第5話 ポンコツチームの初クエスト

「おいシエル!そっち行ったぞ!」


「はぁ、はぁ、……わかった!」


「シエル!今度はこっち!」


「ぜぇ、ぜぇ、わ、わかった……!」


「バカヤロウ休んでんじゃねぇ!逃げられちまうぞ!」


「ま、待ってえぇぇ……!」


 ガルトリー王国のすぐ近くにある【セインティの森】───。

 まだ午後になったばかりだというのに、陽の光があまり届かないような薄暗い森の中に怒号が響く。


「……いやはや。こりゃ見てらんないねぇ。」


 三人の様子を見ていた顔の堀が深い初老の男性がため息混じりに苦笑いをした。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 シエルたちチーム【カーバンクル】はリーダーをシエルとし、ようやくチーム登録をした。そのまま意気揚々とクエストに挑もうとしたのだが、


「ごめんなさいニャ。今日は依頼がほとんど無くて残ってるのは雑用クエストだけニャ。」


 申し訳なさそうに頭の上の耳を下げてニャムが謝る。


「えー!?じゃあどんなのがあるんだ?」


「えーっとニャ。二番街のジルさん家のお掃除依頼と、サンディ婆ちゃんの迷子の子猫探し、魔法薬屋さんの庭の草むしり、かニャ。」


「……ガキのお使いか!」


「うーん。冒険っぽくはないかな。」


 通常ならクエスト依頼用の掲示板に貼りきれない程の依頼書があるのだが、今あるのはこの三枚だけ。それを見ながらシエルとリッツはうなだれる。


「明日になればまた依頼がいっぱい来るはずニャ。」


「だとよ。どうする?」


「そうだなぁ。聖王都まで行ってみようかな?」


「だな。まだマシな依頼があるだろうぜ。」


 シエルたちは出かける準備を始めた時、ギルドの扉が開き一人の初老の男性が中に入ってきた。短めの黒髪に白髪が混ざり、堀の深い顔も合わせると実際の年齢より少し老けて見える。

 男性はシエルたちを見つけるとゆっくりとした足取りで彼らに近づく。


「……なぁおい。いい加減リケア起こそうぜ?」


「気付け薬なら俺持ってるよ。」


 トリップしっぱなしのリケアの目を覚まそうとするシエルだったが、それよりも先に初老の男性がリケアの肩に手をあてる。


「コラコラ、お前たち私の授業をちゃんと聞いてたのか?気付け薬は完全に気絶した時に使うものだ。意識が残ってる時に使えば強い刺激で逆に気絶してしまうだろう?」


「うわっ!ビックリした!先生!?」


「どっから湧いて出やがった!?」


「おいおい。失礼なコト言うなよ。お前たちがチーム作るって聞いたからわざわざ様子を見に来たっていうのに。」


 驚く二人をよそに初老の男性は子供のようにニカッと笑うと、リケアの肩にあてた手が淡く光りはじめた。


[レイティブレスト気付け魔法]


 初老の男性が呪文を唱えると淡い光が手からリケアの全身を包み込んだ。


「……ほぇ!?こ、ここはどこ?私はリケア?」


 するとリケアが突然我に帰ったが、何が起きたのか分からずに辺りを見回す。


「よぉリケア。気分はどうだ?」


「おわ!?サイネス先生!?……あ!わわ、私日直ですか!?」


 リケアはすぐ後ろにいた初老の男性、レズィアム魔法学園の教師サイネスに驚き、場違いな発言をする。


「プッ……!そ、そうだぜリケア。お前日直なんだから早く号令かけろよ。」


「あ!そ、そっか!……き、きりいぃぃぃつ!!」


「だはははは!」


 慌てたリケアの声がひっくり返る。それを見たシエルとリッツはたまらず笑い転げた。


「……え!?なんで笑っ……ああ!?」


 ようやく状況を理解したリケアは顔を真っ赤にして手で顔を覆う。


────────────────


「────さてさて、久しぶりに顔を見たが、三人とも元気そうでなによりだ。」


「おい、この顔見てよくそんな事言えんな?」


「いやー効くよねー。リケアの鉄拳は。」


 シエルたち三人とサイネスはギルド内に入って右手側にある休憩スペースでテーブルを囲んで話をしているのだが、シエルとリッツの頬が大きく腫れ上がっていた。


「……自業自得だよ!まったく。」


 サイネスの隣に座るリケアは少し怒った顔でシエルとリッツを睨む。


「ハハハ。相変わらずだなお前たちも。」


「ところで先生はなんでここへ?冬休みは実家に帰るって言ってたのに。」


「とうとう嫁さんが欲しくなったか?」


「バカを言うな。そんな面倒そうなのはいらんと言ってるだろう。」


 私立レズィアム魔法学園は聖王国内にあり、世界一の規模を誇る魔法学校だ。初等科から大学科まで一貫性ではあるが、途中から編入も可能である。シエルとリッツは中等科からの編入で知り合い、リケアは高等科から編入している。

