家長の決定にこどもたちは……
「雲林院先生、それはあの、僕、その」
「なぁに。世界に誇る財閥、雲林院家の当主だ。杏みたいな可愛い女の子がひとり増えたってまったく問題ない。それと、なあ、あの高校を選んだのは学費を気にしてだろう? だったら、うちに来るならもっと教養も設備もしっかりしたとこへ転校しよう」
「えっと……?」
「春と夏が通っている
「ちょ、ちょちょ、先生待って!」
「ん?」
「いや、あの安心院高校ってあの? ぃえ、あのあそこって御曹司やお嬢様御用達じゃなかったでしたっけ? そんなところ、僕なんかが通ったら学校も先生の評判も」
ぷふ、と噴きだす音。雲林院先生が軽く噴きだしていた。あの、そんなにおかしいこと言った、僕? 普通のことしか言っていないよ。だって、この髪と目をどうにかしないと絶対に悪評がつくって言われる。高校側にはもちろん、先生にだって……。
養子にしてくれるってのはありがたいし、高校もあの並高校、
最高ランクの教育。校則も独特で世界に通じる人物に仕上げるように、特に女子生徒への教育理念は相当厳しいと聞いたことがある。今や、失われつつある女子だけに付与される
たしか、中学で神薙が変わった高校のパンフを持ってきてお喋りした時に読んだ。
僕とは無縁、と思ったのを覚えている。学生食堂のメニューも一食で高級店のコース料理並みに取る、とか学生寮も軍事施設ばりに厳しいセキュリティを敷いている、とか通学生も学生証を持っていなければ通れない、とか。その他、様々な特異性を持つ高校。
でも、その代わり、勉強のレベルは完全確保されていることから僕の興味を惹いた高校ではある。中学で気まぐれ、遊びで受けた大学模試の結果で教師にもっといい教育を受けられるところを候補にしないか、と言われた。でも、候補はすべて金がかかる私立。
僕の養育費を、餌代すらも削ろうとしていた
「杏、安心院は世界を目指す高校だ。だから、お前のその綺麗な髪も目もなにも気にすることはない。私からも一言添えるし、なにより留学生も多いから気にされない」
「でも、僕は日本人」
「日本人が全員黒髪で黒か茶色の目、だなんて古臭ぇこと誰に言われた? 杏はそのままでいい。そのままでありのまま在っていいんだ。な? もう自己否定はやめろ」
もうやめろ、と言いながら僕の髪を優しく梳いてくれる雲林院先生はとても優しい目をしている。その目は僕を認めてくれている。小学校の時まであった目だ。母さんがいた頃のまわりの僕を見る目。母さんを見て、僕を見て納得する。でも、けど、今は……。
母さんがいないのに加え、家庭環境のせいで能面になっている僕を気味悪がる気持ちが
そう、思っていた。勝手に世界中の誰も僕を認めてくれないって思い込んでいた。
違った。雲林院先生は少なくとも認めてくれているし、その上で養子にしてくれると言い、教育も僕に相応しい、と彼女が言ってくれる場所にしようとすすめてくれる。
嗚呼、今までの辛くて苦しい、悲しい日々は
だとしたら、報われる、と思える。でも、本当にいいのだろうか? 家長が許してもそのこどもたちは納得しないかもしれないのではないのか? 僕が家族、なんて。
「あの、さ」
「んー? どうかしたの、杏ちゃん?」
「先生はこう言ってくれるけどアンタたち兄弟はどうなの? 僕のこと気持ち悪く」
「なに言ってんの? 杏ちゃんみたいな可愛いコと同棲できるなんて最高だよ~?」
「なんか、違う、変なふうに聞こえるからやめてくれ、その言い方。えっと……」
「僕も気にしないよ。むしろ、僕と普通に口利いてくれる女の子は君がはじめてだから雪夏兄さんと、はちょっと違うけど、正直に嬉しいよ、一緒に暮らせるのは」
雪夏と雪春の反応は良好。問題は……。
さっきまでずっと雪夏と言いあっていたこのひと。長男の秋雪さんが問題だ。母親に対してもお堅くて親子らしからぬ態度。滲んで溢れでる雲林院先生へ対する尊敬の念。
