第19話 枯れた花と燃える炎

十六夜強花は親からの愛を受けずに育った。

愛されたが故に不幸だった合歓とは似た種類の不幸ではあったものの質が異なっていた。


母が塔に行った。

それは強花が生まれてすぐのことだったらしい。物心ついた頃には父と二人、母が強花を不幸にした全てだった。


「お父さん...お腹すいた...」


「子供の分際で腹なんか減ったのかよ

使えねぇな、これだからまどか以外の奴は。」


言葉を発しては手をあげられる。

父・十六夜強斗いざよいきょうとの生活の全ては円だった。

母が塔に行ってからというもの、父の性格が変わったと近所の人間は言った。


強花は子供ながら母である円を恨んでいた。

自分が苦しんでいるのは母のせいだ。

自分に無いものを持っていながら、

それを捨てて塔なんて所に行くなど『強欲』だと思っていた。


そんな強花の能力が開花した。

母と同じ能力者であったことに歓喜した。

母の見た目以外の性質を自分が受け継いでいる。父に自分の存在を認めて貰えるチャンスかもしれない。

そう思った。


でも、そんなことは無かった。


「お父さん!能力あった...!ピンと来たの。

私も能力者だったの!」


「はぁ!?嘘つくんじゃねぇ。

本当だったら見せてみろ」


見せられなかった。

強花の能力は視界に入る場所に能力者がいなくては発動しない。

強花は自分の能力を知らなかった。

ただ感覚的にピンと来て、それが何故か能力者の印であることがわかっただけ。

父に証明することは出来なかった。

自分でも誤解だったのかもしれないと思い込み、父からは嘘か夢として扱われ、余計に

嫌われてしまった。


「お父さん...」


次第に父が強花を虐待することはなくなった。けれど、それは強花にとって嬉しいことではなかった。

虐待されることこそが、父が自分の存在を認知している証拠と思っていたからだ。


もしかしたら、虐待をしなければ愛情を表現できない人なのかもしれない。

これが父なりの愛情なのかもしれない。

だって、でなきゃ自分は捨てられている筈。


そういった考えが強花の心を救っていた。

愛情だと思い、全てを受け入れて

いつか素直に愛してると言ってくれることを

夢見ていたのに。

その夢が壊された気がした。

歪んでいたのは自分でもよくわかっている。

それでも縋るしか心を保つすべがなかった。

猛烈に寂しくなった。


相手にもされなくなって数年。

父は毎日嘆いていた。

母が帰って来ないことを。

死んだか、もしくは何かあったのかと、

今まで開かなかった口を開いたと思えば

その話をブツブツと呟いてまた口を閉じた。


強花も家で一言も話すことはなくなった。

いっそ死んでもいいから早く塔に呼ばれたい

そう思った。


願っていた矢先、塔へ行くことが決まった。

父はきっと喜んだだろう。

変に母の遺伝子を継いだ強花がいなくなるのだから。

母の偽物がいなくなるのだから。


その時になって能力者だと信じてもらえたがそんなこともう望んでもいなかった。


「行ってきます。」


何年かぶりに父へ向けた言葉は自分が放った言葉のなかで一番鋭い言葉だった。


塔へ着くともう殆どのメンバーが揃っていた。

必ず語尾を伸ばす『色欲』

ずっと何かを口に含んでいる『暴食』

一人称わたくしのお嬢様『傲慢』

ふざけた子供『怠惰』

その保護者『嫉妬』

は強花のことを歓迎した。

素直に嬉しかった。

ここでは誰もが自分の存在を見てくれる。

誰も恨まずにいられる。

全ての愛を受けたいと思った自分はきっと

『強欲』なのだろう。



自分より遅く『憤怒』がやって来た。

礼儀正しくオドオドした態度、

初めて人を可愛いと思った瞬間だった。


ガラが悪くなった自覚のある強花を受け入れてくれた大好きな人。






そんな炎を守れたのだ。

死んで悔いはない。










「強花さん...」


涙が出来ってしまった炎は思いついた。

恋音に回復してもらえば。

けれど、恋音が能力で寿命を削るのだとしたら

生き返らせたらきっと恋音が死んでしまう。


「ごめんなさい、強花さん。

私はずっとここにいることは出来ません。

必ずどうにかして助けます。」


握りしめている手らしき物のなかから

小指らしきものと自分の小指を絡めて


「約束です」


と言う。

手が血でぐちょぐちょになったが

気にもならなかった。


銃をしまい、他の四人が向かった方向へ急いだ。


「私は炎。消えずに心を燃やし続けてほしいとこの名前をつけられた。

私は炎なんだ。ほのおのように燃え続けないと!」


自分に言い聞かせながら走った。

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