ああー、ふざけんな

 その後、りんと三十分ほど駄弁ってからファミレスを出た。


 日はすっかり暮れ、空には綺麗な三日月が浮かんでいる。「明日は朝から仕事なんだよねー、始発だよ」と愚痴ったりんと別れた利光は、アイスでも買おうと駅に併設されてあるコンビニに立ち寄った。


 ソーダ味の棒アイスを買いコンビニを出ると、頭上のホームを電車が駆け抜けていった。その轟音が夜に溶けたあと、構内から会社帰りのサラリーマンやOLがぽつぽつ出てくる。能面のような顔をした大人たちを尻目に近くのベンチに座り、アイスの袋を開けようとしたら、後ろから声をかけられた。


「ねぇ、ちょっと」


 女の、しかも怒っている声だ。


 誰だろうと振り返ると、そこには見慣れた人間が立っていた。


 持っていたアイスの袋が手から滑り落ち、風で飛ばされていく。


「さっきまで一緒にいたあの女誰よ」


 夢佳は泣きながら怒っていた。


 ああ、またか、と利光は小さく息を吐く。彼女に抱いていた暖かな感情が消えていく。こういう冷酷さを持っている自分のことが、本当に嫌いだ。


「別に」


 利光は彼女に負けず劣らずの冷淡な声で迎え撃った。


「別にって、バイトは?」

「嘘だけど」

「どういうこと?」

「だって、本当のこと言ったら今みたいに怒るじゃん」


 そう挑発すると、夢佳から一発頬を叩かれた。少しだけ皮膚がひりひりしたが、別にそれ以上でもそれ以下でもない。


「最っ低!」

「最低なやつに最低って言っても意味ないよ」


 今度は反対側の頬をビンタされる。近くにいた中年サラリーマンの集団から好奇の視線を向けられた。利光が睨みを利かすと、そいつらは憐みの視線を浮かべながら去っていった。


「私は本気だった」


 夢佳の声が、涙と一緒になってぼとぼと下へ落ちていく。


「ずっとずっと本気だったんだよ」


 利光はその声に含まれている未練を感じ取っていた。夢佳が本当の意味で嫌悪していないことに気がついていた。


「へぇ。だから?」


 対して利光は、もう夢佳を路傍の石ころフォルダに入れている。


「だから、ってそんな言い方」

「俺も本気になろうとしたさ。でも、お前じゃそうなれなかった」

「なにその私のせいみたいな言い方」

「だってそうだろ。今のお前、ただのストーカーじゃん」


 こわっ、と体を抱いて怯える演技をして見せると、夢佳は足を半歩だけ下げた。


「私はただ利光のこと信じたかったから」

「なにその俺が悪いみたいな言い方」

「……っ」


 夢佳の眉間にしわが寄る。口元がピクピクと動いているが、声は聞こえてこない。


「なんで黙ってんの? 明らかに俺が悪いんだよ? 頭おかしいの?」


 利光は自分の頭を指差す。彼女の感情を逆なでするような言葉をあえて選んだ。


「どうしてそんなこと言えちゃうの?」


 涙で覆われた瞳で夢佳が睨んでくる。


 もういいよ、その目。見飽きたから。


 利光はすくっと立ち上がった。


「さぁな。ってかあいつは彼女じゃない。でも彼女より優先するものが俺にはある」

「普通は彼女が一番でしょ? そういうものでしょ?」

「その普通って誰が決めたの? 全員がその普通とやらに従わないといけないの?」

「そういうことじゃなくて、気持ちの話」


 言葉を交わしながら思う。ああ、やっぱり夢佳は諦め切れないんだなと。だったら、きっぱり言ってやるのも男の役目だ。


「俺、お前のこと生理的に無理だわ。お前はクズの俺を認めようとしないけど、さっき会ってたやつは、俺の友達は、クズの俺をちゃんと認めてくれる。お前より優先して当然だろ」

「なによ、それ」


 泣き崩れ、座り込んでしまう夢佳。その光景を見てかわいそうだなとは思うけれど、だからといって見せかけの優しさを与えるのは違うと思う。


 利光はとどめを刺すことにした。


「じゃあ。遊びとしては最高だったわ」


 夢佳にとっても、これでいい。


 恋愛なんて、失敗できる時に失敗して、それを糧にしておくべきなのだ。


 利光は、泣いている夢佳を放置して駅から離れる。人通りのまばらな商店街を通り過ぎ、静かな住宅街まで歩いてきたところで、今つき合ってるの莉奈だけになったな……と思った。


「ああー、ふざけんな」


 二日後、利光は新たな彼女を三人作った。

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