「ツンツン風紀委員ちゃんが実はデレデレ風紀委員ちゃんだったって話をする」

呑竜

第1話「俺氏、可愛さの暴力で延々殴られ続ける」

 高城渚たかしろなぎさちゃんは14歳。東中学校ひがしちゅうに通う2年生で、3年の俺にとっては後輩にあたる。

 髪の毛はベリーショート、胸はモスグリーンの制服ブレザーを押し上げることのないつつましやかなサイズと、女の子成分のやや薄い彼女だが、どっこい顔立ちはアイドル顔負けに整っている。控えめに言っても超絶美少女。

 さらに成績は学年1位、家が古武術の道場をやっているおかげか運動神経も抜群、品行方正で教師からのウケもいいと、まったく非の打ちどころがない。

 

 だったらさぞやモテるだろう、ファンクラブのひとつやふたつあるんじゃないのと思いきや、まったくそんなことはなかったりする。

 問題は彼女の『品行方正』な部分だ。

 彼女の行いは正しく模範的であるが、それを他人にも強要する一面がある。

 ぶっちゃけ風紀委員としての活動があまりに厳しくて、男女共に人が(生徒が)寄り付かないのだ。


 だが俺は、そんな彼女を深く愛している。

 世界中の誰より好きだと断言できるこの情熱を、真正面からぶつけてみたい。

 そして出来れば中学校最後の1年を、バラ色の思い出で飾りたい。

 

 意を決した俺は、校舎裏の、そこで結ばれたカップルは永遠に幸せになれるという伝説のある桜の木の下に渚ちゃんを呼び出した。


「渚ちゃん! 君が好きだ! 俺とつき合ってくれ!」


 どストレートな俺の告白に、渚ちゃんは息を呑んだ。

 全校生徒はもちろん近隣の不良すらも怯えさせる『東中学校ひがしちゅう氷姫こおりひめ』のたたずまいが一瞬だけ崩れ、普通の女の子みたいになった。


 だけどそれはあくまで一瞬で、次の瞬間には普段の渚ちゃんに戻っていた。

 強い風で乱れた髪の毛をなでつけるように整えると、冷徹な瞳(通称『氷の魔眼』)でにらむように俺を見上げて来た。


「先輩は、わたしと男女のおつき合いをしたいのですか?」


「うん、君と恋人関係になりたいと思ってる」


「わかりました、お受けいたします」


「んーそうかー、やっぱりダメだよなあー。さすがに突然すぎたか……っていいの? ホントに?」


 断られるだろうと思っていたら、まさかの一発OK!?


「ただし条件があります。ひとつはおつき合いそれ自体を秘密にすること。そしてもうひとつは、校則を守ることです」


「ん、んんー……?」


 秘密にってのはわかる。みんなに茶化されたりしたら恥ずかしいだろうし。

 だけど問題はその後だ。校則を守る? それってつき合うのと関係ある?


「言うまでもないことですが、わたしは風紀委員です。規律の乱れを取り締まり、みなさんに健全な中学生活を送っていただくことを使命としています。そのわたしが、まかり間違っても率先して風紀を乱すわけにはまいりません。校則を破るなんてもっての他です」


