初登校なのに、どうしてくれる?


 執事長と侍女長が揃ってお見送りしてくるのは流すぞ? どうせ僕へじゃないし。


 そう思って登校路を三人について黙々と進んでいく。……のだが、そこかしこから黄色い声があがっている。それぞれについているファンでしょうか? 三人のことをそれぞれ様づけで呼んでいる。秋兄は貫禄以て無視している。雪夏も雪春も流している。


 だから、いつものことか。そうか? とりあえず今のところ僕のことは眼中にないようだ。よかった。ほとんどの生徒が車通学か寮に入っているらしく、それっぽい施設の前通った辺りから黄色い声がすごい。だから、多分そうなんだ。三人にあわせて登校か。


 面倒そう。いろいろどっちもこっちも。他人中心の生活とか窮屈じゃないのかな? 僕はあの家でされていた時、窮屈ででもいくあてないしで逃げられなかったから仕方なしにあわせて奴隷然と生活していたけど。あんなもん二度とゴメンだって思うな。


 もう一度あいつらの奴隷になれって言われたら死んだ方がいい。こんなに思いやり溢れるひとたちに出会って面倒見てもらえるんだから。憐れみで、ってのが大半の面倒見よさなんだろうけどね。……約一名迷惑なのがいるのがアレでも、うん。スルーで。


 なんて考えたのが悪かったんだな。雪夏がずっと黙ったまま目立たないようについてくる僕を見て、なんだろ、これは。獅子が浮かべる笑みってこういうのを言うのかな?


「どーしたの、杏ちゃん? 黙っちゃって」


 ひい、バカ! 登校路をいく寮生の、女子たちが一斉に僕を見た。で、見たと同時に超睨んできた。あ、ヤベ。あのコたちを一気に敵にしちゃったよ、このバカのせいで。


 どうしよう。あうう、一際睨んでくるひとりメデューサみたいなんだけど。なんてことしてくれちゃっているんだよ、こいつ。……わざと? わざと僕に嫌がらせを?


 そんなもの朝のハグもどきだけで充分だ!


 って言えたらいいのに。言ったら言ったで口利いた罰というものが発生しそうだし、ハグなんて言ったりなんてしたらそれこそ呼びだしがかかるって。フルボッコの。


 だってほら、さ。いくらお嬢様が多くてもその多くが武芸と無縁なんて考えは甘くないかな、と思うのは僕だけ? だって、車登校で僕に気づいて睨んでくるコなんてレスリングやっていそうなんだけど。や、体格がすべてじゃないけどさ。でも、ヤバいって。


「や? 杏ちゃんがおとなしいってことは、これはぎゅー、し放題ってことなの」


 ドがっ! とすっごく痛そうな音がして僕にふざけるまま接近しようとした雪夏が吹っ飛ぶ。車道に。あれ、轢死? と思ったけど雪夏はすさまじい反射神経で身を捻り、姿勢制御したと思ったら急ブレーキで停まった車の屋根を掴んで勢いを殺す。着地。


「春、兄さんを轢殺する気か?」


「兄さんが余計なこと言うからですよね?」


「だからって車道の方へ殴り飛ばすなよ。俺、杏ちゃんを可愛がりたいだけだけど」


「だから、それが杏さんに迷惑なんですよ」


 雪夏のびっくり体捌きにも驚きだけど、一切躊躇なく車道に吹っ飛ぶように殴る雪春にも驚きだ。もし不幸があわさったら雪夏轢かれてましたけど? なのに、どうしてお前ら兄弟ふたり揃って笑顔なの。僕には一個もわかんないよ。しかも、ああ、困った。


 雪春が僕のこと庇ったせいで雪春のファンにまで睨まれだしている。一瞬、秋兄に助けを求め、とも思ったけどそしたら三兄弟すべてのファンに睨まれる。いや、もうすでに時遅しな気もしなくもないけど。四方八方からの視線が痛い。主に女子の視線が。


 僕がこれどうしよう、と思っていると前方からため息の音。秋兄が弟ふたりの後先考えない愚行に深々ため息している。僕も吐きたい、そういうの。でも、到底無理。


 そんなことしようものなら女子集団によるフルボッコ撲殺コースが開通しちゃう。


 ここは最初のとっかかりの原因である雪夏を恨んでおこう。雪夏が不用意に声かけてこなきゃ僕は三人の影で目立たず登校できる筈だったのに。どうせこの髪と目でいやでも注目されるんだから。ああ、それなのにそれなのに……。雪夏のマジバカ野郎。


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