Last episode『魔術師の弟子、元魔王の師匠』

55 とある師弟の御茶報告


 数日後、【紫煙の魔術師】の植物園。

 テーブルを囲むようにしてオズワルド、アクロ、ホリーの三人は向かい合っていた。

 孤児院でなにがあったかを彼は自分の師匠であり義母へすべて話している。

 隠居したも当然のホリーは世間への興味は薄く、あたり構わず喋り回るような人物でもない。それに第三者の意見も欲しかった。


 あらかた話し終わったタイミングで「お茶にしよう」とホリーは提案した。

 そのため今はティーセットとケーキやクッキーの類が並べられており、アクロは先ほどからずっとそわそわとしている。紅茶の葉を蒸らし、カップに注がれるまではお上品に手を付けないつもりらしいが傍から見ればお預けされた犬である。

 その様子を微笑まし気にホリーは眺めている。


「オズワルドも物好きだね。ここよりも病院にいれば見舞客は途切れないしちやほやされて退屈しないと思うが」

「そういうのが嫌いなのは師匠も存じているでしょうに……」


 うんざりと彼はため息を吐いた。


「なによりベッドに寝かせられて三食きっちり出てくるのが苦痛で苦痛で……」

「世間では普通なんだよこの不摂生弟子が。野良猫かいキミは」


 ホリーは手ずから紅茶を淹れていく。

 そしてアクロに「好きなものを食べていいよ」と声をかけた。少女はきらきらとした目でベリーのタルトを取る。

 色の薄くなった瞳は髪をかぶせて誤魔化すことにしたらしい。どれほどの効果があるかは不明だが。

 オズワルドもクッキーを取ろうとし、想定したよりも掴みが甘く落としてしまった。視力が片方だけになってしまい距離感が掴めなかったのだ。

 それを見てアクロが瞬きをし、少ししょんぼりとした。


「……先生、」

「謝るなって入院中何度も言っただろ。暴走したくてしたわけではないのは分かっているし、お前が魔王化しなければ今頃俺も子どもたちも仲良く胃の中だ」


 むしろ魔獣と魔王と相対し、片目だけの犠牲は安いほうだ。


「そうだよ。箔が付いたと思えばいい。気になるなら眼帯でも見繕ってあげようかと思うんだけどね」

「ババアのセンスは最悪だからなあ~」


 テーブルの下ですねを蹴られオズワルドは悶絶した。魔術師は物理的に弱い(師匠は強い)。

 そこからは雑談が続いた。植物園に植わるものの話から始まり、輸入された植物、アクロの家にある置物、国の地下にあるらしい特別な宝物庫……。

 話すうちに紅茶を入れる湯が無くなる。ホリーが持ってこようとするとアクロが立ち上がった。


「わたしが行きます。キッチンお借りしますね」

「甘えてしまおうかな。もし分からないようならそこらへん歩いている弟子を捕まえて聞いてくれ」

「ふふ、はい」


 犬をまとわりつかせながらアクロは温室をでていく。

 彼女の背中が消え、師弟はわずかに鋭くなった目で視線を交差させた。


「……ルミリンナも当事者ですが、聞かせたくない話というのはあるんですよ」

「気持ちは理解できる。ならばなおさら早く話しなさい」


 オズワルドは頷く。


「――カサブランカ孤児院の事件は、マザー・ベルリカと数人のシスター主導のもと行われたということになりました」

「全員死人だ。儀式に失敗した反動で――だっけ?」

「そうです。そして子どもたちはいくつかの孤児院へ預けられ、シスター・クラリスは甚大なショックにより長期入院をしていると」


 それが、世に公表されている事件のあらましだ。

 裏でロッダムが噛んでいるのは想像に難くない。


「……実際には、重罪犯罪者収容施設・永眠塔に幽閉されましたけどね。あそこに入れられたものは2度と外の土は踏めません。あと数年経てば死亡のニュースが流されるでしょう」

「おや、そういうことを教えてくれる友達がいるのかい?」

「俺もひとつやふたつ人には言えない横のつながりがあるんですよ。……まあ、クラリスのことだがら真面目に証言してしまったでしょうし処刑を免れただけいいと思います」


 ロッダムの口ぶりからするに、わざとクラリスを狂人扱いして取り調べの続行が出来ないように細工したのかもしれない。

 本当に、あきれるぐらいに一途だ。

 アレキに対するオズワルドの気持ちを過去に笑われたことがあったが、今なら「そっちも同じだろ」と言い返したいぐらいだ。


「聖女様が暴走したあげく、本物の魔王を呼び出すなんていやはや人生は何が起きるか分からないね」

「まったくです」


 十数年前、いや数日前まで予想もしていなかった。

 勇者パーティは崩壊するだなんて。

 ……じつはもう、壊れていたのかもしれない。アレキが死んで、亀裂が入って――

 停滞した時間から覚めた未来が残したのは、破滅であった。


 在りし日のことを思い返す。

 鮮やかな押し花。雨粒石。祭りの日の光。水面を踊る陽。笑い声。

 美しい記憶。だがそれは過去でしかない。

 捨てることはしない。しかし抱えて歩くのももうお終いだ。


「……なにが正しくて、なにが間違えているのか、俺はこの先も悩むでしょうけど」


 アクロが戻ってくる。

 銀の髪が陽光に照らされ輝いていた。


「でも、この道を選んだことに後悔はしません」

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