バカの理由と僕のおねがい
「すまんな。男きょうだいしかいないもんだから杏みたいな女の子にどう接していいかの距離をはかりかねて、必死ではかろうとしているんだよ。まあ、アレでもな?」
「でも、セクハラはやめてほしい」
「そう言ってやるな。本当にどう接していいか手探りして、距離をはかっているんだ。雪夏はそういう節がある。誰に対しても。どれくらい踏み込んでいいか確かめる」
「見えない」
「ははは、だろうな。一歩間違えればたんなるアホだし。女の子との経験がないだけ余計に、どこまで踏み込んでいいかわからない。あいつなりに苦労しているのさ」
ふーん。雪夏に苦労って単語は似合わないけど義母さんがそう言うならそうなんだろうか。苦労、苦労ね。まぁったく想像つかないというか。アホな冗句みたい。
本人にも義母さんにも言わないけど。それよりは朝倉と神薙になんてメールしようか考えておこう。心配かけてごめん、って言うべきなんだけど、いざ言うというかメールで送るとなると困るな。気恥ずかしい。昔は名前や愛称で呼んでいたのに、ね。変なの。
いつからだっただろうか。神無ちゃんが神薙になり、あっ君が朝倉になったのは。
ひとつたしかなのは僕の飼育がはじまってからだってこと。友達がいる、なんてのはなんの難癖をつけられるかわからないものだった。楽しそうに見える、うつる真似は絶対に避けなければならなかったから。だからきっと、それくらいからだな。
そうじゃないと、親しいひとがいるというのはあいつらにとって致命的だったから。僕が孤立している方が飼育しやすかった筈だからさ。だから、僕から距離を置いた。暴かれることを恐れて。知られたくなくて。だって、母さんのことだけでも悲しかった。
悲しくて、一見それとわかりにくく殺された母さんのこと思うと悲しくてならず、今までの人生で一番大泣きしたって覚えている。それから僕はあの言葉に飢えるようになったってのを覚えている。いつも母さんが呪文のように僕へ唱えてくれていた、言葉。
「義母さん」
「ん。どうした、杏?」
「その、僕のこと、好き?」
そう、「好き」。それほどでよかった。他にはなにも要らないの、僕。ただ一言好きだよと言ってもらえればそれだけで充分以上に満たされる。あの家ではなかったから。
誰も僕に好きって言ってくれなかった。消えろって、いなくなれって、死んでしまえって言われ続けていた。だから、それさえ言ってもらえれば僕は満足なんだよね。
ねえ、お願い。僕に、好きって言って?
僕の質問に義母さんは怪訝そうにしたがすぐなにかに察しがついたのかひどく悲しそうな顔をした。でも、きっちりと義母さんは僕に言ってくれるんだ。僕の渇望を。
「好きだよ、杏。大好きだ」
「……ありがとう」
「お前は本当に可愛いな、杏。こんな、これっぽっちの言葉でそんな顔するなんて」
「どんな顔?」
「嬉しそうだ。あの時、病室で死んだように空虚を眺めるともなく眺めていたのが嘘のようにな。こんなおねだりならいくらでもしてくれていいんだぞ。私の可愛い愛義娘」
「義母さんこそホント優しいよね。僕なんかを義娘って言ってくれるなんてさ」
「私も息子ばかりで娘というのにどう接していいかわからない部分はある。でも、そうだな。言葉にしないと伝わらないこともある。当然にあるよな。ありがとう、杏」
「なにが?」
「ん? 私に大切なこと教えてくれて」
大袈裟だな、義母さん。でも、ちょっと不器用でもそのぬくもりに安心できる。
んで、あまり長湯するのもアレなのであがることにした僕らは脱衣スペースで体を拭いて僕は義母さんの手で全身スキンケアされてから服を着る。義母さんも自分ケアしているけど僕にしたのよりずっと雑だ。それはそのままこのひとの愛情。心からの愛。
部屋着に着替えた僕たちは食堂に向かい、男性陣を待って食事になった。
食事中の話題はやはりというとなんだけど藍継家の御令嬢である、というか御令嬢にしてもらった佳那という女のこと。義母さんもパーティでたまに見かけるらしい。
が、これこそやっぱりというか、義母さんまですごく悪評つけていて、しまいにはのろけて「私の杏の方が百万倍可愛いし、美人で慎み深くて頭もいい」とか言っている。
義母さん、それはあなたの贔屓目でしょ。
勝手に余所の家、仮にも令嬢を貶しちゃいけないと思うんだけど。でも、秋兄も心底いやそうにその義母さんの付き添いで一緒にいった、参加したパーティで絡まれた。という苦~い思い出、なるものをいやいやながらに語ってくれた。もんのすごい、ひどい顔で。
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