幼馴染はいいコたち。だから僕は咎を受ける
「はあ」
朝から気分悪いな。でも、きっとこんなのは序の口だ。学校いったらいったで陰口の嵐に揉まれて、教師から嫌みと蔑みの目と差別を喰らってすごす。それが僕のいつも。
商店街を抜けて登校路を進む。ふと、横を見ると大きなショーウィンドウにうつった僕が僕のことを無感情に無表情で見つめ返してきた。自分のことながら、キモい。
短い金髪。色素が薄い蒼瞳。なんの感情もない、能面の僕がいる。日本人なのに、日本人らしくない容姿だからある程度の歳になるとかなりごちゃごちゃ言われまくった。
仕方ないんだけどね。だって僕、ハーフだし。僕だけが母さんの血と色を受け継いだ容姿で兄貴たちも親父も純日本人な見た目。だから、余計に僕は目の敵にされる。
母さんは、どこのひとだったっけ。カナダ、だったかな? あまり詳しいことは知らない。親父が話してくれるわけないし、当の母さんはとっくに天国にいっている。
……いいな。ぼくもいきたい、てんごく。
「きょーうちゃん」
アホなこと考えている間に校門が見えてきた。辺りには同じ高校に通っている学生がそこそこいる。多分、日直とか朝練とかそういう理由があって来ているんだろう。
じゃなきゃ、こんな早くから学校なんて眠たい場所に来たりしない。僕はもう早起きが身に沁みて、慣れすぎて早朝とか未明起きだろうとも欠伸すらでない。あと、頭の痛みがまだわりと新鮮で眠気なんて起きない。っていう方が正しいかもしれない。
僕がいつも通り登校しているといつも通りのひそひそが聞こえてきた。でも、今日ははじまりから散々だったせいか意外なご褒美があった。それが、この声。
「ちゃん、ってつけるなし、神薙」
「ぷぅ。昔みたいに神無ちゃんって呼んで」
「僕が誰をどう呼ぼうと僕の勝手だろ」
「もー。相変わらず愛想ないな、杏ちゃんってば。そんなんじゃモテにゃいぞー?」
「ご結構」
「つまんなーい。杏ちゃんの恋こーい」
「すんげえオヤジギャグだよね」
おそらく、そのつもりはないんだろうが。そんでも一応構ったことにしておかないとあとが面倒臭ぇし、乗倍で絡んでこられたらかなりっつかすっごく鬱陶しいからな。
僕は僕に絡んできた変人を眺める。黒い髪に黒い瞳。ちょこん、なる擬音がぴったりくる愛くるしい姿の女の子。名前は神薙神無。名前に神がふたつもついているからか、めっさ神がかり的にみんなから愛されるクラスどころか学校中のマスコットアイドル。
そんな学校のマスコットさんがどうして他称不良の僕なんかに声をかけてきたか、というと幼馴染、だからだ。家が近かった、とかではなく、保育園から一緒だった。
「お、ふたり一緒か」
「あ、晃! ねえ、今日も杏ちゃん恋の天使がおりてきていないんだってさ~」
「あー、そうなん? もったいねーの」
意味わからん。なにがもったいないのか、どうしてもったいないって言葉がでてくるのか。全体通してすべてが意味不明なんですけど。つか、アホに話をあわせるな。
新しく現れて話に混ざった彼は朝倉晃。これまた保育園から同じだった幼馴染。
「朝倉、神薙とじゃれたかったら勝手にしてくれ。僕は一切関係ないんだから」
「えー、冷たいぞ、杏。友達を粗末に」
「……お前ら、僕の友達なんかじゃないし」
ボソッと呟いた一言に彼と彼女は固まる。
気まずい空気。僕は別になんともないが多分、神薙の方は耐えられないだろう。
いつもクラスの中心にいてちやほやされているから突き放されること、冷たくされることに慣れがない。僕も慣れたかったわけじゃない。けど、慣れないと心が死ぬから適応。そうしないと、と悟ったら人間ってのはいろいろ順応できるようなっているらしい。
だから、僕は平気。なんにも感じないし、思わない。感傷は嘘。涙もただの液だ。
「シュート!」
「がっ!?」
平気だ、と思った瞬間、僕は平気を気取れなくなった。サッカーボールが後頭部、今朝クソ親父が花瓶をぶつけたところにクリティカルヒットしてきやがった。
