午後からの予定確認と雲林院の家訓


「午後の授業は体育が入っているけど、杏さんは見学するようにしてあるからね」


「そう、なんだ。誰の指示で?」


「母上だ。まだ体を動かすのは危険だ。通学程度ならまだいいが、運動はもう少し体力がついてからの方がいい。怪我の元にもなるし、また病室に入るのはいやだろ?」


「う、うん。でも、動かないでいるのも」


「悪い。だから、杏ちゃんは家で個別レッスンを受けるように段取り中だから。まずはヨガの簡単なポーズから入って、大きく動くものして、ピラティスいって、そっから武道方面に舵取りかな~? というのが俺らの予想だけど。母さん次第だね、そこは」


「武道って?」


「護身くらい自分でできなきゃいけないってのがうちの重要家訓のひとつ、なのさ」


 すごい家訓だ。でも、そう。学校にまであの黒服、SPさんが入るわけにはいかないし当然の心がけなのだ。きっと。……だからか。秋兄も雪夏も雪春も武芸を嗜んでいるのはそういう? でも、家訓云々だけじゃないっぽいけど、三人。熱の入れようが。


 でも、なにもしていない僕がしたり顔で三人のことを思案するのもどうかと思う。だからこの場は流しておこう。しかし、ヨガにピラティス。前の高校の女子連中がダイエットに取り入れている、とかいう話を聞いたことあってその運動自体は知っている。


 きっと体幹づくりが目的だ、僕の場合。じゃなきゃ、僕の貧相これでダイエットはないってかそんなことしたら義母さんが心配する。そんなことしはじめるなんてどうしてしまったんだ!? とか、ダイエット目的に運動などしようものなら義母さんが心配で倒れる。


 ……めっちゃ容易に想像がつく、ってのも考え物なんだろうな。とりあえず、午後の体育は見学して、僕と雪春はもう一個授業が入っていた筈。英語、だったかな?


「時に杏ちゃんや」


「うん?」


「杏ちゃんって英会話とかどうなの? 俺らは母さんがうっさいし、日常で困らない程度に身に着けているけど。うちさ、海外からのお客さんも来たりすんだよね。だからさ」


「ああ、うん。ある程度の基本は押さえているよ。母さんが熱心に教えてくれたし」


「杏ちゃんのお母さん?」


「……。ん、そう。僕の母さん」


 確認してきた雪夏は本場の外国人に直接教わっていたという僕の異経歴っぽいものにへえ、という顔。まあ、この見た目というか、なりで英会話できないのは結構、それこそ国籍とかにも疑いがかかるし、他の勉強より英会話こっちの方に力注いできたかも、僕。


 もちろん、一般常識や教養の方も疎かにしたことないけど、それでも話すことは一種の武器だ、と母さんに教わって幼少期から英会話を叩き込まれたもんだ。


 あのクソ兄貴たちには一切教えていなかったみたいだけど。なぜかは知れない。


 なので、英語の授業は少し楽しみ。ああ、なんだかな。こういうところが変態っぽいのか、僕。朝倉など授業が楽しみだと言う僕に「はあ!?」とかって反応されたし。


 特に中学へあがった際、英語が本格始動するって時、僕はもうすでにいろいろな英単語を知っていたし、熟語や発音、文章の方も特に支障なくだった。だからか、神薙に将来は国を越えて仕事できるね、と言われたこともあった。ここでは、どうなんだろうか?


 教師はどこまでできるひとだろう?


 義母さんが安心院は世界を目指す学校だ、とか言っていたけどそれなら異国語には相当力を入れているのではないだろうか、と勝手に無駄期待している僕である。前の高校はお飾りに勉強する程度だったので、正直すっげーつまんなかったのを覚えている。


 しかも、教科担当は風紀顧問の石橋だったので授業中は一瞬たりとも気が抜けなかったし。理不尽に難問をぶつけてくることもしばしばだった。いや、そこまでの難度じゃなかったから別によかったけど。答えたあとにすごく睨まれるのは超いやだった。


「ふへー、杏ちゃんホント勉強関係ならなんでもござれって感じだよね~。これで武芸の方も研けば文武両道いとも簡単にいけちゃうんじゃね? うかうかしてらんねーの」


「そうかな? 僕、運動は苦手かもよ? だって前の高校にいた時も不良女に絡まれた時とか本で齧っていた程度の護身術で凌いだしさ。そんな本格的には知らないもん」


「ありゃ? すでに護身術は会得済み? これは本格的に危ういかもな、俺たち」


「なにが?」


「いろいろな方面で負けっぱなのは男の矜持にひびどころじゃないのよ、杏ちゃん」


 ふーん。そういうものなのかな。でも、そういえば雪春が悔しい言っていたような気もするし、兄弟的には危機感を覚えるのかな? でも、僕のこの貧弱ではどう頑張っても男であるアンタらに敵わないって思うんだけど? それともそういう問題じゃないの?


 よくわからないけど、僕はせっかく与えてもらえる勉強の好機にしっかり乗っておこうと思うんだ。だって、ひとなんていつ死ぬかわからないものだ。そういうのばっかりだ。不慮の事故とかだって当然あるだろうし、いや、不吉なこと想像しない方がいいか。


「とりま、体育は男女別だから。くれぐれも絡まれないように気をつけな、ね?」


「絡まれる原因の発端はなんだろうね?」


「えー? なにかな? 俺はわかんね」


 にゃろう……っ。この野郎。アンタのせいだろ、そもそもが目つけられる原因になったのは。アンタの要らん声かけのせいだっての。今だってアンタが杏ちゃん言う度に嫉妬の視線が突き刺さってくるってのに。よりによって「わかんね」って、最低な言い訳。


 いい加減視線の放射で体に穴が開きそうなんだけど? って言っても、訴えても通用しないから雪夏は厄介だ。迷惑さをそれと思わずやっちゃう節があるもん、こいつ。


 こうして、視線ビームが痛い昼休みを終えた僕は雪春と教室に戻ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る