小児誘拐計画 4

 本人は遠慮がちだったものの、特に否定されることなく受け入れられた奈央の訪問は、そもそも久遠の家を知らないこともあり、少しだけ先のことになってしまった。口頭で説明すれば出来なくはないのだろうが、奈央が自分の地理感覚に自信が無いと言っていたこともあって、急がないという形に落ち着く。



 とはいえ、少しあとにするとは言えども所詮は近所、歩いて10分くらいのものだ。この日は時間が遅く、小学生を連れて歩けるような状況ではなかったが、案内自体は翌日に行われることになる。



 そして、話の流れで自身が慰安用アンドロイドを保持していることを打ち明けた久遠が、ひとたび別れを告げて自宅に帰り、待っていた彬奈に来客を伝えた翌日の夕方、その中でも比較的早い時間の公園に、久遠と奈央の姿があった。



「なんか、今日は随分と早い気がするね。いや、当然、ボクが来る事なんて大して影響がないことはわかっているんだよ?」


「ただね、それでもやっぱり、気にして欲しいんだ。大して関心を抱かれていなかったとしても、たとえ表面上だけだとしても、ちゃんとボクを気にして欲しいんだ」


 自信を軽視するようなことを言いながら、けれども自らのことを認識してもらいたいという、承認欲求の前段階のようなものにかられた奈央が、そんな言葉を口にする。

 これまで誰も見てくれなかったか故に、自身を見てもらうことを求めて、誰もその欲求を果たしてくれなかったが故に、ついつい疑いながら、信じられずに物事を見てしまう子供は、自身の思いはともかく押して、心の底から無条件に他人を信じることが出来なくなってしまっていた。


「表面上だけなんかじゃないよ。俺は、心の底から君のことを心配して、気にして、今ここに立っているんだ」



 そんなことを言う久遠が昨日の夜中寝る前に考えていたことは、約束の時間がギリギリになってしまったから、少し早く着けば多少余裕を持って通勤できるのでないかということであった。

 けれど、だからといってここに来るまでの間に奈央のことを考えていなかったという訳では無い。


 完全に嘘と言いきれるわけでも、完全に本音だけと言いきれる訳でもないが、この日の久遠の言葉は、少なくとも嘘だけでできているわけではなかった。その中には、伝え方の不完全さこそありはしたものの、嘘だけはなかった。




 それを受けて、奈央は少しだけ安心する。久遠の様子から、少なからず本気を見出して、自信に告げられた言葉が100%の嘘ではないとわかったから。多少ほかの思いが混じっていたとしても、久遠が自分を騙すためだけに適当なことを言っている訳では無いとわかったから。


 実際のところはわかっていない。嘘をつく時にはほんの少しの真実を混ぜろと言われているように、多少の本気が見れたところで、おいそれと信頼するべきではない。疑ってかかるのが当然であり、それがわかっていなかったのは、奈央の人生経験が所詮小学生に過ぎず、 詐欺師の類に騙された経験がなかったからだ。



「えへへ、ほんとかな?……ほんとじゃなくても、すごくうれしいな」


 長いこと大人に誠実な対応をされていなかった奈央は、久遠の言葉を信じてしまう。そして、久遠という“他人”に対する信頼と依存を、一段階深めてしまう。



「……とりあえず、うちの場所を教えるよ。そんなに難しい場所ではないけど、しっかり覚えておくんだよ。なんなら、メモを取ってくれても構わないからね」


 奈央の心情の機微など考慮できるはずもない久遠は、自身の理解出来た事実、奈央がこの行動に対してマイナスの感情を持っていないということだけを理解し、そのほかのほぼ全てを認識から外す。そしてその上で、何か問題があって自身が罪に問われかねないことがあったとしても、その影響が最低限で済むように、可能であれば無罪に、そうでなくても情状酌量の余地が認められるように、発言に気をつけながら家への案内をする。



 本当なら、自身が案内することは避けたかった。普段の雑談の延長で、ついうっかり話してしまった家の場所と鍵の位置、帰宅時間を悪用した奈央が、不法侵入して家でくつろいでいたと言う体裁を保ちたかった。


 久遠という人間は、あくまでも自身の合法性に関しては過敏な男で、かといって目の前で苦しんでいる子供をそのままにしていられない程度の善良さを保っていた。



「さて、思ったより時間がかかっちゃったけど、ここが俺の住んでいるアパートだよ。基本的に鍵は財布に入っているものと、新聞受けの右側にセロテープで貼り付けているものの二つ。部屋番号は1〇3号室で、特に騒いだりしなければ、昼間に人がいたところで隣人に怪しまれることは無いはずだ」


 そう説明して、久遠は、奈央が部屋に入ることは確認せず、自身の仕事先に向かう。実際の行動として、奈央が不法侵入していることを知らなかったと主張するための名目と、ちょっと遅くなってしまったせいで、このままだと出勤時間に間に合わなくなることの二つの理由で行われた、極めて合理的な行動であった。


 少なくとも現段階で、久遠は、法律的に一発アウトなことはしていないし、仮に引っかかったとしても過失や教唆の扱いだろう。ちょっと調べてわかる程度の犯罪には当てはまらないようにしている以上、奈央の平穏と久遠の安心を考えればギリギリのところまで、譲歩はしている。




 だから、この場において久遠の不手際はないと言っても過言ではなかった。それ以上を求めることは、普通の人間の身では叶わないことであったし、仮にそれがわかる手段を撮っていたら、久遠の安定を保証することは叶わなかった。


 結局、それは事故だったのだ。久遠にはどうしようもないことで、けれども結果論的に考えれば、あまりにも残酷なものであった。



 久遠が職場に向かって、そして恐らく奈央が久遠の家に訪れた少し後、奈央が泣きながら久遠の家を後にした。




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 作者は基本的に聞きかじり程度にしか法律に関する知識がないので、同じような状況になった時にどんな罪に問われるのかはわかりません。表面をなぞって、そこから考えた適当解釈ですので、実行時にはしっかり調べてください()。


 ちゃんと調べればもっとリアル準拠なものにもできたかもしれませんが、話の展開上ここで詰まると少し困ることもあって適当に済ませました。



 PS

 ようやくタイトル決めました。めちゃくちゃ適当ですが、個人的に一番しっくり来たのでこれにします。


 この小説に出てくる法は現実のものと差異が生じる可能性が多大にあります。あくまでも、類似の異世界(別世界線)として受け止めてください。

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