53 ロッダム
旅をしている時の夢を見た。
清流を見つけた勇者パーティはそこで疲れを癒すことにしたのだ。
ズボンを捲って水に足をつけるアレキ、彼にならって同じように靴を脱ぐオズワルド、聖剣を雑に置くなと怒るロッダム、ほほ笑みながら茶の支度をするクラリス。
——命のやり取りの連続だった。
魔獣だけではない。人間も時には斬った。
傷ついた。痛みを味わった。
辛くて、しんどくて、歯を食いしばりながら進んでいった。
……だけど。
「楽しくもあった。それは否定しない」
俯瞰した視点でメンバーを見ながらつぶやく。
「しかし、戻る場所ではないんだ」
〇
オズワルドは目を開ける。そして勢いよく起き上がった。
身体中が痛んだがそんなことはどうでもいい。
たまたま様子を見に来たらしき看護師が目を丸くしている。
「ルミリンナは!?」
かすれた声で聞く。
「ル、ルミリンナ……とは?」
「銀髪で緑目の背の低いちんちくりんな少女です。ここは病院で、俺は孤児院から運ばれてきたんですよね? 彼女もいっしょに運ばれてきましたか? というか何日寝ていました!?」
「お、落ち着いてください。ひとつずつお答えいたしますから……。まずパニッシュラ様が丸一日眠っていました。今は運ばれてから二日目の昼前です」
確かに窓の外を見れば暖かな陽光が満ちていた。
起き抜けに元気な質問が飛んできて戸惑っているようだが看護師は丁寧に答えていく。
「ルミリンナ様はあなた様のおっしゃるとおり共に搬送され、今朝目覚めました。容体は安定しています」
「良かった……」
暴走したり目覚めないということはなかったようで心から安堵した。
騒ぎに気付いたのかもうひとり看護師が入って来た。先にいた看護師の態度から察するに看護師長のようだ。
「おはようございます、パニッシュラ様。お身体の調子はいかがですか?」
「問題ないかと。ああ――いえ、視力が少し悪いですね」
魔王の魔力暴走によって失明した片目はそのままだ。景色に狭まりがある。
むしろあの至近距離で強い魔力を食らいながらよくこれだけで済んだものだ。ひどいと内臓がすべて破裂すると聞く。
「では眼科医に伝えておきましょう。……パニッシュラ様、起きたばかりで申し訳ないのですが」
「なんでしょう」
「実は少し前にロッダム・ダンガリー様がお見えしており」
「は!?」
聞くとは思わなかった名前に大きな声が出た。
「えっ」
「いえ、すみません。続けてください」
「はい……。パニッシュラ様が目覚めたら連絡するようにとの言付けを受けております」
「分かりました。それで、彼は今どこに?」
「現在はルミリンナ様の個室にいらっしゃいます」
「あ!?」
一気に冷汗が全身から吹き出す。
ベッドから立ち上がろうとして立ち眩みを起こし、たたらを踏む。
「パニッシュラ様! まだ体力が回復していませんから安静にしていないと……」
「いえ大丈夫です。洗顔のためのタオルと着替えを用意していただけませんか」
急がなくてはいけない。
アクロをけして非力な少女として扱うわけではないが、あの威圧感に耐えきれるとは思えない。
最後の最後で厄介な相手が出て来たな――とオズワルドはシャツに腕を通しながらうんざりと考えていた。
魔術師のローブをはためかせ、アクロの居る個室を叩く。
返事を待たずに開けた。
中に居るのは――ベッドに座るアクロ、そばに立つ憲兵がふたり、そして巨体の男。
「よう、ロッダム。先に俺の見舞いに来ないとはどういう了見だ」
「……オズワルドか」
男は低い声を出した。眉間には深く皺が刻まれていた。
【銀鼠の戦士】ロッダム・ダンガリー。
没落した実家を盛り返すために魔王討伐の旅に参加し、見事に実家を盛り返した男。
それからは名声を後押しに師団長まで上り詰めた。
——褒美はなにも要らないと言ったアレキとは真逆の存在である。
「師団長殿が動くには少々警備が手薄すぎるんじゃないか? 貴族専用の病棟らしいから管理はしっかりされているんだろうが」
「なにが言いたい」
「嫌味だよ。俺の見舞いより先にそっちの若い女の子の見舞いに行かれてショックだったからさ」
