第4話 聖女がもたらす光の世界

「おぉ!見えたぞ!ルヴェリア王女だ!」

「素敵!なんて凛々しいお姿なのかしら!」

「まるで聖女ガルト様の生き写しのようだ!」


 柔らかな陽ざしが降り注ぐ中、大歓声を受けながら大通りの真ん中を純白の馬が悠々と歩いている。その馬に跨がる美少女は、彼女を一目見んと詰めかけた人々に向かって優しい笑顔で手を振り応える。腰まである長い金色の髪が陽の光に照らされより一層美しく輝く。ガルトリーの大通りはまるでお祭り騒ぎだ。


「……わー、綺麗……」


 人集りひとだかりの一番後ろから背伸びしながら王女御一行を見ていたリケアは思わず声が漏れる。


(あの人が聖王都の王女……。聖女ガルトの血を受け継ぐ者……。)


 今より1000年程の遥か昔、魔物が支配する混沌の地を打ち払い世界に光をもたらしたとされる聖女と五人の勇者たち。

 やがて彼女らは人々を平和な世へ導くべく世界を六つの領地を分け、それぞれがその地を治めた。人々が道を示し導く者という意味でそれぞれの地を【ロード】と呼ぶようになったのはそれから程なくしてからだ。

 その世界を救った偉大な英雄の子孫を目の前に、リケアは不思議な感覚を抱く。


(シエルは自由奔放、王女は真面目に王族の仕事をこなしている。国によってこんなに違うんだなぁ。なんか面白い。)


 三年前に魔法学園に入学するまで自分の国から出たことのなかったリケア。見るもの全てが新鮮で興味は尽きない。

 すると人々の歓声がまた大きくなる。


「あ!【ホーリーレイズ】だ!」

「カッコいいなー!あれはどこの隊だ?」

「ラノーファ隊だな。ルヴェリア王女のすぐ後ろにいるのが隊長のラノーファさ。」


 王女の後方から白い騎士甲冑を着け馬に乗った者たちがおよそ20人程、整然と二列に並んで大通りに姿を現した。


(わぁ、あれが【ホーリーレイズ】か。初めて見た。)


 聖王国クイーンガルトが誇る聖守護騎士団、通称【ホーリーレイズ】。その名を轟かす誇り高い騎士団に入ろうと全世界から強者が集まるが、その中でも選ばれた者しか入れないというまさに最強の騎士団だ。


(すごいなぁ。入団できるのはほんの一握りの人だけって言うし、私も頑張らなきゃ!)


 自分の故郷の騎士団には所属はしているが、リケアはまだ見習いの立場。憧れの騎士団を目の前に彼女は改めて決意を胸にする。


 やがて王女御一行は人々の賛美の声とともに街の奥にあるガルトリー城へと進んで行った。


(……さて、こっちも終わったかな?)


 王女の姿が見えなくなると、人集りは散り街はいつもの賑やかな日常へと戻る。

 満足気なリケアはすぐ後ろにある【天使の夜明け】へと戻ろうとしたが、


「きゃっ!」


「あ!ごご、ごめんなさい!」


 振り向き様に誰かとぶつかってしまった。軽く肩が当たっただけだがリケアは咄嗟に謝りながら相手を見る。


「…………!」


 その瞬間、リケアは「大丈夫ですか」と言うはずの言葉が出てこなかった。魅了されたかのように呆然としているリケアに対し、相手の少女は空色の澄んだ瞳をリケアに向けており、ほんの少し驚いた表情をしているように見えた。