 どうしよう、雲行きが怪しくなってきた。


「たとえばこうです」


 ポッケからメジャーを取り出した渚ちゃんは、ジャッとばかりにそれを伸ばし、先端を俺のお腹に押し当てて来た。


「『学生生活規定第7項:男女の距離をみだりに縮めるべからず、1メートルをもって良しとする』とあります。つき合ったとしても、常にこの距離を保たねばなりません」


「え」


「メジャーをお持ちでない場合は、大人のカピバラで代用してください。1匹分の体長がだいたい1メートルですので」


「俺は家でも心でもカピバラ飼ってないんだけど!? てか1メートルって廊下ですれ違うのすら大変なんじゃないの!?」


「つまり、わたしとつき合うのはそれぐらいの難事だということです」


「上手いことまとめられた!?」


「どうです? わたしとおつき合いするの、やめたくなりました?」


 頭を抱える俺を、渚ちゃんはじっと見据えて来る。


 そこで俺はハッと気づいた。

 渚ちゃん、もしかして……。

 当年とって15歳の平凡な男子中学生である俺を。

 勉強は普通、運動も普通、クラスでもパッとしないグループに所属する俺を。

 帰宅部でゲームをしたりラノベを読んだりするぐらいしか趣味が無くて、将来性だってあんまりない。そんな俺を、彼女は試しているのではないだろうか。

 自分とおつき合いする価値がある人間なのか、どこまで情熱のある人間なのかを試しているのではないだろうか。


 だったらここで退くわけにはいかない。

 この胸に燃える情熱の炎をご覧あれ、だ。


「大丈夫。そこまで含めての渚ちゃんだからね。条件をすべて呑むよ。これからよろしく」


 胸を叩いて断言すると、俺はじっと渚ちゃんの目を見返した。


「……そうですか、わかりました。ならばこちらからもよろしくお願いいたします。東中の生徒としての誇りを持ち、道徳や秩序を守り、共に立派な大人を目指しましょう。誰に恥じることもない、健全なおつき合いをしていきましょう」


 そう告げる渚ちゃんの頬は──夕陽のせいだろうか──ほんのり赤く染まっていた。


 


 □ □ □




 渚ちゃんの望み通り、俺たちのおつき合いは健全なものになった。

 一緒にいる間は常に1メートルの距離を保つ。渚ちゃんがスマホを持っていないので長電話やラインのやり取りなども無し。デートもしない。渚ちゃんの風紀活動が休みの日に、たまに下校を一緒にするぐらい。

 

 だが俺は、十分に幸せだった。

 あの渚ちゃんが恋人認定してくれているのだ。

 甘い言葉を囁いたりというようなことは無いものの、他の男に向けるのとは違う目を向けてくれているのだ。それで十分じゃないか……ってウソですすいませんごめんなさい。ホントはもっと色々なことをしたいです。手ぇ繋いだり肘くんだりしてベタベタしてみんなをうらやましがらせたいし、長電話もしたいし終わりのないラインのやり取りもしたい。あとついでにちょっとエッチなこととかも……。


「先輩今、何か不埒ふらちなことを考えてませんでした?」


「考えてましたすいませんでしたあああああっー!」


 ある日の下校中。

 妄想を見抜かれた俺は、土下座せんばかりの勢いで謝った。


「別に謝る必要はないですよ。何せ先輩のことですし」


「何せ、とは……」


「説明する必要、あります?(氷の魔眼ギラリ)」


「すいませんありません自分のことは自分が一番知ってます!」


 俺が即座に謝ると、渚ちゃんはハアとため息をついた。


「ともあれ、このままというのもフェアではないですね。わたしの信条につき合っていただいている分、先輩にも譲歩いたしましょう」


「譲歩、というと……」


「デートというものをしてみましょう」



 

 □ □ □




 さて当日。

 S玉県某所、K越駅前にある『時の鐘』のモニュメントの前で、俺たちは待ち合わせをした。

 ただしどちらも私服ではなく、制服姿で。


「先輩、おはようございます。あ、きちんと制服着て来てますね」


 先に待ち合わせの場所にいた渚ちゃんが、うむとばかりにうなずいた。


「おはよう、渚ちゃん。言われた通りに着て来たよ。親からはおまえどうしたんだみたいな目で見られたけど」


「何を言っているんです。学生が制服を着るのは当たり前のことじゃないですか」


「だって日曜だし」


「『学生生活規定第3項:校外にあっても、華美な服装は避けること。公共の行事もしくは学外活動に臨むに際しては、制服を着用することが望ましい』とあります。つまりはこれが正装であるべきなのです」


 自らの制服を誇らしげに指し示す渚ちゃんの腕には、『風紀委員』の腕章が巻かれている。


 そう、俺たちが今日集まったのは、あくまで風紀活動の一環ということになっている。

 東中の生徒の校外生活を取り締まるのが目的なので、男女がふたりで行動していても問題ないという理屈だ。


「ま、いいけどね。ちょっと堅苦しいけど実質デートだし」


 悩んでもしかたないと、俺は前向きに考えることにした。


「制服デートへの憧れとかもあったし。着る必要ないのに制服着て外出するのって、なんか秘密っぽくていいよね」


「そうですか? わたしにはさっぱりわかりませんが」


 渚ちゃんは素っ気なく言うと、学校指定の通学バッグ(リュックにも出来るタイプ)の中からA4サイズのスケッチブックを取り出した。

 バッと広げて見入っているのを、なんだろうと思って覗き込むと……。


「それって地図?」


「はい。昨日のうちにこの辺りを散策して、ポイントを抑えておきました」


 駅構内に駅周辺、観光スポットに街の歴史に豆知識、お手洗いの場所やAEDの設置場所、避難経路までもが記されている。

 しかも全部手書き。既存の地図を貼り付けたりとか一切なしの、根性の賜物たまもの。 


「……これ、昨日のうちに全部?」


「はい。当日、何が起こっても大丈夫なように」


「真面目っ」


「あ、先輩。これを確認しておいてください」


 渚ちゃんが渡して来たのは一枚の紙だ。

 スケッチブックの切れ端なのだろうそれは、どうやら今日の行動予定のようだ。デート開始から終了までにふたりがとるべき行動が分単位で記載されていて、地図情報と組み合わせることで旅行のしおり的な役割を果たすようだ。