強く掛け布団を握りしめたアクロと目が合う。
肩を軽くすくめたあとでズカズカと中へ入る。
「で? 師団長殿がわざわざ取り調べですかな?」
「お前にもあとで話を聞く。病室に戻っていろ」
「つれないなあ、ロッダム。俺たちは怪我人だぞ? 囚人みたいな扱いはやめてくれよ」
レルドとの軽口の応酬のような優しいものではない。この昇進欲の亡霊と渡り合うためにオズワルドは神経をとがらせていたし、そしてそれを悟らせないように気を配っていた。
ロッダムはしばらく黙った後に憲兵へ退室するように命令する。
どこかほっとした表情で憲兵たちは部屋から出ていく。ドアが閉まる音がしたあと、ロッダムは口を開く。
「お前とこの少女の関係はなんだ」
「弟子」
短く告げるとロッダムは顔をしかめ、アクロは瞬きをした。
どうか話を合わせてくれと願いながらも続ける。
「とはいえまだ魔術師協会には届け出していないから、今のところ大学の講師と生徒の関係だけどな」
「何故いまさら? どんな相手だろうと弟子を取らない主義だったくせにどういう心変わりだ」
「お前が聞きたいのはそういうことじゃないだろう? ロッダム」
壁に寄りかかり腕を組む。
本当は座りたいぐらいだが、ただでさえ見下ろされている形なのにこれ以上視点の位置を下げたくない。
「俺とルミリンナが、シスター・クラリスからどんな話を聞いたかを知りたいだけだ。そうだろう?」
「分かっているならさっさと話せ」
「交換条件だ。今、クラリスはどうなっているか答えろ」
ロッダムはいらだった様子を一瞬見せたが、すぐに押し殺した。
世渡りの上手いこの男が感情を見せるのは珍しい。それだけ焦燥感にかられているのだろう。
「……憲兵が到着したとき、彼女は発狂した状態だった。今はここではない病院で処置を受けている」
「へえ」
オズワルドは顔を伏せて笑う。
「表向きはそうなっているんだな。ロッダム、お前は『普段通りの』クラリスとふたりきりで話せたか?」
「……」
「話せたんだな。じゃあ、それが答えだ。勇者を呼び戻すためにマザーやシスターたちを殺し、孤児院の子どもたちを生贄にしようとして、最後には無事魔獣を召喚した。それが事のすべてだよ」
「先生、それは言っては――」
アクロが口を挟もうとするがロッダムがにらみつける。
彼女は怯えた表情で黙った。
「いいんだよ、ルミリンナ。どうせロッダムはこのことを確かめに来たんだ。だよな?」
じり、とロッダムはオズワルドに一歩近づく。
「どうも口の軽さは治らないようだな、オズワルド。何度痛い目に遭えば学習する?」
「死ぬまでには治ると良いな」
オズワルドは余裕気な態度を崩さず笑う。
「好きな女の犯罪を隠蔽しようとするけなげさは死んでもそのままか?」
「——オズワルドォ!」
咆哮がびりびりと室内の壁を響き渡る。
笑みをひっこめてオズワルドはロッダムを険しい目で見つめる。
「怒るなよ、事実だろうが。クラリスとロッダムは長年親しく文通をしていたんだろう? なあ教えてくれよ、その端々でクラリスが今回の事件を起こす前兆は見受けられなかったのか?」
図書館の事件を隠ぺいしたのも、クラリスが絡んでいると悟ったからだろう?
——そう言いかけて、レルドが情報を漏らしたことがバレてしまうと寸で気付きやめた。
「その点では同罪だよ、お前は」
「お前もだろうオズワルド」
「ああ、その通りだ。俺も仲間として彼女を止められなかった。だがロッダムはわざと見逃した。違うか」
「見逃がしてなんの得がある」
「クラリスに嫌われない。一緒にいることができる」
「——……」
聖職者とは結婚が出来ない。
ロッダムも社会的地位のために結婚をし、子どもを4人もうけている。
共に歩くことを許されないふたりは、元勇者パーティの仲間、あるいは孤児院の支援者として、怪しまれないように繋がり続けていた。
オズワルドは気付いていたがなにも言わなかった。
まさか今回のような悲劇につながるとは毛頭思っていなかったから。
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