お昼休みに学食でごたもた


「あー、杏ちゃん、こっちこっち~!」


 そうこうとあって僕は一応無事に午前の授業を終えて昼休みに学食へと向かった。


 事前に雪夏はもちろん、秋兄や雪春にもお昼は一緒に食べよう、と誘われていたので僕は授業の跡を片したと同時に雪春の案内で学生食堂に向かった。んで到着したのと上からの声は同時。見上げるとどこぞのバカ、もとい雪夏が二階から手を振っていた。


 僕は振り返さない。雪夏の合図のせいで僕に学食中の目が集まったから。雪夏が二階の手摺で「ちぇー、杏ちゃんが早くも反抗期だ~」とか言っているのも無視する。


 もういっそ正義的に無視しておく。構って絡まれるより無視して絡まれる方を選ぶよ、僕は。その方が精神衛生上いいし。少なくとも態度のせい、にできるしね。


「雪夏、杏の迷惑も少しは考えろ」


「はあ? 杏ちゃんが迷惑ってどゆこと、秋兄貴? 俺がなにしたって? 濡れ衣」


「そうやって公共の場で杏と親しげにすることで杏が他の女子に睨まれているのだ」


「えー、俺がどんなに杏ちゃんらぶしようと俺の勝手だろ? じゃ、締めるし」


「やめろ。我が雲林院の家名に傷がつく」


 二階にあがると一緒かちょっと先に秋兄と雪夏が言葉を交わしていた。正確なこと言うと秋兄が雪夏に節度を持つようにと言って窘めている。秋兄、最高。もっと言って。


 雪夏は反面膨れっ面だ。しかも秋兄が僕を睨んでいるの女子だって言っているのに締めるって発言おかしい。男子が女子に暴力はダメだろ。そりゃホント家名に傷だ。


 ヤダな。僕のせいで義母さんや秋兄たちに迷惑かけるなんて。それなら僕虐められる方がいい。いっそ昔に戻ってあのクソ兄貴たちにされていると思って暴力でもなんでも受ける方がいい。だってそう、慣れっこだしさ。そういうのなら、僕はヘーキだよ。


 虐メラレル方ガ……僕、イイヨ。


「! 冗談だよ、杏ちゃん。俺が女の子に手あげるわけないでしょ? 大丈夫。だからそんな顔しないでよ。ね? お願い、杏ちゃん。んな泣きそうな顔しないで笑って?」


「僕、泣きそう?」


「うん。すごく、すごくね。ごめん。俺、杏ちゃんのそんな顔見たくないし謝るよ」


「……まったく。杏にそんな顔をに気づけ、愚弟が。杏、すまんな」


「ううん。むしろ、その……」


 むしろ、僕の方こそ気遣ってもらって悪いなって思っているのに。秋兄まで謝らないでよ。居心地悪くなっちゃうってば。だけど、秋兄は僕の心中を察しているのか、首を横へ振って自分の対面にある椅子を目で差して座るように言ってきたので従う。


 すると、まだどこにも注文もなにもしていないのに僕の前に食事のトレーが差しだされてきて僕はきょとんとする。トレーの上には消化のいい食事各種。まあ朝ご飯のちょいボリュームアップバージョンだった。少しだけど繊維質やお肉も用意されている。


 鶏のささ身を片栗粉かなにかにくぐらせて茹でた、と思われる変わった肉料理や玉子焼き、これはだし巻き卵かな? 大根おろしがおろし器ごとついてきている。おにぎりにはもち麦? これが少しだけ混ぜてある。具は梅干し。適度に軽めの完璧な病人食だ。


 秋兄を見ると僕に一枚紙を寄越してくれた。一番に目を惹いたのはでかでかと打たれた題。「杏の為の食事プラン!」と書かれていて、by義母さんの自信作ばっかだと追記があるのでどうやらそういう……。義母さんが僕の為につくってくれた食事メニュー。


 しかも、一週間分とかじゃなく一ヵ月単位で僕が食べられるものを徐々に増やせるようにする為の食事プランらしく、最終目標は「息子共と同メニュー!」と書いてある。


 が、そこにいきつくまではもうちょっと胃腸に優しい食事が続き、肉や魚もまずは鶏肉や脂の少ない魚から入り、しばらく様子見して大丈夫そうなら次ステップ、となっているから大きな目標と小さな目の前の目標を掲げてくれている義母さんスペシャルメニュー。