 

「……これもわざわざ、この日のためだけに?」


「はい。当日になって行動にブレが生じないように」


「真面目っ」


「あとは水分補給のお茶と、塩分補給の塩飴、栄養補給のチョコレート。それと……」


 通学バッグの中からは、魔法のように色々なものが出て来る。

 大きな水筒、塩飴にチョコレート、冷えピタに絆創膏に……。


「2日ぐらい遭難しても大丈夫なよう準備をして来ました」


「真面目がすぎるっ!」


 俺は思わず叫んだ。

 ぐっと拳を握って得意げに語る渚ちゃんは可愛いけどっ、可愛いけどもっ。


「変ですか? これぐらいの用意はみなさんするものだと思っていたのですが」


「世間一般のカップルはね、街中で遭難する可能性なんか考えないんだ」


「そうですか。もっと勉強しなければなりませんね……」


 渚ちゃんは残念そうにつぶやきながら、スケッチブックにちょこちょこと反省点を書き記していく。

 しかも「緊急物資は少なめ」とか大真面目に。 


 んー、このコけっこうポンコツなんだろうか?

 この前のカピバラの件といい、完璧超人みたいな普段とのギャップがすごすぎるんだが。


「まあでも、渚ちゃんガチ勢の俺にとってはむしろ萌えポイントだがな。ふっとした拍子に浮き出てくる隙が、スイカに塩を振るが如く、その可愛いさをより引き立たせて……ってしまった! 声に出てた!?」


 しかし渚ちゃんはまだスケッチブックに集中していて、こちらのことをまったく見ていない。

 どうやら聞こえていなかったようだなと、ほっとしていたのだけれど……。


  





 ~~~現在~~~




 あの青春の日々から6年後。親しい者同士が集まって開催された同窓会。

 20数人が近況を報告したり昔話に花を咲かせたりしている居酒屋の片隅で、俺と渚ちゃんはふたりで飲んでいた。


 俺の手元にはビールのジョッキ、渚ちゃんの手元にはカシスオレンジのグラスがある。

 アルコールが回って口が軽くなったせいだろうか、渚ちゃんは聞いてもいないのに当時の自らの行動を説明し始めた。


「先輩の言葉はですね、実はバッチリ聞こえていたんです。でも、聞こえないフリをしていたんです。なぜって、あの時わたし、とても緊張していたから……。何せ初めてのデートだし、絶対成功させなきゃと焦っていて、色々空回りしちゃって……。そこへ来てのあれ・ ・でしょう? もう舞い上がっちゃって。スケッチブックから顔を上げたら感情がダダ洩れになっちゃうから出来なくて……」


 頬をピンク色に染めて、体をふらりふらりと左右に揺らして。

 うわ、このコ素でもめちゃめちゃ可愛いのに、酔っぱらうと国宝級に可愛くなるじゃん。


「そ、そうだったのか。全然気づかなかったよ。まさか渚ちゃんがそんな風に思っていてくれたなんて」


 色々と動揺している俺を、渚ちゃんはくすくすおかしそうに笑った。


「ふふ、わたしが秘密主義なのもありますけど、先輩は先輩で鈍感なところがありますからね」


 大学2年生になった渚ちゃんは、当時とは違う大人の魅力をたたえている。

 いつもベリーショートだった髪の毛は背中まで伸び、トレードマークだった制服は女の子らしい萌黄色のミニのドレスになり、唇には薄くリップまで塗っている。あ、お胸の大きさについては触れないように。


「だったらこれも知らなかったんじゃないですか? あのですね……」 


 渚ちゃんはキョロキョロと辺りを見回すと、ぐぐっと俺に身を寄せて来た。

 うおっ……いい匂いがするっ……などとドギマギする俺の顔を下から覗き込むようにすると──


「告白されるより前からずっと、わたしは先輩のことが好きだったんですよ」


 はにかむような微笑みを浴びせられたその瞬間──俺は悟った。 

 あ、これあれだ。

 可愛さの暴力で延々殴られ続けるやつだと。

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