どこでもお調子者とバカはいるもんだ


「ほら、騒ぐな。もう小学生じゃないだろうに恥ずかしいぞ。さて、今日のホームルームだが、転入生がいる、ってもう教員よりお前たちの方がよくよく知っているか」


「先生、可愛いコ? 格好いいやつ?」


「ノーコメントだ。感じ方などひとそれぞれだからな。まあ、お母さんがカナダのひとらしくちょっと普通の日本人らしからぬ見た目だが、くれぐれもつつくんじゃないぞ」


「えー、なんでー?」


「そ、のその、なんだ。雲林院君の家に養子に迎えられた、少し複雑な事情があるそうで本来のご家族のことは地雷だ。いいか、春日。お前が我がクラス一番の地雷踏みなんだから絶対に踏むな。場合で悲しませることになるだろう。そのくらいは気を配れ」


 中から注意事項よろしく僕のこと言われているのが聞こえてくる。春日とかいうやつは適当に「ふーん?」とか言って納得したのかしていないのか不明な返答をして黙る。


 女子の声がひそひそ聞こえてくる。「もしかして、あのコ?」とか「アレ、地毛だったんだ」とか聞こえてくる。うわー、ヤダな。こんな空気の中で入っていくの。


 てゆうか地雷踏みってなに? いや、地雷踏んじゃうひとのことなんだろうけど。


 はじめて聞いたよ、僕。でも、あらかじめある程度説明してくれるのは助かる。この辺は義母さんの配慮だろうけど。これ以上は僕が自分で、自力でなんとかしないとね。


「じゃあ、入ってくれ」


「はい」


 担任教師の合図で扉を引いて開ける。ちょっとでも視線を回避しようと思って俯き加減で教室に入り、教卓のそばまで歩く途中、を発見したのでぴょん、と跳んで避けておく。担任の先生が不思議そうにして僕の方に寄ってきてに蹴躓く。


 なんとか転ばなかった担任の先生、藤堂先生の頭に金盥が落ちる。カァン! とすごくいい音がした。クラスは途端、爆笑に包まれる。まあ、たしかに藤堂先生のリアクションは結構なものだった。でも、僕の表情筋はピクリともしない。せっかく面白いのにね。


「~~っ、誰だ、こんなものをセットしたのは!? 雲林院さんがかからなかったのは幸いだが、それでも私まで餌食にしようとしていただろう!? これは、絶対!」


「だぁって、先生さ、毎日面白みがないって退屈でしょ? 退屈は殺人鬼だよ?」


「理由になっとらん! あと、言い訳にしても最低だ、ということに気づけ!」


 たしかに理由になっていない上に言い訳としても最低だ。こんなこと誰が言いだしたんだ。この上流階級学校で。てっきりギャグもなにもない面白みのない学校かと思っていたけどこの様子だと違うっぽい。この手の悪戯、雪夏辺りなら言いだしそう……。


「ったく、誰の発案だ?」


「雲林院先輩」


「……」


 この学校で先輩とくればおそらく同学校生の方の、ってか秋兄が言いだす筈ないし、やはり雪夏の発案か。なんなの、あいつ。僕をトラップにかける気だったのか?


 や、やりかねん。でも、僕にこの手のブービートラップは通用しないぞ、雪夏。


 僕、前の高校でいやというほどトラップ仕掛けられまくりだったんだから。


 となると、巻き込まれた藤堂先生、憐れ。でも、僕も頭に金盥する趣味ないしね。当然回避させていただきますよ。藤堂先生は金盥がぶつかった頭をさすりつつ、僕に目配せしてきたので僕は教卓の隣に立つ。教室中はひそひそ声でいっぱいになっている。


 多分アホの発案によるおバカトラップをこともなげに回避した。というのと僕の色、それとあとはくすりともしなかった僕の態度に驚いているんだろうね。ん。僕も驚き。


 あんなにおかしい場面なのに僕の表情筋は微動もしない。でも、藤堂先生は僕の笑わないという不幸を喜ばしく思ってくれた模様。まあ、笑いの種になるのはアレだしね。


「じゃ、じゃあ、雲林院さん、自己紹介と趣味とか今の推しネタとかあればどうぞ」


「雲林院家に養子にしてもらいました、杏です。趣味は読書、かな。小学校・中学校では学校の図書室の本、一週間で制覇して市立図書館の本も半年でほぼ読み切った」


「はいはーい。じゃあさ、勉強得意なん?」


「うん。ある程度の線までは普通にいっていると思うけど、それがどうかした?」


 誰ひとりとして僕に質問しようとしない、と思っていたので質問があったのは意外だったのもあり、僕は当たり障りなく答える。てか、勉強がどうのってどういう意味で訊いてきたんだ? この学校に通っているってことは勉強はかなりの線までいっている筈。


