第40話 英雄王になる男

「お前ら、よくもやってくれたな? ただじゃ済まさねえぞ!」


 タツマは僕が知っている中で一番怒っている。

 それだけで、僕は嬉しくなる。


「待たんか、タツマ! 怒りに身を任せれば、剣は鈍るものだ。こういう時こそ冷静になれ!」

「わかってるよ、クロ!」


 怒りに任せて飛び出そうとしたタツマをクロは制した。

 さすがクロ、状況をよく見ている。


「ぬぬ。それにしても見事なまでにやられたな、マンジよ」

「う、うん。これぐらい大丈夫だよ」

「ミカちゃんは……大丈夫そうね」

「ええ。ただの魔力切れよ。私は大丈夫、サヨさんはマンジくんの手当をお願い」

「マ、マンジさん……おめんどおめえら、ゆるさんべよ!」


 ディアナは怒り心頭というように、急に口調が変わった。

 電流が全身から迸り、髪も逆立っている。


「待って、ディアナちゃん! コイツラ只者じゃないよ。それにカイン隊長は?」

「ああ。あやつは異世界の悪魔が召喚した魔物の軍勢を食い止めておる。元々殺しても死なん男だ。しかもアガサも共におる。町への被害はなかろう」

「そっか。カイン隊長がいれば安心だ。でも……」

「安心せい。コヤツラは吾輩達が倒す」


 クロは、カンフー服の男、オウコツの前に出た。


『何だ、このネコ? 喋ってる、のか?』

『そういう事だ。うぬは吾輩が始末する。よくもマンジをやってくれたな?』

『な!? 人外か!?』


 オウコツは人の言葉を操るクロに驚き、身構えた。

 クロは、僕との修行では見せたこともないほどの速さで動き、爪で襲いかかった。

 しかし、オウコツはこの動きに反応してかわした。

 このまま、目にも留まらぬ高速の攻防が繰り広げられた。


「クックック。オウコツのオッサンはネコとじゃれてんのか? それに、あいつも偉そうにしてたくせに吹っ飛ばされちまって、だっせえ。まあいいや、男はさっさとぶっ殺して、女はオレのハーレムに加えてやるか。特にエルフは可愛がってやるぜぇ?」


 リュウが下卑た笑いを浮かべると、ディアナは背筋に黒い悪魔が這いずったように身震いをした。

 そして、瞬時に両手から電撃魔法を放った。


「ひぃ! ぎ、気持ぢ悪りぃべさぁ! すんね死ね、こん汚物!」

「これは、かめはめ……ぬおおお!?」


 ディアナは拒絶反応からか、リュウに次々と電撃魔法を放ち弾き飛ばしていく。

 あまりの威力に僕たちは唖然と眺めるだけだった。


「す、凄い。異世界の悪魔を圧倒しているなんて。もしかしたら、ディアナさんが私達の世代で最強、かも……」


 ミカエラの呟きに、僕たちは自然と頷いていた。

 残る巨躯の老人は意に介さず一歩前に進み出た。


「ハッ! タツマ、よそ見しないで! 私達の相手も危険よ!」

「おう、分かってるぜ、サヨ! ……それにしても、こいつは凄え圧力だな」


 確かに、タツマの感じた通り、巨躯の老人は静かな威圧感がある。

 僕の背に冷たいものが伝っていくのを感じていると、ミカエラがハッとして口を開いた。


「まさか! この老人は『白狼』モウゴウ、シン帝国の元将軍! でも年を取って引退したはず、まだまだ凄まじい闘気ね。この男が相手では……私も!」

「下がってな、ミカちゃん!」


 魔力切れでまともに動けない身体でも、気力だけで前に出ようとしたミカエラだった。

 しかし、タツマが振り返ることなく背を向けたまま仁王立ちをした。


「無茶よ、タツマくん! 相手は元帝国将軍、全盛期はヤマト王国旅団長クラスよ! いくら衰えたとはいえ……」

「へ! 相手が強えからって、限界のダチに戦わせる気はねえ。だが、負ける気もねえ! 格上上等だ! 俺はここで強敵を倒してさらに一歩高みに登るぜ! 俺は英雄王になる男だ!」


 タツマの闘気が膨れ上がり、周囲に荒れ狂う吹雪を物ともしない熱気が伝わってくる。

 サヨも一歩前に出て、タツマの隣に立ち、僕とミカエラの方を振り返って笑いかけた。


「そ、安心して見ていて、ミカちゃん。タツマは強いんだから。それに、私がいれば二倍どころか三倍も四倍も強くなれる! 陰陽五行・庚寅かのえとら!」


 サヨの陰陽術により、タツマは身体強化されさらに闘気が増した。

 モウゴウは寡黙に一歩前に出て矛を構えた。


 戦闘前の口上とは違い、闘気のぶつかり合いは静かで緊迫している。

 ジリジリと間合いを詰めているが、薄氷を踏む思いに違いない。

 タツマとモウゴウの間の空間だけ凍りついたように静かだ。


 だが時間とともに、まるで詰将棋のように闘気がぶつかり合っているのか、二人の間の雪が激しく舞う。

 凍てつく猛吹雪の夜中だというのに、タツマは額から汗を流し、呼吸も荒くなっている。


 最初に動いたのはタツマだった。


「ヤマト神皇流、神皇飛翔閃!」


 刀の届く間合いの外から、タツマは飛ぶ斬撃を放った。

 この一撃をモウゴウは、矛の一振りで軽く弾いた。


『ふん、読み合いに堪えきれなかったか? 青いわ!』


 モウゴウは巨体の老人とは思えないほどの速さで踏み込んだ。

 攻撃後の無防備な状態のタツマに矛を降り下ろす。


 やられる!?


「やあ! 陰陽五行・己丑つちのとうし!」


 サヨは絶妙のタイミングで、タツマの頭上に陰陽術の防御壁を張った。

 が、モウゴウの一撃が重かったのか、サヨの張った防御壁は粉々に砕かれる。


『む?』


 矛の動きが止まったほんの一瞬の間、タツマは素早くかわしてモウゴウの背後に回っていた。

 サヨが支援の陰陽術を唱える。


「陰陽五行・癸未みずのとひつじ!」

『ぬるいわ!』


 このタツマの動きも読んでいたのか、モウゴウの地を這うような矛のひと振りがタツマに襲いかかる。

 タツマの胴体を真一文字に斬り裂いた。


「そんな、タツマ!?」


 僕は信じられない光景に身体を震わせて膝をついた。

 モウゴウもまた矛を下ろし、手を合わせる。


『敵ながら、将来が楽しみな若者をなくしたものだ』

「う、嘘だ。そんな」

「……大丈夫よ、マンジくん。サヨさんの唱えた術に気が付かないの?」


 ミカエラが僕の肩に手を置き、真剣な表情で前を向いて立っていた。

 ミカエラの言葉の意味に気がついた時、僕はハッと顔を上げた。


『な! こ、これは!』


 モウゴウが斬り捨てたはずのタツマの身体が氷とともに霧散していった。

 サヨの唱えた術は、幻影だ!

 それならタツマは!


 僕とモウゴウが同時に見上げた。

 そこには龍が天を駆けるようにタツマがいた!


「うおおおお! 神皇天翔閃!」

『ぐばァァァ!?』


 タツマの全身で飛び込んだ一撃がモウゴウの脳天に決まった。

 モウゴウは脳天を砕かれ、仰向けに倒れた。


『ぐう、まさかお主のような少年にやられるとは、な』

『へへ。あんたはマジで強かったぜ。一人じゃ勝てなかった』

『ふふふ。見事なコンビネーションだった』

『ああ、俺は物心がついた頃からサヨと一緒に歩んできたんだ。俺達は言葉にしなくてもお互いにわかり合ってんだよ』

『以心伝心、か。人は強くなれるものだな、愛ゆえに。……最期に良いものを見せて、もらった、ぞ』

『……ありがとよ。あんたのおかげで俺はまた強くなれた』


 タツマは倒したモウゴウに頭を下げた。

 命をかけて戦った相手にも礼を尽くす。

 これが、タツマの武士道、英雄王への道なのか。

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