「あ……えっと……大丈夫……」


 リケアがおそるおそる少女に話しかけようとした時、突然彼女の後ろから声をかけられた。


「ねぇあなた大丈夫?こんなとこでボーッとしちゃって。何かあったの?」


「……ギャオォーン!!」


 驚きすぎてリケアは自分でも信じられないくらいの変な声が出た。


「ずいぶん変わった驚き方するのね。ホントに大丈夫?」


 リケアが振り返ると二人の若い男女が立っており、女性の方は少し心配そうな顔で、男性は無表情でこちらを見ている。


「あの、えっと……。あれ?」


 ワタワタしながら再び少女の方を見るが、そこに姿はなかった。まるで化かされたような感じにリケアは呆気にとられる。


「なんかよく分からないけど大丈夫みたいね。それでちょっと聞きたいんだけど、冒険者ギルドはここで間違いないかしら?」


「は、はい……。」


 女性の質問にリケアは気のない返事をする。


「そう、ありがと。」


 女性は優しく微笑むと建物の扉へと歩いていく。男性は無言のままその後に続く。


「……あの娘、独り言喋ってたみたいだけど何だったのかしらね?」


「さぁな。」


 ギルド内への入り際、二人の会話が聞こえた。


(……え?独り言?確かに女の子にぶつかったし、声も聞こえたのに……。あの人たちには見えてなかったの?)


 夢でも見ていたのだろうか。リケアは頭が混乱したまましばらく動けずにいた。

 近くにいた街の人々が男女を見て何か騒いでいたが、今のリケアの耳には届いていない。



────────────────



「俺だ!」


「いーや、俺だね!」


 ギルド内のロビーの真ん中でシエルとリッツがおでこを突き合わせて睨み合っている。


「えー、まだやってたのー?」


 不思議な体験をしたリケアが呆れた顔でようやく戻ってきた。


「どっちでもいいから早く決めてよ。」


「バカ言ってんじゃねぇ!これは大事なコトなんだぜ!?」


「そうだよリケア。コレ次第でチームの行く末が決まるんだ。」


 二人が言い争っている理由は実に単純。誰がチームリーダーになるかだ。


「はいはい。分かったから早く決めてよね。」


 元々リケアはその気がなかったため辞退。シエルとリッツが話し合いをしている間に王女御一行を見物しに行っていたようだ。


「だいたいお前は言葉じゃ言い表せないくらい弱ぇじゃねぇか。一番実力のある俺がリーダーに相応しいだろ!」


「何言ってるんだ。最初に俺がチーム組もうって話した時に『んあー?お前がリーダー?別にいいんじゃね?』って言ったじゃんか。」


「俺そんなアホみたいな言い方してたっけ!?」


 リッツのモノマネをするシエルがツボったらしく、リケアはお腹を押さえて笑いをこらえている。


「なに笑ってんだよリケア。他人事じゃねぇぞ?お前もチームの一員ならどっちがリーダーがいいか考えろよ。」


「そうだ!リケアに選んでもらおう!」


「ふえぇ!?わ、私が選ぶの!?」


 思わぬ流れ弾が飛んできたリケアは驚きの声をあげる。


「え、えーっと……」


 二人ににじり寄られ顔を反らすリケアだったが、その視線の先に見えた人物に言葉が止まる。


「……あれ?あの人たち……」


 その後ろ姿はリケアに声をかけてきた女性と無表情の男性だった。二人は奥のカウンターでニャムと会話をしている。


「……どうかしたリケア?あの人たち知ってるの?」


「いや……。でもあの人たちの着てるマントって確か……」


 先程はリケアの頭が混乱していてよく見ていなかったが、男女とも白を基調とした全身を覆う大きめのマントを着ており、背中には翼を広げた美しい女性の姿が描かれている。


「ガルトの紋章……?げっ!ありゃ【ホーリーレイズ】じゃねぇか!何でここにいやがんだ?」


「あ、ホントだ。スゲー本物だー。」


「すごい……。こんな間近で見られるなんて……。」


 三者三様のリアクションが見られる中、ギルド内にはいつの間にか街の人々が集まってきていた。皆あの男女を見にきたのだろう。


「……それではヨロシクお願いしますね。」


「はいですニャ!ご依頼ありがとうございますニャ!」


 どうやら用事は済んだようで、女性は優しく微笑むと男性とともに賑やかになったロビーを通って行く。


「……あら、あなたは……」


「あ、ど、どうも……。」


 ロビーの真ん中にいた三人を見つけた女性はまたリケアに声をかける。リケアは恥ずかしそうに下を向く。


「なんだやっぱり知り合いじゃん。」


「ち、違うよ。さっき外でこの場所を聞かれただけだから……」


 シエルとリケアの会話を聞いていた男性の方がふと何かに気付く。


「……エリン」


「え?どうしたのバルツ?」


 バルツという男性の視線はシエルに向けられており、呼ばれたエリンという女性が彼の視線に合わせシエルを見る。


「……あっ!?」


 エリンは驚いた声をあげる。そして二人はその場で片膝をつき、深々と頭を下げた。


「……失礼いたしました、シエル王子。このような場所におられるとは思いもよらず……。御無礼をお許し下さい。」


 エリンが丁寧な言葉で陳謝するが、当の本人はすっとぼけた顔で後ろを振り返る。


「……え?」


「おめーのことだよ。シエル王子っつっただろ。」


 すかさずツッコミが入り、「あぁそうか」とシエルは笑いながら向き直る。野次馬に訪れた街の人々も「そういえばそうだった」みたいな顔をしている。


「まぁまぁ。ここは城じゃないんだ。そんなにかしこまらなくていいさ。楽にしてよ。で、君たちは?」


「申し遅れました。私は【ホーリーレイズ】副団長及びバルツ隊隊長のバルツと申します。」


「同じくバルツ隊副隊長のエリンと申します。」


 二人は立ち上がるが頭は下げた状態で自己紹介をする。すると街の人々にどよめきが広がる。


「こいつはえらく大物が現れたなぁ。」

「バルツ隊っていやぁ一番有名だ。まだ若いのに武勲は数え切れない程だもんな。」

「はぁ、バルツ様カッコいい……!」


 そんな中、エリンは顔を上げシエルに鋭い眼光をスッと向ける。


「……恐れ入りますがシエル王子。本日はなぜこのような場所へ?聖王都との会合のハズでは……?」


「それに関しては悪いと思ってるよ。でも今日は俺たちにとっては何よりも大事な日なんだ。ギルドチームを作るっていう約束だったからね。ルヴェリア王女には俺から謝っておくよ。」


 いきなりの王子らしい発言にリッツとリケアは唖然とする。

 そして静かな口調のエリンだったが、シエルの言葉で場の空気が一変する。

 彼女の目に宿る光を見たリッツは少し身構えた。


「なるほど。全てに優先される聖王都の公務を差し置いて冒険者などに興じておいでですか。一国の王子とは思えぬ言動ですね。」


 ピシッ、パシッ……!

 先程の穏やかな顔が嘘のようにエリンの表情は険しくなり、声色が低くなったと同時に彼女の周囲の空気が重くなる。地鳴りとともに木の床は音を立て大きく歪み、石造りの壁にはヒビが入る。

