先生、マジで言っているの?


「お母様、びっくりさせてますよ」


「お。悪いな、杏。ちょっといいこと思いついたもんだからさ。つい、な? 許せ」


「? ……あ、はい」


 いいことってなんだろう。という方に気を取られたので雲林院先生の許せに僕はノータッチだった。それに、こうして僕を彼女曰く特別室に入院させてくれているのでたいていのことは別に怒ったり、気にしないつもりだ。でも、ホントなに、いいことって?


「杏、これからうちの子にならないか?」


「……。……はえ?」


「うん。我ながら名案だ。うちの家ならここと同等の設備もあるし、なにより退院したい上に、退院してもいくあてがないならいっそのこと私の養女にしちまえばいいんだ」


 ……。えーっと、ごめんね、先生。頭大丈夫ですか? いきなりなに突拍子ない上にびっくりするようなこと言っているの? 僕が、あなたの養女? ははは、冗句だ。


 僕なんか養子にしようってどう血迷っちゃったのさ、先生? 相当おかしいって。


 たしかに僕、退院してもあの家以外いくあてとか後継人とかそういうのもないけど。だからっていってどうして先生のとこに養子としてもらってもらえる的な? 変だよ。


 先生、熟考している間に脳味噌が発酵しちゃったのか? 失礼承知で訊きたいよ。


 じゃなきゃ、どうして僕なんか。僕なんてなんの取柄もないのに。唯一数えられる取柄なんて勉強くらいなものだし。でも、それも所詮少し秀才って程度だ。留学経験豊富な先生からしたら全然劣っているし、他の三兄弟にも劣っている自信があるよ?


 雪夏はちょっと頭緩そうだけど、補って余りある肉体の強度からして武芸を嗜んでいるでしょ? だったら、余計に僕なんかが家にお邪魔しても本当に邪魔でしかないよ。


「中学時代、の全国模試、満点以上の百二十点一位だったそうだな、杏?」


「……。調べました?」


「大事な患者のことだ。ある程度は当然に調べておくさ。でだ、もしも、ただうちに来るのが居心地悪いならうちの息子共の家庭教師って役目に就くのはどうだろう?」


「ぇ、え? でも、三人共、僕より」


「ん? 春は同い年だぞ。夏も一個上だし、秋はまあ、大学一年だが、いいんだよ、そういう細かいところはどうでも。なにより、居場所と、いていい価値が杏には必要だ」


 先生めっちゃアバウト。アレかな、外国にいる時間が長くて細かいところ気にしなさすぎるようになった? もしくは元々の性質的問題? てか、このままだと提案が提案を通り越して可決されそうな予感。誰か、意見できるひと、誰でもいいから意見して~。


「中学生で大学模試、全国で満点以上?」


「?」


「へー、ひとって見かけによらないなー」


 アンタは見た目まんま頭軽そうだけどな。でも、この口振りからして雪夏、こいつも相当頭いい。それこそ、試験期間中も遊びながらで軽々パスしそうなくらいには。


 それに比べれば僕なんてやはり所詮程度のレベルだ。本物の秀才やなんかとは違う。ただひとり部屋にこもっているならばと勉強していただけの僕なんて。


「杏ちゃん、これわかる? 仮想コイルに大電流を流した場合の電磁誘導弾は?」


「……うん。前方足下に生みだされた仮想コイルに流された過電流によって発生した電磁界がつくる逆回転の過電流で逆向き磁界が形成されて電磁誘導物の磁場を狂わせる。互いの磁場が反発し、相殺。運動力は抹消される。よって、電磁誘導性弾は落下する」


「わあー、宿題、最後の一個終わった~♪」


「自分でやれ!」


「え? 秋兄貴、あの説明わかったの? 俺は説明されてもちんぷんかんぷんよ?」


「……。かろうじて、な。あとそれでは終えたと言わん! 理解できるまで習え!」


「ヤだよ。これ、ぜってーあの陰湿教師の見せしめ虐め問題だもん。はぁーあ、よかったぁ。杏ちゃんの明晰頭脳のお陰でおサボり罰則の処刑回避できたー。お礼はハグを」


「そんなもの、要らない。つか、そもそもがサボっていたのが悪いんだろうに」


「だぁって、授業なんて眠いもん」


 なにが、なにが眠いもん、だ。それこそ罰則でも受けちまえ。まあ、両者の言い分両方わかるけど。秋雪さんのわからないところはわかるまで習えってのも、雪夏のたいぎいってのもわかる。ってかこれ、かなりレベル高い大学院とか研究所のデータじゃ……。


 んなもの問題にして出題する教師の陰湿さっていうのがなんとなくわかるよ、僕。


 これは普通に通常レベルの勉強をしていたんじゃわからないって。


 かく言う僕も偶然暇潰しに本で流し読みして知っていただけなんだけど。それくらい、これは、この問題は専門知識を持った研究者のリーダーが後輩につくるような問題。


 じゃなきゃ、わからず、もしくは出題者も知らずに答だけ、電磁誘導性弾は落ちるってのだけ知ってるんじゃ……。どうしよう、要らないことしちゃったかな、僕。


 なんか雪夏に一泡吹かせたかった教師へ逆に恥かかせちゃうんじゃないか?


 ヤバい。すごく余計なことした、僕。


「ほー。科学的な分野にも並以上の素養があるのか、杏。感心感心。ま、雪夏にはあとで私が仕置きするから、んな心配そうな顔をするな。よし、そうと決まれば手続きだ」


「?」


「うちの養子として正式に迎える手続き」


 あれれ? いつの間に養子になるの決定しているの、雲林院先生? おかしくないかな? ってか、あの僕はどうやって生活すれば……? だって僕の養育費なんて。


 ……。あれ? まさか、そこまで面倒かけちゃう感じなのかな、僕。ダメだって。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る