54 勇者パーティの崩壊

 恋慕には疎いほうであるが、さすがにここまで歪むケースは限りなく少ないと分かる。

 犯罪すらも目を瞑り、愛することを優先するとは。


「……まあ、総合的に見るとクラリスの一人勝ちか。最後の計画は失敗したが、途中までは上手くいっていたもんな。大負けだ」


 自分とロッダムの距離を測りながらオズワルドは続ける。

 この際、アクロに被害が及ばなければどうだっていい。


「代わりと言っては何だが、お前の計画は邪魔させてもらうよ」

「なんだと?」

「【割れろ】」


 オズワルドが呟くと、ロッダムの上着からなにか割れるような音が響く。そして懐がじわりと濡れた。

 ひゅ、とロッダムはひどく慌てたように息を呑む。


「おっと、動くな。その周辺に傷はないな? あったとしても自業自得だが」


 浄化の呪文を唱える。青い魔法陣が一瞬ロッダムのまわりに浮かび、消えた。

 魔力は戻ってきている。視力も片方が無くなっても支障なさそうだ。


「毒を無効化した。乾かすまではサービスしないから自分で何とかしろ」

「……毒?」


 ぽつりとアクロが聞く。オズワルドは頷いた。


「おおかた、スズランだろう? クラリスが教えてくれた通りに根を漬け込んだ水を仕込ませていたな?」

「……」

「沈黙は肯定と判断するぞ。ここからは俺の空想だ、気楽に聞いてくれ」


 唇を吊り上げる。

 どうせ戻ることなんかできない。進み続けることしかできない。

 その先が関係の破綻だとしても。


「元勇者パーティの人間ふたりが傷ついた姿で発見された――それを見舞いに行くのはおかしい話じゃない。だがロッダム、お前は師団長だ。その位がありながら連れてきた部下は少人数。しかも取り調べなんて下の者に任せればいい。さらには子爵の令嬢、それも末娘にわざわざ顔を出す義理はないだろう」


 ロッダムはあからさまに不快気な表情を作る。

 旅のあいだですら、ここまでの顔はしなかった。


「ここから推測されるものはひとつだ。『口封じ』。そうだろう?」


 部下の人数を絞ったのは、口外しない者を選んだことと、仮に漏れたとしたら誰からなのかすぐ判断できるから。

 取り調べというのは口実でしかない。

 そして勇者パーティの一員ならばオズワルドの毒無効をよく知っているはずだ。ならばスズランの毒は彼以外に使うものだった。


「隠ぺい工作は俺相手ならどうにかできると踏んだか? それともルミリンナの死体を見せて脅す予定だったか?」

「……だとしたらどうする」


 息を吸い込み、はっきりと宣言した。


「俺の弟子に手を出すならば容赦しない」

「いつからそんな大層なことが言えるようになった魔術師」

「最初からだよ師団長殿。くだらない計画と感情に左右されたくだらない男のためにこれ以上犠牲を増やすわけにはいかない」

「元仲間だからと侮辱するのも限度があるぞ、オズワルド……!」


 ロッダムは拳を作る。

 厚い皮膚には血管が浮き出ており、わずかに震えていた。恐怖ではない。怒りでだ。

 冷静に眺めながらオズワルドは真面目な表情をする。


「暴力で従えるおつもりか、【銀鼠の戦士】ロッダム・ダンガリー。されば、この【紺碧の魔術師】オズワルド・パニッシュラも魔術を以て対抗いたしましょう」


 手首のブレスレットをこれ見よがしに揺らしてオズワルドは笑う。


「だが、あなた様には軍が、私には魔術師協会が後ろに在ります。——ただの喧嘩ではない。内戦の始まりでございますれば」


 いつのころからか誰の記憶にもないほど昔から軍と魔術師協会は関係が最悪だ。

 それぞれの組織内でかろうじて友好的立場に居ようとする者がいるので均衡が保たれているだけであって、争う理由があればいつでも出張るだろう。特に魔術師は性格が悪いのでこちら側に非がない戦いには嬉々として参加する。

 ——その場合、ひどい戦いにはなることが予想される。現に他の国では同じような組織同士で内戦が起き十数年たった今でも復興途中なぐらいだ。


「それでも良いならお相手つかまつりましょう。いかがなされますか」


 時間としては数分、体感としては数時間。

 無言のあとにロッダムは動いた。


「この件に、口は出すな」


 オズワルドの横を通り過ぎていく。


「ああ、出さないさ。ルミリンナにも約束させる。子どもたちの安全を保障してくれるならな」

「クラリスの望みだ。それは果たす」

「ほんっと一途だなお前」


 振り向かないままロッダムは言う。


「二度と顔を見ないことを祈って。【紺碧の魔術師】」


 オズワルドも窓の外を眺めたまま返す。


「永遠にその名が聞こえないことを願って。【銀鼠の戦士】」


 乱暴に扉が閉められた。

 ガンガンと荒れた足音が遠のいていく。


 しばらくオズワルドとアクロは静けさの中にいたが、決心したようにアクロは顔を上げる。


「……もしかして、わたしのせいで仲違いさせてしまいましたか?」

「ん? まさか。直接的要因はクラリスだ。ルミリンナは巻き込まれただけだから気にするな」

「そう、ですか……」

「すまなかった」


 オズワルドは壁に背中を付けたままずるずると座り込む。

 緊張の糸が切れてしまい、立っていられなくなった。


「勇者パーティの末路を、目の前で見せてしまった」

「……先生、そういうこと気にされる方なんですね」

「あぁ?」

「なんでもありません」


 ほほ笑むアクロの手は真っ白だ。布団を強く握りしめていたからだろう。

 中年の男ふたりの罵り合いなど見たくも無かったろうに。

 申し訳なさを感じながら彼女の顔をふと見て、気が付いた。


「……ルミリンナ。右目、どうした?」

「え?」

「瞳の色が薄くなっている」


 左目は濃い緑だが、右目は黄色に近い黄緑色になっている。アクロの目は両方同じ色だったはずだ。

 アクロは手元に鏡がないので困ったようにきょろきょろと周りを見渡したあと、目の縁をなぞる。


「髪の毛は黒くならなかったと安心していましたが、目が変色しましたか……変ですか?」

「目立つかもしれない。視力は?」

「変わりありません。……困りました、友人ならともかく家族にはどう誤魔化せば……」

「むしろ友人はいいのか」

「歯を赤く染めている子とかいますから目の色ぐらいはうるさく言われないと思います」

「あー……いるなあ……成績がいいからなんにも言えないが……」


 奇抜な生徒たちが数人脳裏に流れていった。なら多分大丈夫だ。

 帰ったら補講を組まなければ……とうんざりする。


「体調が安定したら、師匠のところで数日療養させてもらおう。あそこのほうがいくらか気が楽に過ごせるはずだ」

「いいんですか? 【紫煙の魔術師】のもとにわたしがお邪魔しても……」

「平気だろ。ああ見えて師匠、お前のこと気に入ってるから」


 そうでなかったらオズワルドの『魔力封じ』を渡してなどいない。アレキに持っていかれたが。

 小言をたくさん聞くはめになるのは言わないでおいた。


「じゃあ俺は一回病室に戻る。手紙を出したり色々しないとだから」

「はい。無理をなさらないように……」

「お前もな」


 アクロの病室を出て数歩でオズワルドはぶっ倒れた。

 駆け寄ってくる看護師たちの脚を眺めながら、しみじみと若いころに比べて体力と回復力が遅くなったことを実感していた。

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