 現在学園は一ヶ月の冬休みに入っていて、その間にシエルたちはチーム登録を計画していたようだ。


「……先生、これは?」


「ちょっと用事があってな。その理由がコイツさ。」


 サイネスはそう言いながらテーブルの上に一枚の紙を出した。


「あ?これさっきの依頼書じゃねぇか。」


「ホントだ。子猫探しのやつだ。」


 『セインティの森で飼い猫が逃げてしまいました。名前はミケです。』と書き出された依頼書。届け日は二週間ほど前、ちょうど学園の冬休みが始まった頃になっていた。


「実はこの依頼主のサンディ婆ちゃんは昔からの知り合いでな。個人的にも捜索をお願いされてたんだ。」


「へー、先生相変わらず顔が広いね。」


「いやなに、故郷が同じ【フレアロード】だったんでな。……それで本題だが、コイツをお前たちに手伝ってほしいんだ。いっちょどうだい?まだクエスト決めてないんだろ?」


「うーん……。」


「えー?シエルこれやろうよ。ネコちゃんがかわいそうだよ。」


「そんなコト言ってもなぁ、どこ探していいか分かんないし……。」


「逃げちまってから二週間近く経ってんだろ?もう魔物に食われてんじゃ……イッテ!!」


 リッツの腫れた頬をリケアが無言でつねる。


「私が数日前に森を調べたんだが、生きているのは確認できた。ただすばしっこくてなぁ。捕まえるのが中々大変なんだ。賞金はお前たちがもらってくれていい。どうだ?」


「うーん……。」


 煮え切らない様子のシエルを見てサイネスはニヤリと笑う。


「ところで冬休みの課題、進んでるか?良ければ半分に減らしてやろう……」


「はい!やります!」


 サイネスの提案を食い気味に乗っかるシエル。「やっぱりか」という呆れた顔でリッツとリケアはサボり王子を見ている。


「ハハハ。よし決まりだな。」


 こうして半ば強引にクエスト依頼を引き受けた【カーバンクル】だったのだが……


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「……はぁ、はぁ……。」


「はぁ、はぁ……クッソ……!」


「…………」


 再び森の中。リッツとリケアは息を切らせて座り込んでいる。シエルに至っては地面に突っ伏したまま倒れていた。


「……やれやれ。なんて様だよ。早くしないと日が暮れるぞー。」


 その様子を眺めながらサイネスは持参した水筒からお茶を注いでいる。


「てめ……!はぁ、なに呑気に茶ぁ飲んでんだよ。」


「先生これ……聞いてた話と……全然違うよ……。」


 そこへ音もなく近くの木の枝に動物が止まる。


「ニャニャ~ン」


 動物は三人を見下ろしながら鳴き声をあげる。なんだか凄くご機嫌な様子だ。


「あのヤロウ……。アイツ何て言ってる?」


「『もう遊ばないの?』だってさ。」


 元々エルフ族は自然と共に生きる種族だ。それ故に動物と会話できる能力を生まれながらに持っている。リケアも例外ではない。


「ハハハ。遊び相手にしか見られてないようだな。」


「笑い事じゃねぇよ。そもそもの情報が違ぇじゃねぇか。アレのどこが子猫なんだよ!」


 リッツが指をさしたその動物、ミケは確かにネコの姿をしているが、軽く見積もっても体長が1メートルを超えている。


「元々この森に生息している『セインティニャイン』だな。れっきとしたネコ科の動物だ。あれでまだ子供らしい。大人になればもう一回り大きくなるって話だが。」


 サイネスの冷静な解説にリッツとリケアはうなだれた。


「そんなの依頼書に書かれてなかったよー?」


「たぶんサンディ婆ちゃんがうっかり書き忘れたんだろうな。」


「ウッカリって……。てかあんなデカイのバアサンが飼えんのかよ?」


「『セインティニャイン』はおとなしい性格だそうだ。ペットとしては飼いやすいと人気らしい。過去に被害が出た例は一件もない。」


 更にサイネス曰く、ミケの両親はサンディ婆ちゃんの息子夫婦が飼いはじめ、生まれたミケは婆ちゃんにすごく懐いてるらしい。ある日森を散歩させていた際にこの場所がえらく気に入ったみたいで帰ってこなくなってしまったとか。


