第21話 書き手だからわかるのです

「出会えた人の中には作家さんばかりではあるまい?」

「ええ、読み専の方もいます」

「きみがここで活動していなければ読み専のままだったが、書き手の立場としてはどうだね?何を得られたね?」

「物語に対し、視点が変わったというのはあります」

「楽しむ立場と創作する立場だな」

「はい。それまでは単純にすごい!と思っていれば良かったのですが、書き手の目線で見ると、絶対に自分では出てこない言葉の組み合わせに驚愕を感じました」

「組み合わせ、かね?」

「日本語で記述されていて、ほとんどの漢字も読めました。にも関わらず作家さんによってこれだけ多くの表現方法があるのかと」

「確かにな。ひらがなとカタカナと漢字とアルファベットと数字と記号、儂はこの点だけでも日本語を操れて良かったと思えるな」

「難易度は高い気がしますが」

「それが他の言語と比べ優劣を表しているわけではないぞ?だが少なくとも自由度は高い」

「必殺技を漢字で表現するのカッコいいですもんね」

「官能小説も然り。「目合ひまぐわい」とか最高」

「急に冷めること言わないでください」

「だがしかし、自由度が高い故に使い方は難しいのだ。文字を介した情報伝達は相手の脳に依存するところがあるからな」

「理解力や、以前話していた常識の話ですか?」

「ふむ。異世界モノを知らぬ人には異世界モノの表現は受け入れ難い。しかしながらエルフやゴブリンの概念そのものを作中で説明などしてしまえば、それを知る者にとっては、素人乙、と揶揄されるだろう」

「そうなると表現の仕方というのも悩みどころですね」

「そのためのジャンルでもあるのだがな。ところできみは物語を書く際に、どんな層に的を絞るのだね?」

「正直な話をしますと、考えていません」

「手当り次第というわけだな?」

「なんのために書くか、という命題がありますからね」

「その話は哲学的に過ぎるからな。ウチは明確だろう?ベストセラーだよ、きみ!」

「そもそもベストセラーの定義を教えてもらえませんか?」

「たくさん作る、たくさん発行する」

「発行部数ですか?それとも一般購入部数ですか?社長の目論見で言えば、売れなくても発行部数が多ければいいのですよね?」

「きみ、取次店に聞かれたらヤバい話は慎みたまえ」

「発行部数だけで言ったら世界に一番出ている本は「聖書」ですよね」

「きみは教祖様になりたいのかね?」

「いやですから、仮にですよ?私の作品が書籍化するとします。先日の発行部数で考えた場合、ウチが受けられる恩恵って雀の涙ほどじゃないですか?」

「いかにも。だがな、チリも積もればなんとやらだ。雀の涙も大海に変わるに違いないだろう?」

「溜まる前に蒸発しますよ」

「ベストセラー連打」

「……話を戻しましょう。少なくとも社長の中にあるベストセラーという言葉に明確な発行部数や基準というものが存在しないことがわかりました。にも関わらず私にこんな命令をする理由……」

「ほう、何に気付いたのかね?」

「……さきほど、どんな層に的を絞るのかと聞きましたね?まさか万人に受ける作品を生みだせと?」

「老若男女総受け本かね?」

「受けとか言わないでください」

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