第6話 JKvsJC 澪奈編

「フッ……遅かったではないか。よく帰ったな我が眷属けんぞくよ――って!?」


 夕島さんと一緒に帰ってきた僕が玄関を開けると、我が家の次女である澪奈が腰に手を当て、仁王立ちで待ち構えていた。

 そんな中二病の妹に柔らかく微笑み、軽く頭を下げたのは学校一の美少女。


「初めまして。私、夕島結衣花って言います。今日から笹木家のメイドとしてお仕えすることになりました。よろしくお願いしますね」

「おに、いちゃ、ん……? ま、まさかお兄ちゃんがお、女……しかもそんな美人を家に連れ込む日が来るなんて……!?」

「お、お前、夕島さんはそんなんじゃ――」

「あら、やきもちを焼いているんですか? 可愛いです」

「だ、誰がやきもちなんて……っ」


 一瞬でキャラ崩壊した澪奈は顔面蒼白になり、ふらふらとした足取りで二階の自室へと階段を上ってゆく。今にも足を滑らせて落っこちそうなので、「足下気をつけろよー」と一応声をかけた途端、彼女はずっこけて転げ落ちた。


「お、おい澪奈!? 大丈夫か!?」

「あぅっ……な、なんの、これしきぃ……痛ぁっ!?」

「ちょっと待ってくださいね。笹木――いや孝樹君、絆創膏はどちらに?」

「僕が取ってくる! 夕島さんは澪奈を見ててもらえる?」

「了解です」



 ***



「これでよし、と」


 膝と額にできた澪奈の切り傷。さっと消毒して絆創膏を貼り付ける夕島さんは手慣れていて、まるで看護師か保健室の先生みたいだった。ふと見ると、澪奈と夕島さんの距離感が少し縮まっているような気がする。僕がいない間に何か話したのかもしれない。


「夕島さんって……きょうだいとかいるの?」

「うん? ……あー、いや、いないよ」

「そ、そうなんだ」


 そう言った時、一瞬だけ彼女の顔に影が落ちたような気がした僕は、慌てて話題を切り替えた。


「ほら澪奈、夕島さんに言うことは?」

「うぅ……あ、ありがとうございます……」

「いえいえ」

「じゃあ夕島さん、せっかくだから澪奈の部屋も見て――ちょいちょいちょい澪奈さんっ!?」


 そう言いかけたその瞬間、僕は傷を押さえてまだ少し痛そうにしていたはずの澪奈に廊下の一番奥まで勢いよく引っ張られ、そして壁ドンされてしまった。


「……我が兄よ。いったい何を考えておるのだ」

「何って、澪奈と夕島さんに仲良くしてもらいたいなって」

「はぁ!?」


 妹が下からグイッと顔を近づけ、怒りに頬を染めて詰め寄ってくる。


「我が部屋にはちゅ……じゃなかった、希少なる闇の品の数々が眠っておるのだぞ!? 今日初めてやって来た客人なんぞに見せられるわけがなかろうッ!」


 一応意訳しておくと、『わたしの部屋には一生懸命集めた中二病グッズがいっぱいあるから、初対面の人には見せたくないよぉ』である。


「ゆ、夕島さんなら大丈夫だって。彼女は誰にでも優しいから、お前のコレクションを見て笑ったり、勝手に触ったりはしないよ」

「でも」

「それに、夕島さんが言ってたんだ。あのポスターを描いたのは澪奈だって明かしたら、『そういうデザインができる妹さんは流石だ』って」

「……ちょ、ちょっとは話が分かるようだな」


 この妹、チョロい。それこそ夕島さんに口説かれたら即堕ちするんじゃないのか、この中二病女子中学生は……。


「そ、それに何より……ほら。この僕が仲良くできてるんだぞ? お前だってきっと仲良くなれる」

「……それもそうだな」

「そこで納得するなっ!」


 至近距離で言い合っていると、夕島さんにニヤニヤされてしまった。


「ふふ、仲の良い兄妹で羨ましいなぁ」

「な、仲良くなんて……ふんっ」

「あらあら、また照れちゃって」


 楽しそうに揶揄からかう夕島さんの前に、澪奈は腰に手を当てて立ち塞がった。


「――夕島結衣花と言ったな。貴様が我が兄のメイドということは、我が眷属ということでもある。なぜなら我が兄もまた、我が眷属に他ならぬからだ」


 自信満々に、失礼極まりない暴言を言い放つ澪奈。

 おいおい先輩だぞと囁くが、彼女が止まる様子はない。流石の夕島さんもドン引きしているだろう。嫌われても仕方のない物言いだ。


「よって……その、我の忠実なるしもべとなって、我に仕えよ! さすれば――貴様を我が家の一員として認めてやらんでもないぞ」


 でも、澪奈がそう口にした瞬間。

 夕島さんの肩がピクッと震えた。


「どうする、夕島結衣花。これは命令ではない。我に仕えぬと言うのならば、ここから立ち去るが良い」

「お、おい澪奈! いくらなんでも――」

「大丈夫だよ、孝樹こうき君。……分かりました。澪奈様にお仕えさせていただきます」

「よろしい。……ほ、ほら」


 嬉しそうに、そして少し緊張して手を差し出す澪奈。

 そんな妹の小さな手を、夕島さんがしっかり握った。


「よろしくお願いしますね、澪奈様」

「ちょっと……良いの? 夕島さん」


 驚いて尋ねた僕に、彼女はふわりと微笑んだ。


「うん。なんかね……あったかいの。ここが」


 セーラー服越しにも分かる豊かな胸の少し下に手を当てて、夕島さんは目を静かに閉じる。それは神秘的で、そしてどこかはかなげな仕草だった。

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