はじめましてで名前呼び、恥ずかしっ


「ハイ!」


「ん?」


「Your name?」


「あ、っと、僕日本語話せるよ?」


「え? あ、そうなの? ごめんごめんてっきりバリバリ外人さんと思っちゃった」


 急に僕へ声かけてきたのは活発そうな女の子。黒髪にはしばみ色の瞳が印象的なコでその見た目はまさに「元気!」これに尽きた。安心院高校の制服ってことはこのコも同学生。だけどもこのコは三人の人気ぶりと僕への嫉妬がないのか、普通に話しかけてくる。


 ショートボブにカットされた髪はお手入れがいき届き、このコもやんごとない身の上だと知るのは簡単だったので僕は訝しむ。どうして僕なんかに声かけてきたんだろう?


 秋兄はこれ以上僕が迷惑こうむらないでいいように関心ないを装って先に歩いていく。追いつつ、僕は車道と歩道で睨みあう獅子と虎、雪夏と雪春をスルーしておく。


「僕に、なにか用?」


「噂の転校生かなって思ったから」


「噂って?」


「あの王子様三兄弟、もとい雲林院三兄弟のところへ養子にもらわれたコが新しく安心院に転校してくるって噂。有名なんだよ、知らなかったの~? えっと……」


「あ、僕、杏。杏子の杏って書いて杏」


「そっかー。私は四季陽蜂しきひばち蜜花みつかっていうんだけど、昔から花ちゃんって呼ばれるからそれで。……杏ちゃん、でいいか、な? 自分で言うのもなんだけど四季陽蜂家も財閥では雲林院に及ばずもそこそこだからなかなかお喋りできるコいないんだよね~」


「ん、と。僕は別にいいけど。僕、元々は庶民以下だし、四季陽蜂に到底……」


 なし崩し的に自己紹介し、相手は僕を杏ちゃんと雪夏や神薙のように呼んでくるけど、彼女も財閥のお嬢様なら僕の方はへたなこと言えないし、花ちゃんとか失礼だ。


 そう、思ったのに四季陽蜂は不服そうにぷっと頬を膨らませて僕にずずい、と顔を寄せてきた。ちょ、近っ!? これが不良ならガンつけ距離だけど……知らないか。


「花ちゃん」


「いや、でも僕、ひとの名前呼ぶの慣れて」


「い、い、か、ら。姓は家族のもの。名前は自分だけのもの。知らないのー?」


「言いたいことはわかるけど」


「じゃあ、はい。練習。花ちゃん」


 自分で自分を花ちゃんと呼んで指は僕をびしっ、と差してくる。だ、ダメだこれ。


 神薙とは違うけどこういうひと絶対折れないタイプ。悪く言うと頑固。よく言って自分をしっかり定義して、芯をきっかり持っているひと。だから、僕がどれほど抵抗してもてんで無駄。と、いうこと。でも、ええぇえ、名前、どうしてもそれじゃなきゃダメ?


 僕が困っておろ、とするけどまわりは誰もが見えぬフリ。聞こえないフリ。雪夏と雪春はまだ絶賛喧嘩中。いや、いい加減車のひとたちに迷惑だと思うんだけど?


 っていうか僕の方も現実逃避はほどほどにしておくべき? いまだに僕に名前を呼ばせようとしている四季陽蜂の方へ向き直る。彼女はわくわく、ってな感じに僕を見る。


「……。み、蜜花」


「……まあ、いっか。うん、よろしくね? じゃあ、お先ー! 私今日日直なの!」


 日直業務があってなぜに僕へ無駄干渉をしたのだろう? 謎すぎる、あのコ。四季陽蜂もとい蜜花。など僕が考えていると車道と歩道に跨る喧嘩はようやく歩道に戻ってきたのか車が往来をはじめている。なので、バカ二匹も自重したか、と思って見る。


 で、僕は目がくたばってしまう。雪春の空手は知っていたけど雪夏のアレは、キックボクシング? いや、どうでもいいけどふたり共マジになりすぎて他の登校生を巻き込みそうになっている。女の子たちは遠巻きに黄色悲鳴だが、男子は真っ青で逃げる。


