どうやら連絡手段ももらえるらしい
「わあ、可愛い~。似合う似合う」
「うん。杏さんの素材のよさが引き立っているね。靴ももういくつか選びましたよ」
「じゃあ、もう終わり?」
「うん。普段着は、ね」
「……え?」
僕の発した「え?」にかぶせてふたり、雪春と雪夏が着ているのと似ている服、もっというと制服を持ってこられ、カッターとベスト、上着、スカートの一揃いを渡されたので僕はなにか言われる前に察してフィッティングで着替えてでる。で、すぐさま調整。
丈や袖のピン打ちが終わり、またあの最初に着た服に着替えて外にでる。あのパンプスを履いて、兄弟のそばにいくと、兄弟は揃って腕時計を確認。視線を交わして頷く。
「杏ちゃん、スマホも持っていないよね?」
「え? うん。学校でも僕くらいだったかな。スマホとか持っていないのって」
「ドケチだよね~。医者で金くらいいくらでも持ってそうなクセにさ。娘にだけは当たり前のものなにも買い与えないって。恥ずかしいクソだね、杏ちゃんのお父さん」
「雪夏、例えどんなに最低人種でも杏の父親だ。悪く言ってやるな。すまんな、杏」
「ううん。最低のクソ親父だってのは当たっているから。でも、あ、の、親父には」
「大丈夫ですよ。杏さんの家族は杏さんを除いて父親もお兄さんふたりも僕らの通報で逮捕されています。保釈も叶いません。お母様が圧をかけていますから。絶対に」
え、親父たちが、逮捕された……? いつの間にそんなことになっていたんだ。
てゆうか僕、全然知らなかった。
僕が治療に専念できるように敢えて伏せていた、のか? じゃなきゃ、誰か教えてくれそうなものだ。そうしなかったのは僕が親父たちの報復を恐れることを危惧して。
「ただ、非常に残念だが、現状日本の法律においては児童虐待防止法で一年以下の懲役もしくは百万以下の罰金しか適用されない。虐待によって死んだ場合でも保護責任者遺棄致死罪で懲役三年以上二十年以下しか適用されず、こども殺しの罪状に対し刑が軽い」
「今、お母様が海外のひとにもかけあってなんとか杏さんが安心して暮らせる為、より重刑罰を科せるよう訴えかけています。今は裁判中いくら払おうとも保釈させないようにするのが精一杯だ、と悔しがっていました。が、本当に悔しいです、とても」
……そう。現状で日本の法律を変えるのは厳しいだろう。いろいろな問題がある。そして、知らぬままに声をあげることも叶わず、ただ俯き、耐えるしかないこどもがどれほどにいるか。僕は恵まれている。雲林院先生の厚意で養子にしてもらえる、なんてさ。
もしかしたら、いろいろなひとを診てきた先生も、あの病院で心に傷負ったひとを診てきた先生でも僕のこの死んだ表情とか、実家での処遇はひどいものだったのか?
そう、判断し、考えに考えて熟考。僕を養子にしてくれる、と言ってくれた。
果てのない砂漠のどこかで、遠く、見えもしないオアシスを求めて彷徨い歩く僕を拾ってくれた。きっとあのままだったなら高校卒業まで僕はもたなかった。秋雪さんの言うように過剰な虐待で飢え死に、ないし暴行で死んでいた。そう思うとゾッとする。
あの日、あの時三人に会わなければ僕はそのままだったことだろう。罰則で体育倉庫の整理をしていたのは幸か不幸かわからなくなる。けど、きっと幸運だったんだ。
だって今、命がある。三人、そして先生に感謝してもし足りないな、そうすると。
「はい、母上」
僕が兄弟と先生に感謝していると誰かのスマホが鳴った。無機質な呼びだしの音。すると、秋雪さんが懐からスマホを取りだして応答。相手は雲林院先生らしい。
「はい、ええ。夕食には間にあうかと。ただ、杏と連絡を取りあう手段がないのは不便かと思い、携帯電話端末も契約しておいた方がよいのでは、とご相談しようと思って」
「ねねね、母さん、杏ちゃんのスマホ見るくらいよくない? GPSとかもあった方が母さんだって安心っしょ? 俺らで契約しにいくけど母さんの名義でいいよね?」
アンタは本当に非常識だな、雪夏。ひとが通話しているのに割り込みで話しだすってどんだけ怖いもの知らずなんだよ。僕は秋雪さんの通話に割り込みなんてできないぞ。
てゆうか、GPSって、僕は何歳だ。キッズ用携帯を契約させられるのだろうか?
まあ、僕の場合、娯楽なんてなくていいし、それ言っちゃえばシニアスマホとかでも充分用をなすと思うんだ。けど、雪夏だし、年寄り臭いこと言わない、とか言いそう。
なんて僕が思っていると秋雪さんが雪夏の顔に大きな手を当てて押し退け、母親の言葉に耳を傾けている。キッズでもシニアでもなんでもいいけど、あまり高いのは……。
「はい。はい。わかりました。中央店ですね? すぐ向かいます、ええ。ご連絡を」
中央店、中央店ってどこのショップにいくのだ? まさか、この財閥御曹司三人が一般人に混ざって契約とかしちゃう、のか? それはそれで非常にシュールな気も……。
など想像する間に秋雪さんは兄弟三人で見繕ってくれた僕の洋服と安心院高校の指定制服、夏服と冬服、セットのコート、春秋服を替えも含めて二セットずつ、靴下など小物類も購入するよう手続きし、奥に通された。カードを託されていたのはやっぱり彼か。
無駄遣いしなさそうってのは雪春とどっこいだけど、やはり長子というのはなにかと信頼があるの、かな? だって、でなきゃあの厳しい先生がカード預けないでしょ? それもどうやら家族カードとかでない、先生自身のカードを。……って、いうかさ。
「あの、おいくらぐらいに」
「さあ、結構買っちゃったね、兄さん。ついいろいろ目移りしちゃったからなあ」
「んー、まあ、いんじゃね? それにさ杏ちゃん、知らないでいる幸せもあるよ?」
あの、それはかなりの出費ってことですか? それはたしかに具体的な数字を知らないでいる方が僕の精神衛生上すごく幸せなのかも。と、思っていると秋雪さんお戻り。
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