だから、きっと先生が言えば言うこと聞くだろうけど、果たして本心はどうなのか、わからない。だから、怖い。兄、の立ち位置にいるひとが、僕はとても怖い。
秋雪さんは腕組みして黙っている。やっぱり僕みたいな女らしくない女が家に転がり込むなんていやなのかな? 僕がおろ、としていると見かねた弟たちが口をだす。
「秋兄貴さ、嬉しいなら素直に嬉しいって言いなよ。特に杏ちゃんはきちんと気持ち伝えないと変な誤解しちゃうよ? それこそお邪魔だ、とか気を悪くさせた、とか」
「そうですよ、秋兄さん。正直に言ってあげるのが礼儀ですよ。お母様の決定とか抜きにして杏さんのことどう思っているか、とかうちに来ることをどう思っている、とか」
「そーそ。春の言う通り。ごめんね、杏ちゃん。秋兄貴ってば朴念仁だからよく誤解されるんだよね~。こう見えて優しくてさ、見捨てられねえ症候群抱えているんだ」
「ひとを奇怪な変病持ちのように言うな。失礼だ、雪夏。お前は私をどう認識して」
「いや、変でしょ、秋兄貴? どー考えなくても母さんに対してすらガチガチだし」
いや、まあ。たしかに母親に対してまで異常なほど畏まっているっていう点は変なんだけどそれでも本人に向かって言うなよ、雪夏。それは秋雪さんに同意で失礼だ。
って、いうか優しくて、の辺りは流すけど見捨てられねえ症候群ってなにさ?
珍病を捏造するなよ。一番上のきょうだいにこれまた失礼だ。無礼だ。僕が同じことしたら場面転換で僕は骨と灰になって無縁仏として永代供養される自信があるぞ。
いや、火葬してもらえるかどうかも怪しいってかそのままバラされて山林に遺棄されて獣の餌にされそう。
「あの、秋雪、さん?」
「なにかね?」
「迷惑ならその、僕はどこかあの、中卒住み込みオッケーなところへ就職するので」
「誰も君がうちへ来ることを迷惑、だなどと言っていないのだが? 私も誰も、な」
「でも、だって明らかに迷惑です」
「……。君は慎み深すぎるのか。それともそんなに家、家族が怖いのかどちらかね」
「……怖いです、家族。死んだ母さん以外、みんな。親父も兄貴たちも僕のこと大嫌いで目の敵にしてきて。あ、でも仕方ないんですけど。僕が女なのがいけないんですし」
「女性であることになんの罪があるのだ?」
「そ、れは。だって、女でこどもなんて稼げもしない穀潰しだって、親父がずっと」
「底辺に生きるクズの思想をすべての男にあてはめないでくれ、杏。少なくとも私や愚弟たちは君を認め、ひとりの、たったひとつ、かけがえのない命だと思っている」
秋雪さんの言葉はすごくまっすぐで直線そのもの。たしかに僕、ちょっと思い違いしていたのかも。すべての男のひとがそんなわけないのに。狭い世界でしか生きていなかったからわからなかった。男ってのは最低な認識を女にくだすひどい生き物なんだって。
なのに、秋雪さんは僕をたったひとつの命として見ている、と言ってくれた。
嬉しい。そう思って秋雪さんを見上げる。見上げたのだが、おかしなことに彼は僕と目をあわせない。耳が赤い気がするものの、こんな厳格そのものなひとが赤面はない。
それこそ、自分の発言が恥ずかしいとか、そういうのもありっこないだろうし。
「あれあれ~? 秋兄貴、杏ちゃんの上目遣いで照れちゃった? 顔がお猿のお尻」
ビシィっ! と非常に痛そうな音が再び。雪夏が秋雪さんに竹刀で打たれた額を庇ってしゃがみ込み、悶えている。や、ええぇえ、罰が苛烈すぎない、秋雪さん?
だが、それはどうやら僕だけの感想らしく他のひとは、病院の職員さんもカウンセラーの先生も揃って秋雪さんの罰を流した。特に雪春と雲林院先生は超スルーしている。
雲林院先生はここの女医さんと早速退院手続きの話をしはじめている。んで、女医さんが退院証明をつくりに病室をでてから三兄弟の頭をまたあのハリセンでぶっ叩き、注目させて何事か言いつけ、僕に視線をあわせてきた。はい、今度はなんでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます