眩しすぎて
奈々に、奏平へ告白するよう頼んだ日から二日後、土曜日の午後。
奏平に呼び出され、利光は駅前の喫茶店に向かっていた。
「……うう、さぶっ」
無意識にそう呟いてしまうほどの攻撃的な寒さが神凌町を支配している。マフラーに口まで埋めて、手袋をした手をダウンジャケットにつっこんでいるのにこの寒さ。このままバックレてしまおうかと思ったが、一昨日のことはやつあたりなので謝らなければいけないと、足を前へ動かした。
待ち合わせ場所の喫茶店は、レトロな雰囲気が漂うこじゃれた外装をしていた。窓から見える雰囲気重視の謎の置物たちに店主のこだわりがうかがえる。ドアを開けると、からころからん、という昔懐かしい鈴の音がした。暖房によって暖められた優しい空気とスローテンポなBGMに、思わず至福の吐息が漏れた。
しかし、喫茶店の一番奥の席に奈々の丸まった背中を見つけて、すぐにその心地よさはなくなった。
しかも、その対面にいるのは奏平とりんだ。
なんで奈々とりんまでいるんだ?
心に生まれた嫌な予感は、視線を一切合わせていない三人のせいで膨れ上がる一方だ。恐るおそる近づいていくが、誰も利光の方を振り返らない。
「よう。おまたせ」
利光は外した手袋をダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。まだ反応なし。怪訝に思いつつ奈々の横に座ると、三人とも驚いたようにハッと顔を上げ、「よ」とか「うん」とか言ってから、また顔を伏せた。
反応遅すぎだろそっけなさすぎだろ空気重すぎだろ。
それ以上声を出せる雰囲気ではなく、利光はテーブルの木目をじっと見つめたまま気まずさに耐える。
しばらくすると、からころからん、という鈴の音がまた聞こえてきた。
「よっ……ってなんだよみんな怖い顔して」
寛治は苦笑いを浮かべている。りんが寛治に目で利光の横に座ってと示した。寛治はその指示に従って座り、きょろきょろとみんなを見渡していたが、口を開くことはなかった。
暖房の稼働音が、獣の遠吠えのようにひどくけたたましく感じる。
誰かが口を開かなければ、この沈黙は永遠に続くのだろう。だったら俺が……と利光は覚悟を決めた。この俺様が静寂を切り裂く役目を引き受けようじゃないか。
「で、なんでわざわざ俺たちを呼び出したわけ? りんまでいるしさ」
奏平を睨みつけている自分に気がついて、利光はとっさに肩を竦める。
「それは、まあその」
奏平は口をもごもごと動すだけで、その続きをなかなか言わない。そんな奏平を励ますように、りんが奏平の肩に手を置く。二人が目を合わせて頷き合う。
その瞬間に、利光はすべてを悟った。
奏平が開いた口の中は真っ暗だった。
「実はさ、俺とりんはつき合ってるんだ」
利光はダウンジャケットのポケットの中で拳を震わせた。
つまり自分は、とんだかんちがい野郎だったのだ。そのせいで奈々に変な期待をさせてしまった。隣に座る奈々を一瞥すると、奈々は涙を必死で堪えているように見えた。
最低だ。
本当に最低だ。
奈々と奏平が好き同士であるという自分勝手な妄想のせいで奈々の心を踏み荒らした。奏平とりんがつき合っているなんて思いもしなかった。奏平と奈々なら、奈々の方が指示通り動かしやすいだろう、頼めば告白してくれるだろうと、奈々の気持ちを利用した自分が許せなかった。
「そっか。お似合いだね。おめでとう」
笑みを浮かべて祝福の言葉を紡ぐ奈々は、涙をこらえているようにしか見えない。その表情を見ていられなくなった利光が奈々から目を逸らすと、同じように目を逸らしていた奏平と目が合った。
ごめん。
唇の動きだけでそう伝えてきた奏平の苦しそうな顔を見て、利光はもうだめだと思った。
こんな複雑な状況になってしまったみんなとは一緒にいられない。
離れてしまおう。
その出来事をきっかけに、利光は恋愛を勉強しようと決意したのだ。もうこんな失敗はこりごりだと。次に本当に好きになった人を確実に落とせるようになるため、鍛錬と称して二股三股、もしくはそれ以上を繰り返した。女にだらしない姿を見せて、みんなから嫌われればいいなという思いもあった。
その結果、利光は文字通りの最低浮気野郎になったわけだが、利光の予想に反して他の四人が利光を見捨てることはなかった。
「なんであんなクズ男と一緒にいるの?」
クラスの女――利光の元カノ――が奈々に聞いているのを利光は見たことがある。言葉の細部は違うが、りんも奏平も寛治も同じようなことをそれぞれのクラスメイトから言われていた。
「え? だって友達だから」
奈々は当然と言わんばかりに首を傾げてくれた。
「あれで意外と蹴飛ばしたり頭殴ったりできるから、気楽でいいのよ」
りんは平然と笑い飛ばしてくれた。
「利光はクズじゃないよ。俺は知ってる」
寛治は穏やかに相手を威圧してくれた。
「利光は俺の大事な友達だから、俺から離れていくことはないよ」
奏平は大事そうに言葉を紡いでくれた。
こんなになってしまったのに、みんなは大事に思ってくれている。
利光はそれを嬉しく思うと同時に、そんなみんなの優しさは凶器だなとも思った。
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