あんたみたいには
学校まで一度も足を止めなかった。
前髪がおでこに張りついている。制汗スプレーもしていない。よれよれの部屋着じゃなくて、もっときちんとした格好で伝えたかった。
でも、身なりを整えている時間すら惜しいと思った。
奈々が好きな気持ちを失っているのなら、もう一度好きになってもらえるよう頑張ればいいだけの話だ。いや、これまでのことを考えれば、とっくの昔に奈々に嫌われていてもよかったはずなのだから、こんなの試練でもなんでもない。
当たり前だ。
息を切らしながら学校に到着する。りんのことも頭をよぎったが、こんなことで崩れる絆ではないと確信している。
「奈々!」
利光の言葉通り、奈々は体育館の裏にいた。
彼女の前で立ち止まり、息苦しさから膝に手をつく。
「奏平?」
「待たせた。今まで、ずっと」
喋りながら、荒立っている呼吸を落ち着かせることも忘れて、気持ちを伝える。
「……きだ」
とにかく時間が惜しい。
一秒でも早く不甲斐なさから卒業したい。
「奈々……好き、だ」
父さんと決別したい。
「好きなんだ!」
息がたっぷり混じっていたから、はっきりとした言葉になっていなかったかもしれない。暴走するほどの滾る思いも、迸る緊張も、強烈な恥ずかしさも、そのすべてが心地よかった。
「ずっと前から好きなんだ」
奈々が驚いているのか、呆れているのか、引いているのか、気持ち悪がっているのか分からない。
もどかしい沈黙が続いている。
「俺は好き、なんだ」
ただ、その沈黙を怖がってはいけない。オシャレな言い回しなんて浮かばないけど、必死でストレートに伝え続ける。
「好きなんだよ。奈々。俺は」
大きく息を吐く。全身が心臓になっているみたいに脈打っているけど心は落ち着いている。ゆっくりと顔を上げ、奈々としっかり目を合わせた。
「ずっと奈々のことが、大好きなんだ」
朱に染まった奈々の頬の上を、一粒の涙が流れ落ちていく。
「私も、ずっと前からっ!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにした奈々に抱き着かれる。
「奏平のこと! 好き、だから」
奈々と触れ合っているところがものすごく熱い。視界の半分を占める奈々の髪の毛と、ちょこんと飛び出した耳がすごく可愛い。
「ごめんね奏平。私、もう気持ちを取り戻してるの。奏平のこと、ずっと好きなままだよ」
「え?」
「りんが、能力使ってもどしてくれてたの」
なんだよそれ。
高麗奏平がみんなと創りあげてきたつながりは最高じゃないか。
奏平は、奈々の柔らかさと体温と脈動をじっくりと味わう。奈々を通して、利光の優しさとりんの強さが流れ込んでくる。
「奈々、俺はもう奈々を、みんなを傷つけたりしない」
「私も、みんなが大好き」
奏平はゆっくりと目を閉じた。
まぶたの裏に父さんの背中がふわりと浮かび上がる。
その少しだけ丸まった背中に笑顔を向けて、心の中で呟いた。
――父さん。俺、あんたみたいにはならないから。
その声に反応して振り返った父さんはにっこりと笑い、光の粒子となって消えていった。
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