朝食して登校準備おっけー?


「おはようございま」


「えー、さっきあったか挨拶したのに~?」


「え? ナンノコトかな。忘れチャったな」


 支度を終えて昨日通された食堂に抜ける。と早速僕の挨拶にかぶせて絡んできたアホに僕は礼節ってなんだっけ? という具合に返答する。雪夏は不満そう。僕の反応が悪いせいだろうけど、この男にいちいち律儀に構っていては僕の胃が今以上に荒れる。


 なので、僕は雪夏を適当に流しつつ、侍女のお姉さんの案内で椅子に腰かける。すぐ執事のおじさんが僕の前におにぎりとお漬物。おひたし。玉子焼き。お味噌汁と朝食を揃えてくれる。見ると兄弟三人の前には僕よりずっとがっつりな朝食が並んでいた。


 まあ、当然。三人共育ち盛りや部活動などでよく動き、体をつくっているので。むしろこのくらいは食べないと昼までもたないだろうしね。ふと、雪春と目があう。


「えと、杏さんもこっちの」


「あ。そういうのでも、深い意味もないよ。ただ僕の惰弱な胃袋でそのがっつりは無理だから別で用意してもらって悪いなぁ、とか思っているだけで。気にしないでほしい」


「でも、お母様曰くあの病院にいた時よりは食べられてますよね、杏さん。なんで」


「うーん。わからない。けど、いていい場所と理由ができたお陰、かもしれないな」


 うん。きっと、そう。ここにいてもいいんだってのが多分いい方向に働いた。


 そこまで全部計算尽くめだとしたら、義母さんやはり恐るべし。僕は一生かかっても敵いそうにない。と、義母さんで思いだしたことがあるので今のうちに訊いておこう。


「あのさ、僕、今日転入だよね?」


「ああ。母上がそのように手続きしている。どうした、杏? なにか心配事か?」


「うん。僕、姓はなにを名乗ったらいいのかな? だって、戸籍とかは橘でしょ?」


 そう。転入学で避けて通れないイベ。自己紹介をどうすればいいのか。橘の姓を名乗るのははっきり言ってあまり気が進まない。けどかと言って雲林院を名乗るのは違う。


 だから、どうすればいいのかわからない。そうして、味噌汁の水面に自分をうつしつつ待っていると雪夏がこともなげに答えてくれた。ある意味予想通りに、堂々と。


「雲林院でいいんじゃね? だって正式な養子として迎えられたわけなんだし」


「いや、でも僕と三人じゃオーラが」


「些細な問題だよ。んなもん持っているやつ普通いないし、名家に養子ってのはつきものだしさあ。それも突然、連れてこられたクセに威張り散らす輩だっているんだぜ?」


 へえ、そうなんだ。僕みたいなのっててっきりレアケースかと思ったけど。そう、なんだ。そういう変って言ったらアレだけど、そういうのもいるんだ。そっか。


 でも、それ思うとこの三人って屈指の財閥御曹司のクセ、そういう嫌み臭さが一切ないよな。こう、なんていうか、ある意味で穢れ知らずというか、なんというか?


 三人がこうも嫌み臭くない、金持ちに特有の高慢さがない理由はきっと義母さんの影響だってのは容易にわかる。だって義母さんこそがその高慢さのない筆頭だし。


 幼い頃から「自惚れんなよ」とか言って教育していた様が目に浮かぶようだ。それもとりわけ長男である秋兄には厳しく接してきたのではないかな? だから秋兄は義母さんにも堅っ苦しい。母は、家長は絶対だと学ばせ、弟たちにも年長として教育した。


「ちなみにクラスは僕と同じだそうですよ」


「んむ、もぐもぐ。んく。……そうなんだ」


「ええ。お母様も心配性ですよね?」


「そう? 僕は助かるし、嬉しいけど……」


「え」


「? だって雪春一緒だったら頼もしいし」


「そ、そう、ですか? 照れますね」


 はて? 照れるようなことをなにか僕は言っただろうか? と思ってテーブルを見渡すと雪夏が雪春の鮭の切り身に山葵仕込もうとして秋兄に制裁されている。うわ、目に山葵もろに入ったけど大丈夫か、アレ? って、大丈夫なわけもなく悶絶雪夏の完成だ。


 雪春は不思議そうに次兄である雪夏を見ている。秋兄は、と言えばもうすでに我関せずで自分の朝食を食べ終わりはじめている。なので、僕もできるだけ残さず食べて食器をさげてもらい、部屋に戻って雪春に手伝ってもらい、時間割通りの教科書を準備。


 あとはルーズリーフと元々秋兄が使っていたお古の千鳥柄が綺麗な筆入れに兄弟から譲ってもらったシャープペンやボールペンに蛍光マーカーなど入れて義母さんがいつの間にか手配させていた生徒手帳、スマホを制服のポケットに突っ込んで出発準備完了?


「大丈夫かな、雪春?」


「うん。ないものがあっても、ね。今日中に全部手配されるようなっていますから」


「えっと、課題集とか?」


「うん。あとは電子辞書とか、かな?」


「ん。わかった。じゃあえと、徒歩登校?」


「そうですね。ここから徒歩十分くらいで僕らはいつも体力づくりも兼ねて……あ」


「あ、大丈夫。僕も家からあの高校まで片道三十分歩いていたから。全然問題ない」


「……。そう、ですか。じゃあ、辛くなったらすぐ言ってくださいね? 雪夏兄さん辺りはおんぶしてあげる、とか言いそうだけどそれこそ公開処刑だから車、呼びますよ」


「あ、その時はお願いしま……ってかさ」


「はい?」


「僕に敬語やめてくれないかな? 雪春に畏まられるなんて恥ずかしいよ、僕」


 どうだ? 恥ずかしい、と敢えて言ってみたのだが通じるだろうか?


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