第31話 波乱の幕開け

「あんだぁ、オサフネ? この俺にケンカ売ってんのか?」

「アハハ、嫌だなぁ、冗談ですよ、カインさん」


 不機嫌に顔をしかめたカインにオサフネは笑いながら謝った。

 弟のムラマサとは違って、愛想がよく調子も良さそうだ。

 しかし切り替えも早く、ミカエラを見てニコリと微笑んだ。


「久しぶりだね、ミカちゃん。まだ学生なのにもう軍人みたいだね? さすがは、オレの愚弟ムラマサを抑えて主席なだけはあるね?」

「ぐ! あ、兄上、私は……」

「黙ってなよ、ムラマサ? オレはミカちゃんと話をしてるんだよ?」

「は、はい、失礼しました」


 ムラマサは兄であるオサフネに静かに叱責されて悔しそうに口を閉じた。

 この兄弟には複雑な力関係がありそうだ。


「……いえ、私など大したことはありませんよ、オサフネ様」

「当たりめえだろ、この俺の姪だぞ?」

「ええ? カインさんに似たらどんな不良になるのかなぁ……ところで、今日はカーリーちゃんはいないの?」

「ええ。従姉妹は別件で出かけています」

 

 オサフネはミカエラの塩のような返答にがっくりとわかりやすく肩を落とした。

 遠慮のないオサフネにカインの殺気が膨らんでいるけど、オサフネは無視して僕たちに笑いかけた。


「はぁ、残念だなぁ。……では、北の大地エゾへようこそ。何かあれば何でも遠慮なく言ってね。じゃ、楽しんでってね!」


 オサフネは挨拶だけすると、すぐに仕事に戻った。

 ムラマサたちは無言で後をついていった。


 他の僕たちは宿泊することになる町イシカリへと向かった。


「うひょー! 意外と速えな!」

「うん、そうだね! これならすぐに町に着きそうだよ!」


 僕はタツマと二人乗りで、軍で借りた犬ぞりに乗っている。

 僕たちはそれぞれ二人乗りで町へと向かった。


 始めに乗り方を教わって、タツマはすぐに乗り方を覚えてしまった。

 やっぱり何でも出来るやつだ。


 ミカエラとサヨは一緒に乗っている。

 さすがミカエラは初めてじゃないからうまい。


 クロは僕の懐に入って丸まっている。

 湯たんぽ代わりで暖かい。

 僕とタツマは子供のようにはしゃいで楽しんだ。


 ちなみにカインは、一人乗り用の魔導雪車に風を切って乗っている。

 こうして黙っていればカッコイイ人なんだけど……

 

 駐屯地から町までは遠くないのですぐに到着した。

 そして、町の軍の駐在所に犬ぞりを返して、僕たちは宿へと向かった。


「うわあ! 何だか都とは町の造りが違うね?」


 サヨは町並みを見て驚きの声を上げた。

 目の前の本庁舎もレンガ造りの大きな建物で目を引く。


「ええ、エゾの開拓をするために神聖教共同体の技術者を呼んだそうよ。それでこの町は神聖教風の建物が多いの」

「へえ。ミカちゃん、よく知ってるね?」

「ええ。この町には何回か来たことがあるのよ。それに、私の母は神聖教共同体の出身だから興味があるの」

「あ、そっか! ミカちゃんのお母さんはカイン隊長の妹さんだもんね」

「あん? 何でてめえがそんな事知ってんだ、小僧?」

「有名な話ですよ、カイン隊長! 神聖教会は『奈落の守り人』の本拠地じゃないですか!」


 カインは不機嫌そうに僕を睨んできたが、タツマがフォローしてくれた。

 どうやらカインは出身地の話は好きじゃないようだ。

 

 時計台のある角を曲がると、僕たちが泊まる宿に着いた。

 まるで鷲が翼を広げたような巨大なレンガ造りのホテルだ。


「な、なんというか、す、すごい。まるでどこぞのお大尽が泊まりそうな……」

「う、うん、私たち場違いなんじゃ……」

「何言ってんだよ。堂々としようぜ? 俺らだって軍幹部のカイン隊長と同じグループの客なんだぜ?」


 僕とサヨがホテルの荘厳さに圧倒されているとタツマは本当に堂々と入っていった。

 タツマも僕たちと同じ庶民出身、普通の宿すらほとんど泊まったこと無いはずなのに、この肝の太さは尋常ではない。


「タツマくんの言う通り、堂々と入ればいいわよ。お客さんには変わりないもの」

「え、ちょ! み、ミカちゃん、待って」


 ミカエラも堂々と入っていき、僕とサヨも慌ててホテルの中に入っていった。


 ホテルの中も重厚な装飾で気品のある感じだ。

 カインがホテルの受付で話をしている間、僕たちはレッドカーペットのロビーで呆然としていた。


「あ、あれ? み、みなさん、ど、どうしてここに!?」


 僕たちに話しかけてきたのは、同じ学校の魔法科の友人ディアナだった。

 このホテルに馴染むかのような神聖教風の気品のある毛皮のコートを羽織っている。


「えぇ!? ディアナちゃんもここに来てたの!?」

「すごい偶然! 旅行に出かけるって、ここだったのね!?」

「マジかよ!? 俺達が揃うなんて、奇跡じゃねえか!」

「あれ? ディアナちゃんがいるってことは、まさか!?」


 ディアナは大叔母のお弟子さんに放浪の旅に連れて行かれるって言っていた。

 だから、一緒に旅行に行けなくて残念だった。

 でも、そのディアナがここにいるってことは!


「あら? どうしたの、ディー? その子達知り合い?」

「は、はい、ミサ先生。そ、その、学校の、と、友達です」


 やっぱり!

 僕はこの大作家アガサ・ミサの大ファンなんだ!

 タイミングが合わなくてずっと会えなかったけど、ついに会えた!


 僕たちの親世代、それなのに、まるで神聖教共同体の貴族以上に高級ドレスを着こなし、知的な黒縁メガネがキラリと光るミステリアスな色っぽい黒髪美人だ。

 想像通りだ!


「あ、あの、アガサ先生! 僕はずっと、先生のファンでした! さ、サインをお願いします! ……て、あれ? 何か書くもの、あ、そうだ! 『魔本リブラ』!」

「え!? こ、これは伝説の『幻獣の書』!?」

「お、おい、マンジ! この世に一冊しか無い『幻獣の書』に何をするか!」

「でも今は僕のだよ! 先生のサインならおじいちゃんも許してくれるよ!」


 僕はアガサのサインを意地でも貰おうと必死だった。

 ああ言えばこう言い、ついにクロに認めさせた。


「や、やった! 僕はもう思い残すことは無い!」

「あはは、大げさな子ね」

「おいおい、何騒いでんだよ、小僧? ……げ!? お、お前は!?」


 呆れた顔でやってきたカインは、アガサの顔を見て青ざめた。

 僕を見て笑っていたアガサは、カインを見た瞬間、凍りつくような目になった。


「あら、カイン? よくも私の前にのこのこと現れたわね?」

 

 カインとアガサの間の空間は、嵐の前の不気味な静けさとなった。

 この旅で波乱が起こる幕開けだった。

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