「学校に母上から連絡が来ている。杏の食事はしばらくその通りにだしてくれ、と」


「だから、もしも奢るから~とか言われてもついていっちゃダメだよ、杏ちゃん?」


「いかないし。僕は幼児じゃないのっ」


「ん~。でもさ、女子って結構粘着質な部分あるっしょ? 甘い言葉で巧みに……」


「雪夏兄さん、女性に失礼ですよ」


「雪春に同感だ。たしかに根の腐った者も世の中にはいるかもしれんが、なにもしていない杏にそんな悪意を持つ輩は頭がおかしいのでそもそもがここへは入学できん筈だ」


「秋兄貴のも女性蔑視じゃないの?」


「私が言っているのは女性に留まらず人間すべてに通じる要素の話。一緒にするな」


「いや、広大すぎてついていけねーし」


 たしかに。秋兄、ちょっと対象範囲が広すぎるんじゃないかな? まあ、僕は思っても言わないけど。でも、そうか。じゃあ、この献立表失くさないようにしないとね。生徒手帳にはさんでおこ。サイズも何度か折ればちょうど入る大きさだし。今のうちにね。


 とか僕が献立表と生徒手帳で遊んでいる間に雪春が兄ふたりの希望を聞き、学食の券売機で食券を購入している。んだけど、おかしなことにカード使っているんだよね、雪春。学生の為の食堂なのにお値段は学生にあわせていないって噂ホントだったのか?


 僕が下の方を見てみるとお弁当の生徒もちらほらいる。アレは多分学費資金に余裕があって授業内容でこの学校を選んだひとたちかもしくは親が心配症すぎるかのどっちかだ。よく見ると、同じクラスの春日もお弁当だ。んで、謎がひとつ発生した。


 どうして、弁当食べながらクイズ本と睨めっこしているの? え、っとクイズとか謎解きが好きだとかいうやつかな? アレは。まあ、いいけど。僕が下を観察しているうちに雪夏が雪春手伝いにいったし、秋兄は僕の大根をおろしてくれている。ちょ、待っ。


 僕は慌てて秋兄から大根おろしセットを奪おうとするが躱される。躱されまくる。


「秋兄、雪夏にいいこと言っておいて」


「なに、弱っている義妹を甘やかすのは兄の特権みたいなものだ、杏。気にするな」


 いやあの、他人の前に弟ふたりが黙っていないような気がするんだけど。秋兄、意外とってかすごくシスコンの素質があるんじゃないのかな? 昨日も結構甘やかし気味だったというか、いや、アレは雪夏がバカすぎるから制裁の度合いがいきすぎただけかな?


 そんくらい、雪夏バカだし。頭緩そうな発言が目立ちまくる。けど、だからって秋兄自ら大根おろしはちょっとどうかと思う。もう、図が奇抜な様相を呈しているよ。


 てか、秋兄の綺麗なワイシャツみたいなのに大根汁ついたらどー考えてもまずいっ。洗濯係の侍女さんが首傾げちゃうって。「秋雪様のシャツについたこのシミなにかしら?」ってな具合にさ。でも、わかっている。僕の反射速度じゃ秋兄に到底敵わない。


 なので、ここは弟ふたりの帰還を待つしか……って、だし巻きにつける大根の量などたかが知れている。そんなもん待っている間にすり終わっちゃうよね。僕って、バカ?


「秋雪様が大根を……っ」


「ええ。すりおろしていますわ」


 ああ、ほら。ひそひそ声が聞こえてくるじゃんかさ、秋兄。アレは大学のキャンパス女子かな? 安心院高校の制服じゃなくて普通の私服だし。けどね、普通じゃない。僕が買ってもらったものほどじゃなくてもかなりの上物着ているのでお嬢様、とかか?


 僕が冷や汗しながらちらっと声のした方を見るとお姉さんたちが秋兄と大根の図にポーっとなっていた。……んん? あれ、なんかおかしくない? ここは怒るとこじゃ。


「だ、大根が似合うなんてさすが秋雪様っ」


「ええ。これぞ大和男子ですわね」


 ええぇええ!? そう取っちゃうの、お姉さんたち!? いやまあ、たしかにおかしい図だけど、妙にしっくりくる気も……。秋兄、たしかあの日、部活あるからって竹刀持ってきていたし、剣道をやっているんだね。でも、さ。刀ならまだしも大根だよ?


 なんて、僕が秋兄ファンと思しきお姉さんたちの不思議に首を捻っていると秋兄が大根さんとの戯れを終わられなさった。ああ、結局弟ふたりは貴重な活躍、じゃないけど僕への点数稼ぎに参加権すら与えられなかったね。こうして、秋兄の株が上昇する、と。


 何気に秋兄の陰謀を感じた頃、点数稼ぎに参加権すらなっしんぐだった弟ふたりが戻ってきた。雪夏はカレーライスにいろいろトッピングしている。すんげえボリューム。


 雪春は和定食をふたつ持っているので秋兄と同じものを選んだようだ。が、これに大根はついておらず、下のどこかからお姉様方の残念そうな嘆きの吐息が聞こえてきた。ような気がするだけだよね、僕。うん。気にしちゃダメだよね、僕。気にするな!


 などと僕がひとり心中コントしていると雪夏と雪春に両隣を固められて、雪春は秋兄に定食を渡している。受け取った秋兄が合掌し、それを合図に弟たちも食べはじめる。


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