新季
目覚めたクセに悪夢さんおはよう
ふと、目覚めた時、すべてが夢でってのは本の世界ではありきたりな展開。だから昨日僕の身に起こった出来事もすべて夢なんじゃないかな、って思ったけどなんだろうな、この感じ? ふかふかの布団と柔らかいパイプ材の枕が心地いい。でも、疑問がある。
「くんくん」
「……ん、ぅ?」
「あ、おはよー」
「……ひあああああああああ!」
先から僕の体をやんわりぎゅっと抱きしめてくる腕は誰のものだ? と思って目を開けると視界に相手、というか犯人がくっきり見えて僕はつい悲鳴をあげてしまう。
昨日、僕を地獄の底からすくいあげてくれたひとの息子、雲林院家の次男がどうやって入ったのか僕の為にあてがわれた部屋に入っていて、僕の布団にもぐってきていた。
なのに、相手は、雲林院雪夏は僕の悲鳴にもまぁったく堪えたようになく布団の中、逃げる僕を追いかけてきた。ちょ、ホントやめて。天蓋つきベッドとかすごいって昨日寝る前は思ったけど今はどうでもいい。布団を抜けだしてカーテンを引く。前に捕まる。
そのままベッドの上までグイっと引っ張られ、当然僕の貧弱でかなり鍛えている雪夏に敵う筈もなくぽす、と雪夏の膝に乗っけられる。そして、背後からぎゅーっと。
「はーい、おはよーのぎゅーっ」
「い、いい、要らない!」
「遠慮しないでいいから、いいからさ」
「遠慮じゃないっ心の底からいやなの!」
「秋兄貴のことは「秋兄」、とか呼んじゃうのにどうして俺のことがいやなの~?」
「秋兄はこんな変態行為しない!」
「あー、杏ちゃんってば今日上下別のパジャマだ。ちぇー、パンチラがなっしんぐ」
だからそれ。それが秋兄とアンタの圧倒的差だっての! どうして朝一にこんなセクハラかまされなきゃならないの? ねえ、どこかの誰か、僕に大至急教えて?
とか思っていると存外早く助けの手が、というか足が伸びてきた。僕の背後にべったりひっついている雪夏の顔面を正確にぶち抜く蹴り。喰らった雪夏は面白いほど、いっそ芸術作品並みに吹っ飛ばされて僕の為の部屋、壁に激突して伸びた。ご愁傷様。
「大丈夫ですか、杏さん?」
「あ、ありがと、雪春」
「いいえ。兄さんが本当にすみません」
僕の悲鳴を聞きつけて、だろうけど部屋にいつの間にか雪春と秋兄の姿。だが、セクハラ変態に天誅喰らわせたのはどうも雪春であるっぽい。蹴りの姿勢から戻っていく。
秋兄は僕の頭を撫でつつ頭痛を堪える。雪夏のある意味暴走に頭が痛いらしい。
ちなみに一番にすっ飛んできそうな義母さんは今日、医者の中でもお偉い連中と会合が市街の高級ホテル上階貸し切りであるそうで朝一に、僕がまだぐっすり寝ている間にでかけていた。じゃなきゃここで雪夏に天誅をくだすのは彼女の役目となったであろう。
「なんだよ。いきなりなにすんのさ、春?」
「自業自得とか悪因悪果という言葉をご存じですか、雪夏兄さん? なにを朝っぱらから杏さんにいやらしい嫌がらせをしているのか、参考までに、ご意見をどうぞ?」
「……ちぇー」
ちぇー、じゃないっつーの。なに、ホント雪春じゃないけど朝一番になにをし腐っているんだ、アンタは。しかも、僕的に緊張ドキドキであるこの日、この朝に。
ああ、朝なのにもうすでに一日分は余裕で疲れたよ、僕。こんなことで大丈夫かな、学校。……そう、学校。昨日のうちに手続きを済めてくれたらしい義母さんが今日から安心院高校に通えるようにしてくれているそうだ。と、そこで目覚まし時計が鳴る。
僕の代わりに止めてくれた秋兄はそのまま流れるような動きで雪夏の、もう制服に着替えている彼の首根っこ掴まえてさっさと部屋をでていく。雪春も僕に少し心配そうな目を向けたあとでていってくれた。着替えるのに気を遣ってもらった様子。感謝だ。
雪夏を除いた兄弟の紳士的、模範的態度に感謝しつつ、僕は昨日のうちに準備しておいた着替えを手に取ってパジャマを脱ぎ、着替えはじめる。肌着の上にカッターシャツを重ねてボタンを留め、ベストを着て、スカートを穿き、上着を羽織って前を留める。
で、女子はリボン布を襟のところに巻いて蝶結びにするらしく結んで整える。
部屋にある鏡台の鏡世界に自分をうつし、蝶結びのバランスを見る。濃厚な葡萄酒みたいな深い色味が綺麗な長いシルク布。それが映える黒地に紺色の線が随所にうるさくない程度散らしてある綺麗な制服もこの高校特注だろうなー、と思われた。素材いいし。
スカートのプリーツも計算されまくっていて綺麗。上着はなんというのか普通のブレザーコートの襟部分はセーラー服のもので肩甲骨まである。僕は学校指定の膝下靴下を穿いて服の荷物の中からローファーを取りだす。コインローファーという種類らしい。
コイン、というのは外国の学生が昔靴の隙間にコイン、硬貨をはさんでいたのが由来だそうだ。いや、僕にははさめる硬貨もなにも一切、これっぽっちもないんだけどね。
で、いつまでもスリッパで動きまわるのもなんなので靴を履いてトントン、と軽く爪先で床を叩く。すごいよね。この家、土足なんだって。義母さんの海外暮らしが長かったからなのかな? と思ってみるけど、この家の兄弟も海外にペンパルなどいるらしい。
昨日の夕食時、ひとり釜たまうどんをすすっていた僕に三人がそれぞれのペンパルに新しく妹ないし、家族になる女の子が増えたことを書こうかな、と言っていたし。
と、まあそうこう考え事しながら僕は部屋に備えつけの洗面台で顔を軽く洗い、義母さんがいつの間にか買っていた化粧品をつけてスキンケア完了。日焼け止めを塗る。
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