夕食中にしたい話題じゃないっぽい


「あの女は本当に雪夏ではないが、すさまじい節操なしだ。私が踊らない、と断るや他の名家の男性に甘えにいっていたが、その男性と踊る間も私を見てきて鬱陶しかった」


「なんで、他のひとにいって秋兄を?」


「真相は当人のみぞ知る、だな。が、私はこんなに踊れるいい女、なるアピールだ」


「俺と春は部活あってその時は秋兄貴が出席したけど、秋兄貴がいけない時は俺だったしマジ鬱陶しかったなー、あの女。それ思うと杏ちゃんは謙虚すぎるくらいだね」


「比べないでよ、雪夏。気持ち悪い」


「あ、ごめんごめん。つい、ね?」


 ついってなにさ、ついって。僕が五目野菜のあったかうどんをすする前で義母さんがいかにも苦々しくけっ、とばかりに毒を吐くのを秋兄がなんとかして宥めている。


 義母さんは本当に機嫌が悪そうだ。


 このままだと藍継当主に抗議文なり送りつけそうなくらい。っていうか、僕のこと溺愛しすぎじゃないか? これじゃまるで。はは、お義理半分でもらわれたのにね。


 なのに、義母さんってばまじめなマジの顔で言うもんだから僕もちょい勘違いしちゃうよ。あの、ザ・お嬢様よりも自分の方が数倍ましな、そう、慎みのある養子だって。


 あの女は慎みとか遠慮と無縁だ。我儘でまわりを好き放題に振りまわしていそう。


 てゆうか、あの縦ロールで学校へ来られる方に僕は驚きだ。校則とかないのかな?


 髪の毛は指定なかったんだったっけ。ただ染髪はNGだと思うんだけど……。よくわからないな。なにがよくて悪いのか。僕は疑問を持ったままうどんをすするのに戻る。


 そうするうちに秋兄が話題をそれとなくすり替えている。僕のことを自慢する義母さんに参ってだと思われる。だって、ヒートアップしていく義母さんを無理矢理遮った。


「そ、そういえば、杏のことですが、昼は普通にあのメニューで完食できました」


「んあ? 当たり前だろう。私が特別に考案した杏だけの特別メニューだぞ、秋」


「は、はい。それはもちろんですが、初登校で緊張していたと思いますし、それできちんと食べられたのは喜ばしい、とそう感じ、ご報告を、と思った次第です、母上」


「……。ふ、ふふ、そうか? そうだろ? 私の杏は頑張り屋さんだからな~♪」


「はい。今までのこともそうでしょうが、勉学への並々ならぬ努力を思い知ります」


「だろ? 藍継などと三流名家の養女なんぞと私が見初めた杏は根本から違うのさ」


 普段の秋兄だったら義母さんの話に別話題を無理矢理かぶせる真似死んでもしない筈だから僕のろけに相当参ったんだな。あるいは藍継の話題にヤな思い出が蘇ったか。


 なのに、逸らしたと思ったのに結局僕と藍継家の嫌みお嬢様の話題に戻った。……あれだよ、秋兄。諦めも肝心だって。義母さんの今最大の関心事はそこにしかないし。


 僕の心の傷に触れてきた。無遠慮に無思慮になんの考えもなしに、残酷に……。そのことを義母さんが許す筈がないんだ。僕のこと大事にしてくれるこのひとが、絶対に。


 そして、その義母さん話を鵜呑みにすると藍継は三流名家。つまり格下の名家令嬢程度に僕を傷つけられたとあっては心中穏やかでいられない、という感じだろうか。


 僕としてはそこまでしてくれなくてもいいのに、って感じだけど義母さんは心底不愉快そうにしている。でも、学校側の処遇に不服を申し立てるほどじゃない。


 大人げないし、それこそ余裕がないように思われる。そうなったら雲林院にも損だ。だから、学校側の処断に任せることを決め、以上に口ださないことにしてくれた。


 殴ってしまった僕のこともきちんと責めてくれる。しっかりした大人の態度。


 これだから僕はもちろん兄弟も義母さんに敵わないんだろうな。名家当主の威厳と誇り溢れる態度と度量。眩しい威光にとても惹かれる。ひとを惹きつけるひとだと思う。


 ……なのに、僕のことが絡むとちょいアホの片鱗を見せてくださるのはどこぞの次男が似たのかもしれない。それ以外の要素は秋兄がしっかり引き継いでいる。雪春は義母さんの強かさと時折背筋が寒くなるような暗黒笑顔を持っているのでこっちも侮れない。


「しかし、職員室の、教員の手伝いとはな」


「え? なに、杏ちゃんそんな罰なの? ああ、じゃあアレだ。長崎の次のミニテストの試験用紙一枚パクってきてくれる? 今度こそ満点取ってやるし、あの陰険教師め」


「おまえはバカか。自力でやれ、雪夏。そもそもが教職員の手伝いをしていて試験用紙を盗んだら、そちらの方がよほど問題だろうが。ですが、母上、そのような罰則」


「ああ。安心院にしちゃあぬるいというか異質すぎる。ひとえに杏の観察にしても」


「あ、やっぱり僕の観察なんだ」


「もしかしたら藍継のアホ女が自分に暴行しておいて、とか言ってごねたのかもね。そんで、杏ちゃんに職員の手伝い、つっても雑用がお似合いだって言ったのかもよ」


 ありうる。あの陰湿そうなお嬢様のことだし、矜持も無駄に高そうだ。そう訴えておいて自分は被害者面ってのが目に浮かぶ。なので、僕は一応確認しておくことにした。


「じゃ、あの女は罰なし?」


「いや、私から言っておいた。杏の心に負った傷をつついた罪は重い。一方的に被害者を気取られるのは不快だ、とな。だから教員、学校もあちらへ相応に罰をくだす」


 なるほど。どんな罰だろ。せめてあのクソ女の苦手分野をつつくような罰だといいなと思っちゃう僕は相当キているのだと思われる。それくらい、母さんのことに触れられるのも本来家族で在らねばならない、ならなかったあいつらのことに触れるのも禁忌だ。


 なので、あの女にとってきつい罰が喜ばしいし好ましいと思えてしまうのだ。だってそうじゃなきゃ、僕の殴った拳の方がよっぽど痛くて、心が悲鳴をあげてしまうから。


 こうして、藍継と僕のいろいろな話題で食事時間は終了。僕はうどんを食べ終わり義母さんからちょっと過剰な「よく食べられました~」な頬擦りを受けて照れ臭いながらも部屋に引き揚げて明日の授業準備をしてパジャマに着替え、ベッドにもぐって眠った。


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