つい、悲鳴が口を衝き、頭を押さえて蹲ってしまう。痛い。すごく、地味に痛い。
後ろを振り返ると同じクラスの男子がにやにやしていた。どうも犯人であるっぽい。せっかくおさまっていた疼きがぶり返してきて僕は頭を押さえて深呼吸する。痛い。
「おい、なにすんだ!?」
「な、なんだよ、朝倉」
「なんだ、じゃねえよ! いきなりなにしやがんだって訊いてんだっ!?」
「な、あ、だって、神無ちゃんにひどいこ」
「言い訳すんなっ。杏は、相手は女の子なんだぞっ!? さっさと謝れ、クソが!」
朝倉が怒鳴っている。神薙は僕のそばで僕の呼吸が落ち着くのを待っている。
いや、マジ、やめてくれ。
少しずつひとが集まってくる。
うちのクラスのムードメーカーである朝倉が怒鳴っているのと、学校中のマスコットにしてアイドル化している神薙がいるせいで野次馬は何事かと思っている様子。
だが、僕を見つけると途端に冷たい目を僕に向けてくる。ああ、いやな目だ。
いつも通りなのに。いつものことなのに。すごく、すごく、ヤダ。……いや、だ。
「こら、校門でなにを騒いでいる!」
そうこうしていると風紀委員の担当顧問が走ってきた。この先は容易に想像つく。
そいつは騒いでいる生徒たちを見て、僕を見つけて、めちゃくちゃ睨んできた。
あは、僕が騒ぎ起こしているみたいだ。
風紀の顧問、石橋はすげー顔で僕を睨んできた。そばで神薙がびくっとしても、朝倉が助けに入ろうとしても、お構いなしでいつも通り、こいつはこう、言うんだ。
「罰則だ。橘杏。体育倉庫の整理をしろ」
「……はい」
石橋の言葉に僕は素直に頷いたが、納得しないのが約二名いて抗議の声をあげた。
「待ってください、石橋先生! 杏ちゃんはなにもしていないですよっ。そのひとたちがいきなりサッカーボールぶつけてきたんです! どうしていつも……」
「そっすよ。いつも杏のこと目の敵にしまくって。それでも風紀の顧問ですか!?」
ふたりは必死で僕のことを守ろうとしてくれているようだが、石橋の答は決まっているし、それは覆ることがない僕への評価そのものだってことも、充分わかっている。
「風紀顧問だ。風紀を乱しているクズに罰則をやることに一生徒が意見するな」
「だから、杏はなにもして」
「では、なぜボールをぶつけられる? そうされて当然の理由があるからそうなったのだろう? バカを言っていないで教室にいきなさい。それとも、入学して早々内申に傷をつけたいのか? こんなクズの、不良の為に? ずいぶんと酔狂なことだな」
なにかにつけて、こいつは内申を持ちだしてくる。僕の内申なんて気にならない以前にどうでもいいけど、神薙と朝倉の内申に傷がつくのは正直、勘弁してほしいね。
「すみません。僕が悪かったんです」
「きょ、杏ちゃん?」
「余所見して避けられなかっただけですし、別になんともなってません。倉庫整理してきますんで、もういってもいいですか? 授業でミニテストあって遅れると困るんで」
「困らんだろ。どうせ」
「たかがひとりだとしても生徒がサボってちゃその教員の内申に傷がつきません?」
やった。殺し文句を言ってやれた。とか思うくらい石橋は苦々しい顔をした。懐からだしたスマホ構って時間割を調べた彼は舌打ちしそうな顔をして去っていった。
一限目は数学のミニテストがある。受けない生徒がいたらあの先生はきっと気を悪くしてしまい、思い悩んで気に病んでしまうことだろう。そして果ては自分の授業に問題があったのではないか、と過剰に心配してしまうので石橋も以上を言えなくなった。
僕なんかに言いくるめられたのが気に喰わない。それを態度に顔に表して肩を怒らせ去っていく男の後ろ姿が親父に見えて、気分がすっごく悪くなったのは、内緒だ。
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