 ああ、僕も逃げたいけどここに秋兄がいないし、これは僕が収拾つけないといけない感じなのかな? いやだなぁ。目立ちたくないよ、僕。しかもこんな負の意味で。


「な、なあ、雪夏? 雪春?」


「んー? なぁに、杏ちゃん。今忙しいんだよね~。抱っこならあとでしたげるよ」


「要らないからそれ。いい加減まわりに迷惑だからやめろって言いに来たの、僕は」


「えー堅いこと言いっこなしよー? 兄弟」


「わかった。じゃあその兄弟で一番お堅い秋兄にこれ以上やるなら言いつけるから」


「はい。一抜けた」


 そんなにか、雪夏。そんなに秋兄のことが怖いか、お前は? いいネタだ、これ。


 一抜けた雪夏は欠伸。その背に捨てられる形になっている雪春は、といえばバツの悪そうな表情。多分、公共の場で喧嘩していたってのが結構まじめな雪春的にショック。


 しかも喧嘩の片割れは長兄のお叱りを恐れて一抜け。雪春としては面白くない。挫かれた感じ? とりあえず気まずそうに僕を見てくるので僕は曖昧に首を傾げておく。……てゆうか、元がなにきっかけの喧嘩だったっけ? 雪春もその程度で流せばいいのに。


 まあそれができないから雪春なんだけど。こっちのはアレかな、愛すべきおバカ?


 雪夏はアレだけど。ただたんなるおバカ。でも、それをファンのコたちに言ってみる気はない。あとが怖い。いや、今もうすでに怖いけど。僕へ視線が突き刺さっている。


 けど、な。男子たちが僕を見てちょい赤ら顔なのはなにさ? いやあのね、なんとなく不穏、とまではいかないものの気持ち悪い感じするけどさ。ま、まあいっか。とりあえず収拾なんとかついたし、登校しよう。と思って僕は雪春を見る。雪春は察して歩きだす。


「雪夏とはいつもあんな感じ?」


「え? ううん。ただ、兄さんが杏さんに」


「? 僕に?」


「……あー、えっと、なんでもないよ」


 微妙に気になる物言いだな、おい。いいけど。当人がなんでもないって言っているんだしその程度で僕も処理しておこう。その方がお互いに気を遣わないで済むしね。


 と、思ったので僕は以上の追求をやめて雪春について登校路、新しい登校路を進む。いかにもお坊ちゃま、お嬢様みたいな見てくれのひとが多い。あそこの女の子なんて髪の毛縦ロールだし。坊ちゃん刈りにしているひとはさすがにいないけど洒落ている。


 お洒落な制服なのに、小物にまで気を遣って学校が指定していないローファーや靴は高級な革靴が多い。あと、靴下は指定である筈なのに勝手に薄手のタイツやストッキング穿いているコもいる。お金持ち故に学校側も咎めにくいのか、もしくは面倒臭い?


 どうなんだろう。教師もお高く留まっているのかな? つっても雪夏に嫌がらせ問題をだせる強者つわものもいるみたいだけど。……あれ、あの問題の答丸パクリしないよね、雪夏。でもかといって知らなかったとはいえ僕が教えちゃったなんて答えないでほしい。


 目ぇつけられちゃうって。転入学早々で。いえ、もう生徒の過半数、つまり女子の大部分に目をつけられていますけどね。はあ、もう。僕がなにをしたって言うんだ。


 なにもしていないじゃないか。


 おとなしくしていようと思っていたのに雪夏のせいで全部台無しパアだ。やれやれ、あの苦痛しかない家を脱してもどうやら僕の不幸星はどっかいってくれないらしいな。


 僕が僕の不幸星を恨みに思っていると雪春が僕の無言を心配するように見てきたのでなんでもない、と首を振っておく。すると、学校が見えてきた。あの高校とは比較にならないくらいの大きな、そしてとても立派なオブジェクトまである高校が。いよいよだ。


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