第38話 それぞれの戦い

 クロが旅団駐屯地の倉庫に光とともに戻ってきた。

 

「おい、クロ公、ミカは無事だったのか!」

「カイン! 説明は移動しながらだ! 急がねばならん!」


 俺はクロの真剣な表情を見て、すぐに立ち上がった。

 移動中、クロにミカエラたちの状況を説明してもらった。


 クソ!

 あのウェンカムイまで出やがったのか!


 ミカエラが多少強くなっているとはいえ、まだ一人で勝てる相手じゃねえ。

 マンジのガキはジョーンズのオッサンの孫だが、まだまだ半人前以下のひよっこだ。

 俺の大事な宝物を任せておけねえ。


 俺は先導して走るクロを追い抜いて駆けつけたかったが、場所が分からない。

 気持ちだけが焦れていた。


「ちょっと、待ちなさい!」


 戒厳令下の町を通り抜けようとした時だった。

 吹雪の荒れ狂う中でも凛とした声が空気を切り裂いて届くかのようだ。

 こんな声を出せる強い女は、あいつしかいない。

 

 アガサは陰陽師の戦闘用装束に身を包んでいる。

 後ろには、魔力切れで倒れていたはずのディアナも戦闘用に神聖教風の魔導ローブ、タツマの彼女?のサヨも陰陽師の戦闘用装束だ。


「ぜえぜえ……サヨ、そ、そんな格好して一緒に来る気か! 危ないぞ!」

「タツマこそ! カイン隊長たちについていくだけでそんなにバテてるんだから、到着しても何もできないわよ、回復役の私がいなきゃね!」

「ぐ! そ、それは……」


 タツマのやつは自慢気に鼻を鳴らすサヨに何も言い返せない。

 相変わらず尻に敷かれていやがる。


「ディアナよ、魔力切れではなかったのか? 大丈夫なのであろうな?」

「あ、当たり前です! マンジさんの大ピンチにのんきに寝ているわけにはいきません! あと、ミカエラさんも」


 ディアナを心配するクロだったが、大丈夫だろう。

 やっぱ、あの『世界最恐のババア』の親類だ。

 漲る魔力はガキどもの中でも飛び抜けてやがる。

 

「これで決まりね? 男どもだけじゃ頼りないわ。女の強さ見せつけるわよ!」

「「はい!!」」


 アガサのやつ、全く変わってねえな。

 ディアナとサヨも気合が入りまくってるぜ。


「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、ここから先には行かせませんよ?」


 突然現れた女の声に後ろを振り返った。

 そこには、シン帝国風のチャイナドレスに身を包んだ赤毛の女、いや禍々しいオーラが異世界の悪魔だと告げている。

 こいつは下っ端の悪魔どもとは格が違う、一癖も二癖もありそうに妖艶に笑っていた。


「む? あやつ、どこかで……」


 クロが口を開こうとした時だった。

 女は瞬時に攻撃してきた。


「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ、いでよ地獄の門!」


 女の前に巨大な漆黒の門が現れた。

 重低音を響かせ、奈落のような装飾をされた扉が開かれていく。

 そして、中からゴブリン、オークなどの雑魚はもちろん、巨大な骨の怪物スケルトンドラゴン、牛頭人身の怪物ミノタウロス、他にも古今東西ありとあらゆる魔物が飛び出してきた。


 まさか!

 聖書に書かれている神話『最悪の悪魔』の封印された『奈落』に通じるダンジョンと繋げやがったのか?

 あの場所は『奈落の守り人』しか知らないはず、まさかあのクソ野郎が教えたのか?

 今はそんなことはどうでもいい!

 こんなもん、転移魔法の最悪な使い方だぜ!


「な!? こ、こんな数の化け物、まるで百鬼夜行……」


 タツマがこの凍える吹雪の中でも冷たい汗を流した。

 さすがに、まだ学生のこいつらでは無駄に死ぬだけだ。


「クロ! ガキどもを連れて先にいけ! ここは俺に任せろ!」

「む! カイン……あい、分かった!」


 クロはタツマたちを連れて迂回しながら先を進んだ。

 オークジェネラルを始め、いくつかの魔物が追いかけようと、進撃する方向を変えようとした。

 しかし、その頭は次々と弾き飛んでいった。

 その先には、十二神将の鞭を持つアガサが悠然と立っている。


「ちょっとカイン、私もいるんだけど?」

「ミサ。……へ! 二十年ぶりに最強コンビ復活ってか? さあて、大暴れすんぞ!」


 俺とアガサは魔物の軍勢に突撃していった。


☆☆☆


 駐屯旅団ももちろん拠点防衛を難なくこなしていた。

 旅団長トクダ・オサフネの的確な指示で、旅団幹部や連隊長たちはそれぞれ配置についていた。

 各方面の伝令が司令室にいるオサフネの元に次々と届く。


「町の郊外にて魔物の大群が発生しました! 規模は百鬼夜行級であります! 現在、特殊部隊隊長及び民間人一名が応戦中であります!」


 伝令からカインの状況が伝わった。

 しかし、オサフネに動揺は一切見られない。


『百鬼夜行級、神聖教でいうところのスタンピード、か。何の前触れもなく現れた異世界の悪魔、その能力の一部かな? うん、カインさんなら大丈夫。むしろ、その後の掃除が大変だなぁ。カインさんにいいとこ取りされちゃうけど、ま、いいさ。仕事は楽な方が良い。でも、いくらカインさんでも取りこぼしは確実に出る』


 これ以上のことを瞬時に一考し、迷いなく司令を出す。


「町の警戒に当たっている連隊に命じる、町に一切被害を出すな! カインさんの取りこぼしは確実に仕留めろ!」

「は!」


 旅団長、指揮官の仕事は前線に出ることよりも、的確に組織を動かすことの方が遥かに重要なのである。

 オサフネの人の上に立つ者の器量を間近で見て、弟であるムラマサは圧倒されるばかりだった。

 オサフネはそんな弟を見て、いたずらっぽく笑った。


「……さて、ちょっと出かけるよ、ムラマサ? シズとチズも来い。面白いことをしよう」

「あ、兄上? この非常事態に何を……」

「大丈夫さ。今回の件はオレがいなくても楽勝だ。有能な部下たちがいるからね」


 オサフネは副官を呼び出して司令室を後にした。

 突飛な行動に出る兄に慌ててムラマサたちは追いかけた。


 オサフネがやって来たのは人気の少ない一角、倉庫前の雪に埋もれた広場だ。

 オサフネは大きく息を吸い込み、大声を出した。


「出てこいよ! お前らの狙いはオレの首だろ?」


 広場の周囲には、ぽつりぽつりと黒い影が現れた。

 帝国の暗殺部隊、その手にはそれぞれ闇夜の中でもギラリと光りそうな凶器があった。


 しかし、オサフネは何を思ったのか、倉庫の入り口にあった椅子を引っ張り出し、優雅に足を組んで座った。

 その周りには結界が張られて暖かい。

 

「さて、ムラマサ。お前がオレの代わりにコイツラの相手をしろ。お前がどれだけ成長したのか、オレに見せろ!」


 ムラマサは突然の試練に放り込まれた。

 

 各地でそれぞれの戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

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