氷の日


 ~ 六月一日(火) 氷の日 ~

 ※平家滅ぼすは平家

  自業自得ってこと




 きけ子は、秋乃の気持ちを尊重しただけ。

 秋乃は、きけ子との約束を果たそうと全力を出そうとしただけ。


 悲しいすれ違いは。

 優しさゆえに起きたこと。


 そして、もう一人。

 優しすぎる故に、あおりを食らったやつがいる。


「どどど、どうしよう保坂ちゃん! ボク、こんな状況で走れないよ!?」

「落ち着け王子くん。泡だて器には何の罪もない」


 調理実習の時間。

 こっそり調理準備室に隠れて、俺と密談する王子くん。


 彼女が手にした泡だて器。

 無意識にわっしゃわっしゃいじるもんだから。


 わっかが全部同じ角度。

 これならクリームが中に詰まる心配もなさそうだ。



 ……どうやら、昨日。

 俺が教頭にとっちめられてる間に。


 新コンビ同士で二人三脚の特訓をしていたらしいんだが。


 どうにも、きけ子の機嫌を損ねたことばかり気にした秋乃が。


 下手な転び方をして。

 足首を痛めちまったらしい。


「足の具合が心配だな。王子くんの言う通り、今日は練習休みにしとこう」

「そうじゃなくて! ボクが走れないって言ってるのは気持ちの問題だって!」


 分かってるよそんなこと。

 でも、誤魔化したくもなる。


 ここ数日、どれだけ考えても。

 なんの解決策も思いつかねえ俺に。


 一体、何ができるって言うんだ。


「……言いてえことは分かる。でもな? メンタルより、まずは秋乃の足の方が大事だって」

「まあ、そうなんだけどさ……」

「分かってくれたか?」

「うん。分かった」

「そうか」

「保坂ちゃんが、脚フェチだってことが」

「正解してどうする」


 王子くんの軽口に。

 我ながら見事な切り返し。


 王子くんも、はっきりわかるほどに肩の力を抜いて。

 優しく微笑んでくれた。


 ああ、良かった。


 カミングアウトして。


「……俺もな? どうしたらいいか散々考えたんだ」

「うん」

「でも、夏木は人の話聞きゃしねえだろ。いくら秋乃が本気で走ってるって説明しても無理なんだ」

「そうかな……。なにかびっくりするような方法で、熱烈に訴えかけたらきっと聞いてくれると思うけど?」

「俺のキャラじゃねえ」

「そこをやるからギャップ萌えなんじゃない?」


 そんなこと言ってニコニコする王子くん。

 花火大会の日のことを思い出してるのかな。


 あの時はガラにもなく熱くなって。

 でかい声で秋乃の名前を呼んだけど。



 ――そう。

 あの時。


 秋乃が楽しみにしてた花火。

 一緒に見てあげられなくて。


 必死に走って。

 懸命に探して。


 遠くに見えた王子くんの姿を。

 秋乃だと勘違いして。


 大声を上げて。

 初めて、名前で呼んで…………。



 今も、きっとあの時と同じように。

 苦しんでるに違いねえのに。

 一人で泣いてるに違いねえのに。


 手段さえ思い付けば。

 助けてあげられるのに。



「助けて……」



 噂をすれば影が差す。

 最近、デフォルトになった半べそ顔で準備室に入って来たのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 調理実習中だから。

 飴色のさらさらストレート髪を三角巾に隠した出で立ちで。


 肩には青いお買い物かご。

 ぱっと見、可愛い若奥様スタイル。


 旦那様のために。

 夕飯の買い出しかな?


「そのエコバッグで買い物に出たら、すべてが魚臭くなるわ」

「お買い物かご……?」


 傷めた足をいつでも冷やすことができるようにと。

 氷満載にしたクーラーボックスを肩に担いで。


 足を引きずるようにして歩く本末転倒ちゃんは。


 今日も、バカの側に天秤が倒れている様子。



 でもまあ。

 あれだけショッキングな事件があったばかりだ。


 頭がまともに回ってなくて。

 変なことばっかりするのもよく分かる。


「…………そんな顔するな。俺たちも、どうしたらいいか一緒に考えてやるから」

「ほ、ほんと……?」

「あっは! もちろんだよ舞浜ちゃん!」

「よかった……」


 すっかり落ち着きを取り戻した王子くんに慰められて。

 秋乃も、力無くとは言え微笑を浮かべる。


 大会まで、一週間ちょい。

 余裕はねえが、なんとかしてやろう。


「お前の心情は分かってやってるつもりだけどさ」

「うん」

「それより、足の治りが遅くなるぞ? クーラーボックスは下ろしとけ」

「料理に必要だから……、ね?」

「持ち歩く必要はねえ」


 俺は、秋乃からクーラーボックスを取り上げたんだが。

 朝持ってやった時よりだいぶ軽いな。

 手作りソーセージにどれだけ使ったの?


「氷なんてちょっとでいいんだ。肉が温かくならない程度で」

「ひき肉こねる時用だけじゃなくて……」

「何に使ったんだ?」

「た、立哉君が教えてくれた……」

「何を」

「氷があると、ご飯が美味しくなるって」


 ああ。

 米は、冷やしながら水を吸わせるのが飯炊きの基本だからな。


「でも、みんなに怒られた……」

「そうなのか?」

「せっかく配膳まで済んだのに、台無しになるって」

「ふりかけ感覚?」


 炊きあがったホカホカご飯に氷乗せやがったんだな?

 そりゃ誰だって怒る。


 とは言え、秋乃に悪気はなかった。

 それを同じ班のみんなに伝えるために教室に戻ると。



 目に入ったのは。

 既に完成した料理と。



 そのそばに立っていた。

 氷でできたダビデ像。



 ……下腹部には焼きのり。



「うははははははははははははは!!! 氷の使用法が斜め上っ!!!」

「みんな、食欲失うって……」

「うははははははははははははは!!! しかも、焼きのり……っ!」


 こんな事ばっかやってるから。

 みんなにお前の一生懸命が伝わらねえんだ。


 でも。


 確かに男子としては。

 男の裸体なんて、うええだけど。


 食欲失うとまで言われるようなもんじゃねえ気が……?



 いや?



「そうか!!! うはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

「な、何が可笑しいのか、教えて欲しい……」

「く、くるし……っ! あは! あはははははははは!」


 そうな。

 そりゃみんな、食欲失うよな。


 だって、今日のお題。



 手作りソーセージ。



「こ、これは説明できん! うはははは!」

「意地悪しないで……」

「そうじゃねえ! あはははは!」

「さっき、助けてくれるって言ったのに……」

「こんなもん助けられるわけねえだろ!」

「ウソつき……っ!!!」



 ゴツッ!!



 息もできない程笑い続けていた俺は。

 どうやら酸欠にでもなったのか。


 そのまま意識を失うことになったんだが。



 なんか、最後に。

 これでもかってほど膨れた涙目の秋乃が視界の端に映って。


 頭に凄い衝撃が走ったように感じたんだが…………。



 

「…………で? 犯人について全員黙秘しているのは、まあいいとして。凶器が見つからんとはどういうことだ?」

「そ、そばに硬いものなんてどこにもありません……」

「ならしょうがない。犯人の代わりに、そのびしょ濡れの被害者を廊下に立たせておけ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る