世界に要らない僕なのに、なぜ生きている?
「杏、なんで」
「なにが?」
冷たく聞こえるように声をだす。
つっても、所詮、女の子の声じゃ迫力も威厳もなんもないんだろうけど、さ。
そんでも、それでこいつらが離れてくれるのなら僕は最大限努めなくちゃいけない。僕なんか、どうなろうと、どう人生が転んでいこうとも、どうでもいいんだから。
僕なんか、僕、なんか……この世に要らない人間、なんだから。そう在るべきだ。
この世に、この世界に僕は必要ない。こんなに広い世界なのに要らない、と思われているなんてアホ臭ぇくらい悲劇気取りだけど。事実、そうなんだからしょうがない。
だって、ずっとずっとずぅーっと面と向かって言われ続けていたんだからさ。
ああ、そうなんだーって。へー、ふーん、って思わないと心が死んでしまう。
そう簡単にへし折れる心じゃないけど、それでも要らないって、いなければよかったなんて、死んじまえって言われるのは、結構きつくてさ、辛い。悲しい、から。
まわりが言うだけならいい。もしくは家族が言うだけならいい。どちらかで補えば心は保たれる。でも、どっちからも同じことを言われるのはやっぱりきついものだ。
お前なんて……と、そう言われる度に心がすり減っていくのがわかる。要らないと言われ、消えろと罵られ、死ねと謗られる度に心が血を噴く。毎日がその繰り返し……。
だから、いつしか能面のように。そして、なにひとつ感じない心ができていった。
小さな頃は、母さんがいた頃はまだ、夢と希望に溢れていた気がする。将来の夢もあったかもしれない。女の子らしい、夢が。けれど、もう欠片、微塵もない。一切ない。
「僕に構うな。ほら、もういけ。ホームルームに遅れたら今度は担任もうるさ」
「手伝うよ、杏ちゃん」
カチン、ときた。ううん。違うな。イラっとした、の方が正しいかもしれない。
だから、手伝う、などとほざいた神薙を両手で突き飛ばした。彼女は朝倉にぶつかって驚き、目を見開いた。朝倉も僕のいつもにはない意外な態度に驚いていた。
僕は、今までそういうのはなかった。だから余計びっくりしたのかもしれない。僕は一般的に不良と定義される
「杏ちゃん?」
「……やめてくれません? その偽善」
「え?」
「充分人気あるんだからそれ以上点数稼いでどーすんの? 夢はビッグに大統領夫人かなにかですか? 今から媚売りの練習に余念がないとか、マジ引くわ、クソアマ」
僕の暴言に神薙はしばし呆けていたが、やがて目に涙を溜めて走り去っていった。僕が能面で見送っているとまたも後頭部にボールがぶつかった。いや、マジ痛いし。
「ざけんなっクソはお前だ!」
そんな捨て台詞を残してバカ共は去っていった。そして野次馬も僕を冷ややかに睨んで消えていく。残ったのは朝倉だけ。朝倉は僕を見ている。僕はなにも見てない。
見るべきものなどなにもない。
色褪せたこのモノクロ世界に見るべき価値のあるものなどなにひとつ、ないのだ。
わかっている。だから僕は心配そうに声をかけようとして躊躇っている朝倉を無視して体育館に隣接されている倉庫へ向かい、戸を開けて中の散らかりに苦笑した。
僕は鞄をその辺に捨ててせっせと倉庫を片づける。何度も何度もそして、何度も整理したからなにをどこにどう戻してなにから片づければ効率いいか熟知している。
それくらい何度も罰則を喰らっている。内訳的には容姿のことで難癖つけられて数十回ほど。素行不良と銘打ってはいるが実質僕はなにもしていない見せしめが十数回。他校とトラブって数回。その他、五十回近く? 計百回ばかり僕は学校中を片づけている。
だから、校内で僕は有名な方。クソ腐れ不良として負の勇名をはせている。それ故にこの学校の生徒は僕に近づかない。僕が不良とか夜遊びしているって噂が飛んでいるのも手伝って僕は違った意味で人気者。そしてこの髪と目を、異国の色をつつく輩は多い。
もういい加減うんざりだ。黒く染めればいい話なんだけど、そんな金、あいつらがだしてくれる筈もなく。一回、中学時代ダメ元で言ってみたことがあるものの一蹴されたばかりでなく、しばらく、十日ほど飯抜き刑に処されたからもう二度と、と決めている。
アルバイトも禁止されている。親父の稼ぎが悪い、と思われるような行動はしてはならない。だから、金は親に無心するしかない。ずっと支配され続けるしかない生活。
支配され、自由などなく、助けてくれるひとなどひとりもいない。クソみたいなあいつらの奴隷、というこのひどい生活から抜けだすことはできない。鎖は切れはしない。
僕は世間から見放されている。気に障ることをした覚えはないのに。ただ、誰かが言いやがった「不良」の一言で僕は迫害されざるをえない状況に突き落とされた。
誰にも相談できない。僕は女だから、だから、分相応にいろいろと我慢しなければいけないのだ。それが我が家の腐れルールだ。僕に、女には尊厳はおろか価値などない。
「……はあ。僕、なんで生きてんだ?」
つい、口を衝いた言葉。悲しかった。世間ではこんなにも女性差別をうんたらかんたら言っているのに、こんな近いところで当然のように害されている者がいる。
死ねば楽になれるのか、と何度も思った。
自殺未遂も何度か経験した。んで、全部ミスって生きている。今は気力すらない。
なのに、行政も、近所も、世間というものはなにもしてくれなかった。そんな時、思ったことひとつ。僕は所詮一匹の蟻でしかないんだ。簡単に踏み殺せるけど、働けるうちは生かして使っておいてやる、という魂胆なのだ。……マジ、腐っていると思う。
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