第2話「渚ちゃんは説明好き」

「先輩、見てください。こちらがK越城の本丸御殿です。これは江戸時代に17万石を誇った……」


 渚ちゃんの選んだデートコースはやはりというべきか、超ド真面目なものだった。


 小江戸K越の駅周辺に広がる名所旧跡を巡るという大人の観光コースみたいなもので、およそ中学生のカップルが見て楽しめるものではない。

 ましてや小学校の遠足で来たことのある俺にとっては、まったく目新しさがない。

 こんなファーストデートではたして大丈夫なのだろうかと心配していたのだが……これが意外と楽しめた。


 下調べ万全の渚ちゃんの解説は丁寧でわかりやすく、近くにいたバスツアーのご老人たちや本職のツアーガイドまでもが思わず聞き入るほど。

 当時の日本と西洋の文化を比較する世界史的視点もあったりして、面白いのはもちろん聞いてるだけで頭が良くなるおまけ付き。


「……俺、今めきめきと頭がよくなってる気がする。今度のテスト、歴史関係はバッチリな気がする」


「そうですか。テスト範囲に入っていればの話になりますが、ともあれそういった感覚をお持ちいただけて良かったです。おつき合いするからには、やはり互いを高め合う関係でなくてはなりませんからね」


 ふんす、と拳を握りながら渚ちゃん。

 俺が君を高められる要素がまったく無いんだが……まあ楽しそうにしてるからいいか。


 説明好きな人にありがちだけど、無知な俺に物を教えるのに快感を覚えているんだろう。

 渚ちゃんの口調はどんどんと軽快になっていき、顔つきも明るいものになっていく。

 いやホント、こんなに楽しそうにしている渚ちゃんは見たことがない。

 もうこれは、勢いに乗って行くとこまで行くべきでは?

 具体的にはバランスを崩したフリして壁ドン的なことをして、あとはこうムチュッと一気に……。

 

「先輩今、何か不埒ふらちなことを考えてませんでした?」


「考えてましたすいませんでしたあああああああっー!」


 妄想を見抜かれた俺は、土下座せんばかりの勢いで謝った。


「別に謝る必要はないですよ。何せ先輩のことですし」


 渚ちゃんはハアとため息をついた。


「四六時中不埒なことしか考えていない先輩にとって、今日のデートコースは退屈なものだったでしょうから」


「え? や、そんなことは……」


「ですのでここは、先輩に譲歩いたしましょう」

 

 渚ちゃんは俺のセリフを遮るように言うと、手近にあった店を指差した。

 そこは菓子屋横丁、昭和レトロなお菓子屋さんが並んでいる一角だが……。


「先輩は、先にあちらの縁台に座っていてください」

 

 言われた通りにしておとなしく待っているところへ、渚ちゃんが買って来たのは一個のおまんじゅう。

 

「これはここの名物で、餡子に紫芋を練り込んでいるのだそうです」


「ほう、これを……?」


「ふたりで分けて食べるのです」


「うん……うん?」


「ふたりで分けて食べるのです。わかりますか? つまり半分こするのです。世間一般のカップルがする、あの行為です」


 距離1メートルを保つために縁台の端と端に座り、中間距離にお皿を置いて、ふたつに割ったまんじゅうを半分こにして食べる。

 ひとつのものを半分こ、これぞまさに恋人ムーブ……っていやいやいや、それはさすがにないわ。

 恋人らしいというにはあまりに可愛らしすぎるというか、今どき小学生だってこんなので満足しないわ……って渚氏、めっちゃドヤ顔してらっしゃるううぅーっ。


「どうです先輩、満足ですか?」


「す、すごいね。ひとつのものをふたつに分けて食べるなんて、まさに恋人。うわー、嬉しいなあーっ」


「そうでしょうそうでしょう。満足していただけて良かったです」 


 腕組みしてうむうむとうなずく渚ちゃんは、俺の棒読みにまったく気づいていない。


「まあいっか、喜んでくれているのであれば……あ、ちなみに渚ちゃん」


「はい、なんでしょう?」


「さっき俺が今日のデートコースが退屈だと思ってるみたいに言ってたけど、そんなことないから。俺、すんごい楽しんでるから。渚ちゃんの説明上手いし、今まで俺が知らなかった渚ちゃんの新たな一面も見られたし、こうしてる今も嬉しくて楽しくて、胸が爆発しそうなほどに高鳴ってるから」


「……爆発ですか、それは大変ですね」 


 するとなぜだろう、渚ちゃんは急に表情を硬くした。


「不発弾を爆破処分するという方法があるそうですよ。先輩も爆破してもらったほうがいいんじゃないですかね」


 そっぽを向くなり、ぼそぼそと小さな声でつぶやいた。








 ~~~現在~~~




「あの時はですね。先輩があまりにストレートな感想をくれるものだから、パニックを起こしていたんです。そこまで上手いことやっていたのに急に感情の波が生じてしまって、嬉しすぎて先輩の顔が見られなくなって、たまらず顔をそむけてしまったんです」


「そうだったのか。俺はてっきり、急に距離を詰めすぎて引かれたのかと思ってたんだ」


 爆発的すれば的なことも言ってたし。

 

「そんなことないですよ。むしろわたしのほうが堅苦しすぎて引かれているんじゃないかと思ってました」


「じゃあ、お互い様ってことかな」 


「そうですね。……ふふふ、考えてみれば可愛いものですね。おまんじゅうを分けて食べる、それだけのことがあんなにも大冒険だったんですから」


 渚ちゃんはきょろきょろ周囲を見渡して誰にも見られていないことを確認すると、里芋の煮物を箸でつまんで俺の口元に差し出した。


「今ならこんなことだって出来ちゃいますけど」


 秘密めいた笑みを浮かべながら、「はい、あーん」なんて言って来た。

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