おかんむりだ、これ。まあ、秋兄の言うことが正しくて圧倒的事実。なので、にわか正義漢は格好悪くも退散するしかない。


 けど、これであの女が諦めるとも思えないので用心だけはしておこう、と思うけど、いざなにかあってもラッキーは続かないように人生はなっている。特に僕の場合。


 なので、今朝僕らより先にでかけていった義母さんが僕に書置きと一緒に残していってくれたものがしっかり制服の内ポケットにしまってあるのを触れて確認しておいた。


 慰め程度、と義母さんは思っているようだけどあるのとないのとじゃ雲泥の差だ。


 たしかに保険ではあるけれど。でも、保険もかけていないと痛い目見るものね。


 こうしてちょっとしたトラブルイベがあって僕らは無事登校し、秋兄とは高校の門そばで別れる。僕は雪春と一緒に教室へ。んで、早速クラスメイトたちに囲まれた。


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