 なのに、どうして勉強のことなどというつまらないこと訊いてきた? まあ、他に興味深い部分ってのがないんだろうけど。それにあらかじめ先生が僕の見てくれについて触れるな的なこと言っていたし。他に訊けそうなことがなかったのかな? よくわからん。


「じゃさ、ヤマ張りとか得意?」


「ああ、うん。前の学校では楽に張れすぎてすごく拍子抜けするくらいの、え?」


「へー。そうなんだー。面白~。じゃあさ、今度の試験でヤマ張ってみてよ~?」


「……。そういうのって普通教師の前で言わなくない? ってか言っちゃダメじゃ」


「僕は常識に囚われないのさ。ってなわけで期待するからよろしく、雲林院さん?」


 どこに突っ込めばいいのやら。呆ける僕。唖然とする藤堂先生。雪春は、困ったように笑っている。いや、笑っていないでなんとかしてくれないかな、お願いだから。


「先生、杏さんの席、教えてあげては?」


「う、あ、ああ、そうだな、雲林院君」


 よし、僕の困った視線を汲んでくれたようだ。雪春、グッジョブ。お礼、はなにもできないけど、今度なにかで返そう。ついでに罠設置の提案した雪夏にもなにかしら罰でも喰らわせてくれればいいのに。僕のミクロ系身長がさらに縮むなんて罠、廃れろ。


「じゃあ、雲林院さんの席は雲林院君の隣にしようか。春日がヤマ、訊けないよう」


 なるほど。じゃあ、あの安心院に不似合いな軽そうというか悪戯っ子そうなのが春日。たしかこのクラス一の地雷踏みなんだっけ? まあ、それ以上の厄介さを持ちあわせていそうだけどもな。藤堂先生のこの様子からして。など思いつつ僕は雪春の隣へ。


 僕が隣を見ると雪春がやはり困ったように笑っていた。春日のヤマ張りよろ、ってのと僕が早速クラスで浮きそうっての両方だろうか? それとも他の理由でも?


 まあ、いっか。どうでも。こうして、僕の紹介が終わると同時にホームルームの時間が終了。遠く電子合成の鐘が鳴る。一現目は現国の授業で漢字のミニテストがある、と雪春情報があったので僕は教科書と秋兄のお古でもらった漢字検定の課題集を眺める。


 僕が教科書はともかく漢字検定の課題集をだしたのに雪春は不思議そうな顔。


「なに?」


「ううん。どうして漢字検定の」


「ん。とりあえず小手調べかな」


「? なにの?」


「ここの教師がどれくらいの抜き打ち力を持っているか、ってのと難度をどこまであげてくるかっていうのの。無宮高校はそれほどでもなかったけど、僕だけ満点が故の追試があったし、それを思うとね。ちょっと用心しておこうかな、と思っちゃうからさ」


 僕の返答に雪春は納得したようなそうでもないような微妙な表情。なんだ。僕が満点なのに追試なんて面倒喰らっていたっていうのになにか思うことでもあるのかな?


 別に僕が追試喰らおうとどうでもいいと思うんだけど。それにその追試もたいしたことないしさ。問題こそ違っていても難度がそこほどあがっていないから余裕でクリア。


 それがまたあの高校の教師には気に喰わないんだろうけど。他称不良だった僕に追試すら満点で突破されたってのが鼻持ちならないってね。アホ臭いし、大人げない。


 そこでふと、疑問に思う。


「変、かな?」


「ちょっと変わっているけど、それでこそ中学時代の快挙っていうやつだね。参考になるよ。参考ついでに訊いてみるけど本当にヤマなんて張れるの? どうやって?」


「お前も変わったこと訊くよな、雪春。ヤマ張りなんてカードゲームの手札読みみたいなもん。出題されそうなポイントを押さえて、勉強して、理解しておきさえすればあとは教師側がどこチョイスするか当てるだけ。だから、そう難しいことじゃないって」


「……。杏さん、それってさ、君はこともなげに言うけど、すごいことだからね?」


 え、そうなの? ずっと普通のことだと思っていたんだけど。それにこののお陰で餌代が支給されなかった日は朝倉におにぎり奢ってもらえたし。朝倉は「そんなもんでいいのか?」とか言っていたけど。重要な生命線だったからな、僕にとって。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る