 ただならぬ気配に野次馬の人々は建物の外へと避難しており、ニャムはカウンターのすぐ横にある自分の休憩スペースのゲージへと逃げ込んだ。


「へっ、なんだよ。えらくケンカ腰だな。てめぇらこそここで何してんだよ。王女サマ守んなくていいのか?」


「あら、一般人が聖王都を侮辱するとタダじゃすまないわよ?口を慎みなさい。」


 この空気を作り出したのはエリンだった。彼女が魔力を少し解放し威圧していたのだ。少しといってもその威力は凄まじく、普通の人ならその場で倒れ込んでしまう程だろう。

 しかしリッツはシエルを守るように前へ出る。二人の距離は手を伸ばせば届く程近く、まさに一触即発、互いに睨み合う。


「よせ、エリン。王子の御前だぞ。お前も軽はずみな言動は慎め。」


「リッツもやめろよ。ケンカはダメだって。」


 そこへバルツとシエルが止めに入った。バルツはエリンの前に手を出し抑制する。シエルはリッツの首にチョークスリーパーを決める。


「いででで!バカ!お前止め方おかしいだろ!」


 フッと空気が軽くなり、地鳴りも止んだ。


「……我が未熟さが故の重ねた御無礼、お詫び申し上げます。」


 エリンは穏やかな表情に戻っていた。まるで踊りを舞うかのような流れる仕草で一歩さがり、片膝をつき頭を下げる。


「我々はここでは他国の一兵に過ぎません。王子のご都合に口を挟む事など出過ぎたマネです。どうかご容赦を。」


 続けてバルツも頭を下げる。その美しい所作はまるで王侯貴族かと思わせる程だ。

 二人の優雅な立ち振舞いにリケアは目を奪われっぱなしだった。


「イテテテ!だ、だからさっき言ったけど、ここは城じゃないし、俺は今は王子でもない。冒険者のシエルだイテテテ。だから頭を下げられる筋合いはないってててて!」


 今度は逆にリッツがシエルにヘッドロックを決める。その状態でシエルがカッコいい事を言うが全く絵になってない。


「しかし……」


「ごちゃごちゃうるせぇな。ウチのリーダーがそう言ってんだからそれでいいんだよ。」


 バルツの言葉をリッツが遮る。彼の意外な発言にシエルが少し驚いた表情を向けるも、リッツはシエルの背中をバンッと叩き、ニッと笑って見せる。


「……分かりました。エリン。」


「フフッ。えぇ。」


 二人は顔を見合せスッと立ち上がり、ゆっくりと玄関へ歩いていく。


「あれ?もう行っちゃうのか?」


「はい。我々は任務の途中ですので、ここで失礼いたします。また機会があればお会いすることもあるでしょう。皆さんに聖女の導きがあらんことを……。」


 バルツは深く一礼するとそのまま外へと出ていった。


「アイツずっと無表情だったな。」


「昔からああなのよ。気にしないで。ねぇねぇ、それよりあなたたちのチーム名教えてよ。」


 対照的にエリンは人懐っこく三人に絡んでくる。


「うるせぇないいから早く行けよ。仕事中なんだろ?」


「なによー。つれないわね。」


「まぁまぁ。チーム名は【カーバンクル】さ。いい名前だろ?」


 少し不機嫌なリッツの代わりにシエルが嬉しそうに答えた。


「へぇ、素敵な名前じゃない。覚えておくわ。それじゃまた会いましょ、シエル。」


 エリンは微笑みながら三人に手を振り、ギルドを後にした。


「……ったく、何だったんだアイツら。」


「面白い人たちだったな。」


「面白くねぇよ。あの余裕な感じが気に入らねぇ。なぁリケア?」


「…………」


「あれ?もしもーし。リケアさーん?……だめだ。帰ってこない。」


「放っとこうぜ。」


 こうしてギルドチーム【カーバンクル】はグダグダなスタートとなったのだった。



────────────────



「……フフッ、お待たせ。」


「やけにご機嫌だな。」


 陽が高くなり、大通りは活気に溢れ賑わいは増している。その中をバルツとエリンが歩いていた。道行く人々から驚きの声や歓声が聞こえるが、二人は気にせずに会話を続ける。


「なかなか面白いチームになりそうだわ、あの子たち。」


「そうか。で、お前的にはどうだった?」


「そうね。王子は別として、後の二人はかなり伸びるんじゃないかしら。」


「そうだな。エルフの娘、あれはデュロエルフ族だ。一般的なエルフと違い戦闘能力に特化した珍しい種族。こんな所にいるとは正直驚いた。」


「ツンツン頭の子も普通じゃなかったわね。本人は気付いてないかも知れないけど。」


「お前の冗談かと思うくらいの魔力量でも全く動じなかったのも頷けるな。」


「そうね。フフッ、この先が楽しみだわ。」


 すると街の人々の中から若い女性が数人、意を決したように二人へと駆け寄ってきた。どうやらバルツのファンらしい。女性たちは色めきながらバルツに握手やサインを求めている。


「……すまない。今は任務中なので遠慮してくれ。」


 バルツは表情を変えることなく歩みを進める。女性たちは残念そうではあったが、間近でお目にかかれたのと聞く者全てを魅了するような低い声を聞けただけで満足しているようだった。


「……相変わらずどこに行っても人気者ね。」


「茶化すのはよせ。」


「はいはい。それで?【カーバンクル】は団長に報告するの?」


「いや、今は必要ないな。ルヴェリア様がお待ちだ。少し急ぐぞ。」


「えぇ。」


 街に響く鐘の音が冬の冷たい風に乗り、昼の到来を告げる。


「そういえばお腹すいたわね。」


「我慢しろ。」


 エリンは【竜の梯子酒】の看板を指差すがあっさり却下され、残念そうな顔でバルツの後をついて行った。

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