変な罰則。お風呂。アホ発生中


「僕、明日職員室のお手伝いするみたい」


「え? どうして?」


「んー? なんか富岡先生が僕にはひとに教える才能があるかもしれないから普段手が届かない雑務なんかをしてもらおうってことになったらしいけど、奇妙だよね?」


「……観察かもね」


「ん?」


「杏さんがどういうひとなのか判断するのに基準となる要素がまだ教師陣には少ない。だからそばで観察してどういう人柄なのか知ろうと思っているのかもしれないね」


 ふーん。僕なんか観察しても面白くないのに物好きな罰則を考えつくもんだ。まあ、僕としては即退学にならなかっただけ感謝だし、そういう意味ではいい罰則だろうね。


 それに義母さんもこうして僕にメールくれたってことはその罰則でいい、と言ったんだろう。じゃなきゃ、抗議するとか書きそうだし。メールを下にさがると今日も一緒にお風呂入ろう、と書いてあった。義母さん、スタイルいいから僕は敗北感しかない。


 いや、むしろ惨敗感? とりあえず同じ女性として一緒にお風呂入るのが恐れ多いくらいのプロポーションだ。義母さん、アレで三人の子持ちだっていうから驚きすぎる。


 羨ましくない、と言えば嘘になる。正直に羨ましい。でも、僕にはない要素だし。


 ないものねだり。それがわかっているから僕はなにも言わない。欲しがらないよ。僕はだって所詮僕でしかない。僕らしくあればいいんだ。昔、母さんが言い聞かせてくれたようにさ。ただただ、そのままであればいい。在ればいい。それが僕の定義だものね。


「パソコン、どこに戻せばいい?」


「僕がやるよ。助けてくれたお礼」


「ええー、悪いって。それに場所知らないと僕がひとりで使う時、困るじゃんか」


「……。杏さんのそういう謙虚なところは僕いいところだと思うけど、甘えてくれていいのに、これくらいって思っちゃう。矛盾だけど、僕は君にもっと頼ってほしい」


「? 頼っているけど?」


「ううん。秋兄さんに甘えるみたいなのないからさ。僕や、雪夏兄さんに対しては」


 そうかな? 僕、そんな秋兄にばかり頼っているように見える? これでも雪春には頼っているつもりなんだけど。……雪夏は調子に乗りそうだし今のところないが。


 けど、ひとの感じ方はそのひとそれぞれ。雪春はもっと頼りにしてもらいたいと思っている。思ってくれている。僕を地獄から救ってくれただけで充分すぎるのにね。


 だから、僕は雪春にパソコンの収納を任せて後ろでこそっと観察するに留めた。雪春はすごく、露骨なくらい嬉しそうに、犬だったら尻尾が吹っ飛んでいきそうなくらいぶんぶんしてそうなほど嬉しそうにパソコンを片づけてくれた。なる。そこにしまうのか。


 確認して、僕は雪春と一旦別れて部屋に鞄と宿題を持っていき、ファイリング。


 失くしたら困るから、すぐ目につく場所に置いておく。英語の教科書の中。うん、隠されたりがない限り忘れていきようがない。あ、と一応署名しておこ。ってことでボールペンで裏にさらささ、と続け字で署名しておくのと、僕なりのメッセージも書いとく。


 母さんの死を誰も悲しんでいない。少なくともあいつら、あのクソ家族は。ずっと、そうして絶望感に支配されていた僕にとってリアン先生の存在は少し救いになった。


 そうこうしていると義母さんが顔に似合わず「ちかりた~」とか言いつつ帰宅してきたので僕は用意していた着替えを持って義母さんと一緒に風呂へ向かう。義母さんは僕を心配してくれているけど、ご心配なく。あなたの優しい息子たちに慰めてもらったよ。


「そうか。あいつらが……」


「うん。意外なことに雪夏も」


「なにかあったのか? なんだ、寝込み襲われたか!? くっ、私だってまだ」


「義母さん? 発言がおかしいよ?」


 なにをさらっと自分も襲いたい的なこと言っているんだ。身の危険をひしひしと感じるでしょうが。まあ、義母さんなりの冗句であってその気はないんだけどね。……ね?


 僕が義母さんに狙われているのか? とふと頭の片隅で思っていると義母さんは僕に初登校と授業の感想を訊ねてくるのではっきり言っておいた。あの、前の高校より百倍ましだってことと先生の中に僕の母さんを知っているひとがいたってこと。報告までに。


 義母さんは僕の報告を嬉しそうに聞き、また僕を丸洗いしてくれた。多分、ついでに僕の体に残っている痕を確認しているんだろうけど。体育の授業で着替えた時はひとりだったからよかったけど僕の体にはまだ、あの家にいた時の痕が残っている。


 曰く、帰宅が自分たちよりも遅いなんて生意気だ、とか飯なんて食えると思うな、だったり今日マジむかつくことあったんだわ、とかで僕はよく殴る蹴るされていた。


 その時の痣が、痕が残ってしまっている。義母さんの見立てでは一週間もあれば消えるとのことだった。だから、僕は気にしない。でも、見られるのは気分的によくない。


 痣痕こんなもの見てしまってなにを思うか、考えるかもしくは怖がられるのも可哀想だ。相手が。僕はどうでもいい。お肉もついていない貧相でちっこい僕なのにこの上さらに虐待痕まであるのが知られるのは知った方がどう捉えるか心配になる。ただ、たったそれだけ。


 僕は誰かが思うよりずっと自分自身のことにドライだ。そこは事実なので認める。


 だから、義母さんのついでに、とされた報告に驚いた。なんと、朝倉と神薙がまたあの病院に見舞いに来たのだそうだ。で、僕が退院して雲林院ここの養子になったと聞いて安心しついでに、メアドと電番をメモって「渡してほしい」と、言って寄越したのだとか。


「私の鞄にもらっておいた。帰りに寄ってみたらおふたり揃って青い顔していたよ」


「僕が退院していて?」


「そ。だから、うちで大切にするって約束しておいたからあとで連絡してやりな」


 僕は義母さんの言葉に慌てて頷き、シャンプーの泡が目に入って痛い思いをした。


 義母さんは苦笑していたが、すぐ浄水で僕の目をぱしゃぱしゃ洗ってくれ、自分も髪と体洗って湯船にざぶー、と沈んだ。僕もあとに続く。……すごいよ、この家。男女でお風呂わかれているんだよ。ここも義母さんの変なこだわりだろうか? とか思ったり。


 隣の男湯が少し賑やかなので部活帰りに秋兄や雪夏が汗流しているってところか?


 でも、どうしてだろう。拳骨の音がするのは。なに、覗きでも企むアホ発生中?


 ……。気づかなかったフリしておこ。これで僕に知られたとあってはいかな雪夏でも多少なり怯むかへこむ、だろう。多分。いや、あいつは並大抵のことではへこまない。


 そして、覗きとかお前は本当に小学生か?


 僕が呆れる隣で義母さんも「あのアホめ」という感じの雰囲気で呆れて苦笑している。そして雪夏がここまで過剰に僕へ構ったり、構って~する理由を教えてくれた。


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