第23話 悲しみから狂気

「感動の別れは済んだのかな?後輩たち」


「罪星...あんたは何でそんなことができるっすか!?」


砦は怒りに体を震わせる。


「そんなこととは?」


「こんな...人殺しを楽しむようなこと...」


「楽しんでなんかいないさ。探しているんだよ。愛望恋音が死んだのは『運営』にとっても喜ばしい結果ではなかったからね。」


「探してる...?」


「そうだよ、人を生き返らせる能力者。

彼女はその候補だったのに。」


右斜め上を見上げて遠い目をする夢詡彩は

悲しそうに見えた。


「あれは、第九回の殺し合いの時のこと。

私たちは...」


夢詡彩は大人しく、可憐な女性だった。

当時の『怠惰』の能力者であった夢詡彩は

仲間である六人と共に塔で過ごしていた。

ある時、殺し合いをしろと『運営』から

命令され、大食海星の裏切りの下、

命令通りに殺し合いは進展した。

中々振り切れず、逃げていた夢詡彩は

悲劇を目の当たりにした。


娘二人の遺体...。

『色欲』の能力者が、海星に頼まれて能力を使って夢詡彩の娘二人を殺した。


殺された愛する娘...死んでいく仲の良かった仲間。裏切り合う仲間...

夢詡彩は変わった。

変わらざる負えなかった。

円と協力して戦いを終わらせ、

『運営』についてを詳しく知った。


娘や仲間だった人たちを生き返らせるために

回復の能力者が必要だった。

遺体の保存などの目的もあり、夢詡彩は

『運営』になることを決めた。


殺し合わせていればきっと回復の能力者は見つかる。そう信じて...。そう願って...。




「私よりも、君の方が殺しているのではないかな?已雁炎。そうだよね?暦」


「義母様の言う通り、元姉は私の両親を殺しました。その他にも色々な人を殺した。」


「暦...それには理由が」


「それは私も気になるなぁ」


惟呂羽が姿を見せる。

生きていたことに二人は歓喜の表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻り、暦に向き合った。


「聞いて」


「聞かない!」


針のついた鎖を振り回して炎に攻撃する。


「やめて暦、私は貴方を助けたいの」


「うそ、私のことも殺す!あの人たちみたいに!」


「あれはっ...!」




已雁炎は優しい両親、歳の離れた妹と暮らす幸せだった少女。

能力が無ければただの平凡な女の子。

妹の暦は体が弱く入退院を繰り返していた。

ある時大きな病気をして、手術が必要になった。お金を稼ぐため、仕事に励む両親。

そんな両親や病気の妹を安心させようと

炎は必死に家事や勉強、遊びの知識を仕入れ、家族のために尽くした。


手術の一ヶ月程前のことだった。

母と父は精神的ストレスからか、変な聞いたこともない宗教を信仰しだした。

誰かに勧誘されて、その宗教の神の尊さや

有り難さに気づいたのだと二人は語った。

別によかった。それで二人の精神が保たれるならその方が良いとさえ思った。


けれど、そんなに単純な問題ではなかった。

手術の日、二人は宗教の日程の都合で来なかった。暦は悲しそうに、寂しそうに手術を受けた。


手術は成功した。

けれど、その後もお見舞いに行ったのは炎だけ、両親は家族のために入信した宗教に命を捧げ家族を忘れていた。


「お母さん、お父さん。間違ってるよ。

暦が可哀想!お見舞いくらい行けるでしょ」


「何言ってるの?そんなことよりも信仰よ。

ちゃんと貴方達を守ってもらうために一日中祈っていなきゃ。」


「...」




暦の退院の日も、二人は来なかった。

親戚の叔母さんが仕方ないからと手続きをしてくれたけれど、暦の悲しそうな顔を忘れることは出来ない。

炎自身も寂しかった。悲しかった。



「二人とも、暦の病気も治ったんだから

その変な宗教抜けて。」


暦には聞かせて良い内容か判断できなかったので暦が寝た後に二人と話した。


「抜けられる訳ないだろ!気でも狂ったのか!?」


父に殴られた。

母には無言で睨まれ続けた。

暦のためにどうにかしなくてはならない。

そう思っていたのに、いきなり全ての思考が

止まった。

心が限界だったのだ。


「お願い、それやめて。」


何日も頼んだ。何週間も、何年も。

けれど、虐待が加速していくだけで抜けてくれることはなかった。





その宗教で贄が必要だと聞いたという。

深夜、暦が熟睡している時に、二人は刃物で

暦を殺害しようとした。


「何...してるの。二人とも」


そういうと二人は失望したような顔で炎を見て、ナイフを向けた。


「贄が...必要なのよ...だから」


「もういいよ、暦を殺そうとしたんだから。

許せないよ」


その場にあった、いつも母が暦に果物を剥いていたナイフを手に取って二人を突き刺した。


血が溢れた。炎の手や服や頬を染めた。

物音に暦が目覚めてしまった。

そして、全てが壊れた。


「人殺し!お姉ちゃんの人殺し!」


暦に話しておけば...何か変わっただろうか。

少なくとも『運営』に手を染めることは無かっただろう。そんなこと、当時の炎がわかることではなかった。


「暦、ちょっと待っててね」


炎は教会と二人が呼んでいた場所に乗り込み、宗教が嘘っぱちであったことを知った。

怒りが込み上げた。『憤怒』をあれほど強く感じたことはない。自分の能力にこれほど

感謝したことはない。


能力で全てを壊して、壊して、殺した。


「貴方達を許せない。」



そして今、ここにいる。



「暦に伝えておくべきだった。」


「そんな...それじゃあ、私のことを守って。

なら、私はなんでお姉ちゃんを殺そうと...。」


「無駄なことを振り返る奴は要らないかな」


夢詡彩は包丁で暦の小さな体を突き刺した。


「義...母..さ..」


声は途切れた。

暦は涙を浮かべて力尽き、無惨に転がった。


「罪星ぃぃぃ!」


怒りの炎が炎の心を埋め尽くした。



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