ボンキュッボン
あれはたしか、中学二年の冬休み前だったと思う。
当時の利光は恋愛に奥手で、彼女すらいたことがなかった。でも、りんのことが好きだったから、とある作戦を実行した。
幼稚で、それでいて人の心を弄ぶ最低な作戦。
クリスマスがもうすぐという時期で、サンタクロースの魔法にかかっていたのかもしれない。
《なぁ、奈々って奏平のこと好きだろ》
そう奈々にメールをして、自室をそわそわと歩き回りながらしばし待つ。
《え? なんのこと?》
《とぼけるなって》
《とぼけてないけど》
奈々は頑なに認めようとしないが、誰の目から見ても明らかに奈々は奏平に好意を抱いている。奏平だって奈々が好きに違いない。二人の普段の行動を見れば丸分かりだった。
《みんな気づいてるはずだぞ? 俺でも気づくくらいだから》
そう送ってから、返信がぱったりと来なくなった。待てど暮らせどメールはこない。からかっていると思われたかもしれないという不安に駆られ、利光は続けざまにメールを送った。
《大丈夫。俺がみんなにばらすことはない》
《だけど、やっぱり奏平も奈々のこと好きだと思うぞ》
返信はこない。完全に機嫌を悪くしたか? だとしたら謝らないと。利光は謝罪のメールを作り始める。変な詮索してごめ、まで文字を打った時。
《どうして?》
というメールが奈々から届き、思わず安堵の吐息を漏らした。
よかった。
奈々は怒っていない。
今度は奈々を喜ばせるような返事をしようと、慎重に文章を練り上げた。
《奏平を見てたら誰だって分かる。二人は間違いなく好き同士だ》
《でもこの前、セレーナ・ジョーダンみたいなのがタイプだって言ってたじゃん》
あれを真に受けたのかと、利光は思わず笑ってしまう。
たしかにこの前、奏平はそんなことを口にしていた。りんがみんなに「好きなタイプとかっているの?」と聞いた時だ。
《あんなの気にするなよ》
《でも私、セレーナ・ジョーダンとぜんぜん違うから》
セレーナ・ジョーダンというのは、艶やかなブロンドヘアとサファイアのように透き通った青い瞳が特徴のアメリカのトップモデルだ。胸も大きくくびれもすごい。奈々とセレーナがまったく似ていないのは間違いないが、そもそもセレーナに似ている日本人女性などこの世に存在しない。
《あんなの口から出まかせだろうよ。奈々がいたから恥ずかしかったんだよ》
利光はあの時のことを思い出しながら答える。
――セレーナ・ジョーダンみたいなのがタイプだな。
奏平は奈々の方をちらちら見ながらそう言った。きっと、とっさの思いつきで口走ったのだろう。前日の夜にセレーナ・ジョーダンのことを特集した番組が放送されていたから、奏平もそれを見たのだと思う。
《そうかな?》
《そうだよ。奏平ってそういうやつじゃん》
《そう、だといいけど》
《だからさ奈々。奏平に告白しろよ》
ようやく伝えられた。
作戦は完璧だと、その時の利光は思っていた。
《そんなの無理だよ》
しかし、奈々は了承してくれなかった。
《なんで?》
《だって断られたら嫌じゃん》
《そんなことないって。さっきも言った通り、奏平は奈々のこと好きだから》
《それ、奏平にたしかめたの?》
その文が送られてきて、利光ははっとする。
そうだ。
たしかに、奏平に直接言質をとったわけではない。
《まだ、それはしてないけど》
《ほらね。じゃあ無理だよ》
《たしかめたらいいのか?》
そう送ると、奈々からの返信がまた途切れる。
利光はお構いなしに続けてメールを送った。
《じゃあたしかめっから、待っててくれ》
利光は奈々とのやりとりをぶった切り、奏平に電話をする。なにがここまで彼を突き動かすのかと言われれば、それはりんとつき合いたいという純粋な気持ちだ。しかし、利光は自分から告白する勇気は持ち合わせていない。
たがらこそ、利光は今回の計画を立てた。
奈々と奏平がつき合うことができれば、りんも彼氏彼女がいることをもっと身近に感じるに違いない。奏平と奈々のラブラブな恋人関係を見れば、自分も告白してみようかなと思うに違いない。
そして、そうなった場合、りんが告白する相手は財津利光に決まっている。
だってりんとはよく目が合うから。
奏平や寛治よりも距離感が近いと自負しているから。
奏平はすぐに電話に出た。
「もしもし、奏平?」
『ああ。どした?』
「お前さ、奈々のこと、どう思ってる?」
利光は昂った感情そのままに聞いた。
『……いきなりどうした?』
電話越しに、向こうの空気がぴりついたのを感じ取る。
「誤魔化すなって。いいから、どう思ってるんだよ?」
『誤魔化すもなにも、友達だと』
「俺はそういうことが知りたいんじゃないんだ」
利光は自分がムキになっていることに気づき、すぅと息を吐いて気持ちを落ち着かせた。どうして二人とも成功確定なのにウジウジしているのだろう。自分の気持ちを見て見ぬ振りせずに、さっさと告白すればいいのに。
『じゃあ、なんだよ?』
奏平は低いトーンで不機嫌さを表してきた。もうこれ以上その話題に触れるなという圧力に、利光はなにもないと言いそうになる。その気持ちをぐっと堪えて核心を突く。
「奏平は、奈々のこと好きなんだろ?」
『…………っ』
電話越しに奏平の息の詰まる音が聞こえる。
『それは……』
「なんとか言えよ」
『……別に』
「別にってなんだよ」
『奈々なんて好きじゃないから』
「嘘つけよ。どこからどう見たってお前らは」
『この前言わなかった? 俺のタイプはセレーナ・ジョーダンだって』
「本気で言ってたのかよあれ」
『嘘つく理由がない。セレーナ・ジョーダンがタイプなんだ』
「セレーナみたいな金髪ボンキュッボン女が日本にいるわけないだろ」
『でも俺は妥協したくないんだ。本当にセレーナがタイプなんだ』
「そんなムキになってるってことは、奈々が好きだって言ってるようなものだからな」
『好きじゃないって言ってるだろ』
用がすんだなら切るぞ、と一方的に電話を切られた。
携帯を持つ利光の手はプルプルと震えている。
「なんだよ」
セレーナ・ジョーダンがタイプなんだ。
まるで自分を洗脳するかのように繰り返す奏平に憎しみすら覚えた。しかしこの場合、奈々にはなんと返事をすればいいだろうか。
「なんなんだよ、奏平も奈々も」
いくら考えても答えは浮かばず、利光は奈々から届いていた、
《え? ちょっと待って?》
《利光連絡したの?》
という二通のメールにも、
《どうだった?》
という奏平に電話を切られてから五分後に届いたメールにも、返事をせずに不貞寝した。
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