「……さあ、そろそろ休憩はいいだろ?あちらさんもお待ちかねだぞ。」


 ミケは長いシッポを大きく揺らせてこちらをジーッと見ている。


「……チッ、嬉しそうにしやがって。」


「でもあのスピードにはついてけないよ。どうしよう……。」


「おいおい。前に授業で教えたハズだぞ?魔物指定されてない無害な動物の捕らえ方その2。スピードタイプの動物は?」


「……えっと、魔法で道を塞いで行動範囲を狭めて……」


「……進行方向に罠を仕掛けて眠らす、か。……チッ、こんなトコでも授業かよ。」


「そうだ。よく覚えてたな。ほれ、文句言ってないで実践実践。」


 サイネスはいつの間にか地面に布を敷いてそこに座り、お手製の弁当を食べはじめた。もう彼は手を出すつもりはないらしい。


「おいシエル。いつまで寝てんだ。起きろ。」


「んご!?ね、寝てない!寝てないもんね!」


 頭を叩かれてシエルがガバッと起き上がるが、しっかりとヨダレの跡がついている。


「よし。俺が道を塞いで誘導する。リケアは眠りの罠を仕掛けろ。デカイから強力なやつにするんだ。シエルはアイツが眠ったところを捕まえる。いいな?」


「うん。分かった。」


「……え?何の話だ?」


 大きなあくびをするシエルは二人からどつかれた。


「よっしゃあ!おらいくぞデカネコ![ウィンドアロー風の矢!]」


 リッツがミケに向かって風の矢を放つ。ミケは待ってましたといわんばかりに矢をヒラリとかわし、木を降りて森の奥へと逃げようとする。


「させるかよ![クレイウォール遮壁魔法!]」


 リッツが呪文を唱えると木と木の間を埋めるように地面から壁が現れた。行く手を阻まれたミケは軽やかに身を翻し、スピードを上げてこちらへ向かって走ってくる。


「イテテテ!行ったぞ!リケア!」


「あわわわ……!」


 リッツは何故か頭を押さえながらリケアを呼ぶが、ここにきてリケアは何故か急にオドオドしている。


「リケア!んなーかよ!ダメだ間に合わねぇ!直接眠りの魔法を叩き込め!」


「わわわ……![サ、サンダーウィップ痺れ魔法!]」


 リケアの魔法が発動すると手から雷が迸り、ムチのようにしなりながら隣にいるシエルに直撃した。


「ビババババ!!」


「えぇぇぇ!?」


「アホ!なんでシエルに当ててんだよ!?」


 リッツは叫びながらもミケに魔法をかけようとするが、それよりも速くミケは勢いそのままに高く飛び上がり、リッツが作った壁を軽々と越えて森の奥へと逃げていってしまった。


「……あー、上側塞ぐの忘れてたぜ……。」


 手足をピクピクさせながら大の字で倒れてるシエル。呆然と座り込むリケア。謎の頭痛に頭を抱えるリッツ。


「あーあ。」


 Eランクのクエストでこの結果はサイネスもさすがにため息が出てしまう。


「……クソ!このまま終われるかってんだ!先生、そいつら見といてくれ!」


 リッツはミケの後を追い森の奥へと走って行った。


「……魔法を数回使えば必ず身体のどこかが痛くなる体質のリッツと、極度のアガリ症と人見知りのリケア。そして文字通り最弱のシエルか。中々のポンコツチームだな。こんな調子で大丈夫なのか?」


 弁当を食べ終え、お茶をすすりながらサイネスが笑うが、ポンコツチームには聞こえていなかった。


────────────────


「……にゃろー、どこ行きやがった?」


 森の奥へと進んだリッツだったが、ミケを完全に見失ってしまい、頭痛も相まってかなりイラついていた。


「全然見つかる気配がしねぇな。シエルもリケアもしばらく動けねぇだろうし……んなー!イラつくぜ!頭痛ぇし!」


「ニャニャ~」


「!?」


 すると突然リッツの後ろからミケの鳴き声が聞こえ、慌てて振り返る。


「……あ?な、なんだ……?」


 振り返った先にリッツが見たのは白銀色の長い髪の少女とミケだった。

 驚いたのは体重20㎏はあろうかというミケが、小柄な少女の背中に嬉しそうに抱きついているのだ。しかし彼女は微動だにせずリッツを見つめている。


「……何だテメェは?街の子供か?」


「…………」


 リッツの質問に少女は無言のままだ。だが彼に不思議と警戒心は起こらなかった。少女の吸い込まれそうな澄んだ瞳のせいなのだろうか。


「ニャニャニャニャ!」


 ミケが少女の顔を舐めたり自分の顔を擦り寄せたりしているが、少女の表情は変わらない。


「……この子、あなたの?」


 ふと少女が声を出した。声量はやや小さいが、声色は美しく見た目に反して芯の通った力強さを感じる。


「いや。だがそいつは迷子の子猫ちゃんだ。飼い主の元へ帰さなきゃならねぇ。」


「……わかった。さぁ、もうお帰り。」


 少女の言葉にミケがピクッと反応し、彼女の背中からダイレクトにリッツへ飛びかかった。


「うおぁ!?」


 ミケはそのままリッツを押し倒し、人懐っこく顔を舐め回す。


「おいヤメロ!重てぇよ!」


 リッツがミケをどかし体を起こすが、少女の姿は消えていた。


「……?一体どうなってんだ?」


 リッツもまた状況が理解できずに呆気にとられる。ミケから舐められる感触はあるので夢ではないようだ。


「……はぁ、とりあえず帰るか。」


「ニャ~ン。ニャニャ。」


「何言ってんのかわかんねぇよ。」


 不思議な体験をしたリッツはミケと一緒に森の中を歩く。

 時刻は夕方になり森は暗さを増していた。やみくもにここまで走ってきたリッツだったが、帰りは何故か迷うことなくシエルたちの元へと辿り着けた。

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