第32話 アガサという女

 お、おかしい。

 どうして俺がこんな目に遭うんだ?


 姪のミカエラの態度が異常に冷たい。

 話しかけると鬱陶しそうにあしらわれる。

 あの汚物を見るような目が何よりも痛い。


 ほんの今朝までは、理想とは言わないが、立派に父親代わりを果たしてきたはずだ。

 剣士として尊敬すらされていたと思う。


 だが、ほんの一瞬で信頼が崩れ去ってしまった。

 それもこれも、全てはあの女のせいだ。


 チェックインを済ませて、ミカエラの友達ダチのガキどもを呼びに行った時のことだ。

 俺は、あの女アガサ・ミサに遭遇して血の気が引いた。


「あら、カイン? よくも私の前にのこのこと現れたわね?」


 アガサは未だに俺を恨んでいるようで、虫けらを見るような冷たい目で睨んできた。


「あら? カイン伯父さん、その女性と知り合いなの?」

「オジサン? あんたこんな若い子に手を出したの?」

「お、おいぃ! そういう関係のオジサンじゃねえ! 親戚の伯父さんの方だ! 正真正銘、俺の姪っ子だ!」

「へえ? あんたみたいなクズでも家庭的なこと出来るの?」

「ほう? この悪タレに恨みがあるようだな? 何があったのだ?」

「お、おい、ドラ猫! 何嬉しそうなツラしてんだよ! お、お前らもいちいち寄ってくるな!」


 俺がアガサにネチネチと責められていると、興味津々にみんな集まってきた。

 特にクロは俺が責められるのを見て口端を上げてやがる。


「そうねえ。この男の悪行の何から話せばいいか……」

「おいぃ! あることないこと、語ろうとすんな!」

「でも、やましいことが無ければいいんじゃないですか?」


 このサル顔のガキ、考えが童貞すぎるだろ?

 女が逆恨みすると何をしてくるか全くわかってねえ!

 女ってのは、ちょっとしたことを大げさに脳内変換するから厄介なんだ。

 特にこの女は、被害妄想が激しい魔女だ。


「そうでしょう、坊や? このクズは自分がやましいってわかってるから焦ってるのよ?」

「ま、待て待て! お前がデタラメを言うに決まってるからだろうが!」

「うぬがそう言っても、話を聞いてみなければわからんではないか。フハハハハ!」


 クロがそう言うと、みんなうんうん頷いている。

 クソ、このドラ猫!

 ここぞとばかりに攻撃してきやがって!


「これで満場一致みたいね、カイン?」

「ぐぬぬぬ!」

「あんたの悪行をおとなしく聞いてなさい。あれは、私がまだ世間知らずのいたいけな少女の頃だった。ディアナの大叔母である伝説の大魔女の元での修行時代、このクズも武者修行と称して転がり込んできた。……、……」


 アガサは予想通り、身振り手振り、ハンカチで涙を拭うフリまでして見せて、大げさに長々と語った。

 一人舞台で、劇まで始めそうだ。


「……と、ある夜、私はこのクズに弄ばれて、使用済みティッシュみたいにポイッとそのまま捨てられたのよ」

「フ、フッフッ、フハハハハ! ついに語るに落ちたな、世界最強の『剣神』カイン・ノド! 今日から世界最狂の『剣チン』に改名すればよいわ!」

「う、うるせえぞ、ドラ猫! くだらねえダジャレ言ってんじゃねえ! ていうか、俺はそこまでひでえことはしてねえ!」

「何を言ってるのよ! あんたが私の処女を奪って、捨てたことは事実でしょうが!」

「ば、バカ言うなよ! 俺達はお互いにガキだったじゃねえか! 俺は捨てたわけじゃねえ、最強を目指すためにお前ときっちり別れて旅に出たんだろうが! つうか、もう二十年も昔の話なのに、いつまで根に持ってんだよ!」

「はっ! 開き直るんじゃないよ、この腐れチ○ポ! あんたのせいで私の青春がメチャクチャになったんじゃないの! 来なさい、十二神将・騰蛇とうだ!」


 アガサが陰陽道最強の式神の一柱を呼び出した。

 蛇神・騰蛇は姿を変形させて鞭に化けた。


「死ね、バカイン!」

「うお!? 危ねえだろ! こんなとこで式神使うんじゃねえよ! こないだも都で鉢合わせした時に殺そうとしやがって!」

「はぁ!? あんたがそのくらいで死ぬわけ無いでしょうが! 世界最強の『剣神』のくせに、下半身の剣ばっかり振り回すな、この女の敵!」


 と、まあこんな事があったわけだ。

 あのアガサはあることないこと語って、ヒステリックにわめいて暴れた。


 ホテルの警備員が止めに入ったからすぐにおとなしくなったけど、相変わらず俺への敵意はひでえもんだぜ。

 マジでイカれてやがる。


 やはり、あの女の妄想力はとんでもねえ。

 さすがは大作家ってやつか。


 アガサの話だと俺が性犯罪者みたいな扱いになってるし。

 あの時は、お互いに同意どころか、自分から誘ってきたじゃねえかよ!

 何で俺が無理矢理襲ってきた事になんだよ!

 意味がわかんねえし!


 だが、あれからのミカエラの冷たい態度は、間違いなくあの女のデタラメを信じてしまったわけだ。

 あいつは素直で真面目でいい子だが、真面目すぎるんだよな。

 ちょっと潔癖すぎるかもしれん。


 ミカエラを引き取ってからは、女遊びはたったの週一だけに少なくした。

 性欲は誰にでもあるんだから、たまには出してやんねえと気が狂うってもんだ。

 これは頑張った俺へのご褒美だろ?

 もちろん、バレないようにこっそりとだぜ?

 俺はミカエラにとっては親代わりなんだから、かっこいい親父を演じないといけないんだからな。


 そんな風に苦労してミカエラとの信頼関係を築いてきた。

 だが、あの女はそれを一瞬で崩しやがった。


 ちくしょう!

 これが飲まずにいられるかってんだ!


「おい、マスター! もっとウイスキーをくれ!」

「……お客さん、飲みすぎですよ?」

「うるせえ! 客がくれって言ってんだから、出せよ! 今夜は飲まねえと、飲まねえと眠れねえんだよぉ! うぅ」

「……はぁ、わかりました。これで最後にしてくださいよ?」

「お、おお! ありがとう、マスター! あんた、優しいなぁ。なぁ、聞いてくれよ、実は……」


 俺はホテルのバーカウンターでやけ酒をあおった。

 そして、バーテンダーに愚痴をこぼした。

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