第5話 学校一の美少女

「ゆ、夕島さん!? いつからここに……」

「今来たところだよ? 正確に言うと、そこの柱の陰から見てたんだけどね」

「柱って……ああ」


 彼女の指さす方には、確かに校舎を支える太い柱が並んでいる。どうやら夕島さんはあの柱に隠れて、誰がここに来るのか見張っていたらしい。


「それにしてもさっき『やっぱり』って言ってたような気がするけど……」


 そうだよ、と彼女は頷いた。


「実はね、月曜日の朝に笹木君がポスターを貼ってるところを見ちゃったんだ」

「ま、マジですか……」

「そう、マジ。その時は背中しか見えなかったから分からなかったんだけど――」

「まさか、好きな色とかお小遣いを聞いてきたのって……」

「あはは、好きな色だからポスターに使ったんじゃないかなって。それに、『1日あたり2000円をお支払いします!』ってことは、お小遣いが多いはずって思ったの」


 そして僕は彼女の目論見もくろみ通り、好きな色は赤、お小遣いは今度から月二万円に増える、とまんまと言ってしまったわけだ。……前者は澪奈が勝手に使った色なので完全に偶然だけど。


「やられたなぁ……」

「でも、おかげで私も応募できたし」

「そうなの?」

「そりゃあ、変な人の家に住み込みはできないじゃん? その点、笹木君の家なら大丈夫かなって。虫も殺せなさそうだし」

「えぇ……」


 喜んで良いのか微妙な言われ方だなぁ――苦笑いをした僕だったが、ふと彼女の言葉が気になった。


「……住み込み?」

「え、うん。だってメイドでしょ? 違うの?」


 当たり前だよとばかりに首をかしげられ、僕は慌てて手を横に振った。


「違う違う、バイトみたいな感じ。夕食の準備を中心にお願いしたいんだ。本当は二千円以上働いてもらわなくちゃいけなくて、だから正式な雇用契約は結べないんだけど……」

「そ、そうなんだ……あちゃー、私の早とちりだったかぁ」

「い、いやいや、こちらこそポスターにちゃんと書いてなくてごめん」


 ――『今日からここが夕島さんの部屋だよ』

 ――『ありがとう。……なんだか私たち、同棲してるみたいだね』


「うぁああああ…………っ!」


 脳内でとんでもない妄想が爆発し、思わず頭を押さえて叫んでしまった。


「ど、どうしたの? ――あ、さては何か想像したでしょ?」

「べ、べべ別に……」

「本当に? 私が住み込みで働いてるところとか、本当に想像してないの?」

「し、ししししてないしてない」

「……私のメイド服姿とか」


 ――『今夜の夕食はハンバーグですよ、ご主人様っ』

 ――『おお、ありがとう。ところでその服は』

 ――『はい。本日はメイドらしく、メイド服を着てみました。あの……いかが、でしょうか……?』


「…………すっごく似合いそうだなと思いました、はい。気持ち悪くてごめんなさい」


 正直に白状して頭を下げると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「そ、そんなに頭を下げないでよっ。私は大丈夫だから」

「いや、でも――」

「むしろその……似合いそうって本気っぽく言ってくれて、お世辞でも嬉しかったっていうか……あ、でも変な想像はしないでよ?」

「しないってそんなのっ!」


 頬を少し染める夕島さんは、国民的女優とか人気アイドルなんかよりもずっとずっと美少女で、とてもじゃないけど直視できそうになかった。こんな人が本当に我が家のメイドになってくれるのだろうか。ちょっと都合が良すぎではと思ってしまう。


「それで、本当にウチの家事を手伝ってくれるの?」

「もちろん。色々あってお金を貯めたいんだ」

「バイトならもっと高収入のところもあると思うけど……」

「色んな人がいるところは、人間関係とか面倒そうだからさ。その点、こんな面白いポスターを作る笹木君ならって思って」


 確かに、夕島さんほどの美少女ならバイト先で持てはやされて大変だろう。年上の男性にしつこく言い寄られたり、モテすぎて一部の女性から陰口を叩かれたり――とはいえ、全ては澪奈のポスターのおかげだ。まるで僕が描いたみたいに思われるのは居心地が悪いし、何より妹に悪い。


「へぇ、妹さんが描いたんだ! 面白いセンスしてるなって思ってたけど」

「いやぁ……無理に褒めなくても大丈夫だから」

「あ、面白いっていうのはそういうことじゃないよ。私もセンスには自信ないけど、ちょっと突飛なくらいが目について記憶に残りやすいことは確かだし、そういうデザインができる妹さんは流石だなって」

「ありがとう。それ、澪奈――妹に言ってくれたら、アイツもきっと喜ぶと思う」

「妹思いなんだね」

「まあね。そうだ、今からでもよかったらウチに来てくれない? 妹はもう帰ってるはずだから」


 澪奈のことを直接褒めてあげて欲しい――そのつもりで思わず口走ったその言葉を、直後僕は後悔することになった。


「へぇ……笹木君って結構ストレートに口説くどくタイプなんだ?」

「んなっ!? く、口説いたわけじゃ……」

「えー、でも『ウチに来いよ』って」

「そうは言ってないっ」


 夕島さんは吹き出した。


「ごめんごめん、冗談だよ冗談。ふふっ、笹木君ってば揶揄からか甲斐がいがあって可愛い」

「夕島さん……」

「せっかくだし、それじゃあ私、お邪魔しちゃおうかな」


 女子に可愛いと言われるのは少ししゃくだけど、夕島さんに言われるならまぁ良いかとさえ思ってしまう。彼女と隣り合って歩いているというだけで、僕はずっとドキドキしっぱなしだった。

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