第41話 劣等感の強い弟と偉大な兄

 ムラマサの従者シズとチズの双子は、旅団長オサフネに詰め寄っている。

 オサフネはどこ吹く風と魔法でお湯を出し、優雅にティータイムだ。


「オサフネ様はいつも若に厳しすぎます!」

「そうですよ! 若に何かあったらどうするつもりですか!」

「ええ? ムラマサのやつ、まだこの程度の連中に殺られるレベルなの? 全然成長してないね?」


 オサフネは笑いながら二人をさらに煽った。


「「そんなことありません! 若はずっとずっと強くなっています!!」」

 

 シズとチズは顔を真赤にして声を荒げた。

 本来、主君の兄に対してあまりにも無礼な態度である。

 しかし、当のオサフネは楽しそうに笑った。


「アハハ! お前たちは相変わらずだね。オレが相手でも全く物怖じしないんだから。オヤジが信頼してムラマサの従者にしただけはあるよ」


 と、オサフネが弟の従者たちを揶揄して遊んでいるが、帝国の暗殺部隊約十名はムラマサを取り囲んだ。


 トクダ・ムラマサ、英雄王の次男にしてヤマト王国士官科特等クラス第二位、十分エリートと呼んでも良い経歴である。

 しかし、彼は劣等感が強い。


 国家元首である偉大すぎる父を持ち、直ぐ側には何をしても敵わない兄がいる。

 幼少期から同年代では飛び抜けて優秀だったが、一族を知るものからしたら当然という評価であった。

 

 士官学園に入り、王道を歩んでいくと思われた。

 だが、トップの座を異人である少女ミカエラにあっさりと奪われた。

 またしても後塵を拝することとなったわけである。

 もっとも、ミカエラに出会った時に一目惚れをして以来、立ち会いで本来の実力を出せなかったせいでもあるのだが。

 

 そんなムラマサも士官学園での生活は気に入っていた。

 特等クラスの高い意識を持つ同級生たち、高みへと先に登る上級生たち、一流の実力者揃いの教官達、そして、これまでいなかった自分をライバル視する相手。


 ムラマサは今、大きな存在である兄に自身の成長を見せる場が与えられた。

 その口角は歓喜によって上がり、腰の刀を抜いた。


「はぁああああ!」


 ムラマサの纏う闘気は王者の血筋らしく、堂々たるものだ。

 一歩前に踏み出しただけで、帝国兵はまるで釣られた魚のようにムラマサの元へと飛び込んだ。


 一人目の鉤爪による攻撃を軽々とかわしながら、横薙ぎに一閃。

 上半身と下半身は分かれ、この世ともお別れだ。


 攻撃時が最大の隙ができる瞬間である。

 他の帝国兵はムラマサの一刀の後、波状攻撃を仕掛けてきた。


 が、これはムラマサの誘導である。


 矢が飛べば、飛ぶ斬撃で矢諸共真っ二つ、袈裟斬りの相手がくれば、振り下ろされる前に斬り伏せる。

 ムラマサは堂々と真っ向から剣一本で暗殺者たちを斬り伏せていった。


 夏休み、ミカエラはこの暗殺者たちに苦渋を舐めさせられかけた。

 マンジとクロの協力を得て、ようやく撃退できた程の相手だ。


 しかし、その暗殺者たちも現在のムラマサの相手ではなかった。

 一部隊十名、白銀世界を朱に染め上げて、全滅だ。


「うっきゃー! 若、ステキです!」

「若、カッコいいですよ!」

「こ、こら、お前たち、や、やめんか!」


 シズとチズは静かに佇むムラマサに抱きついた。

 帝国暗殺部隊を完封した男は、その面影もないほど狼狽えていた。


「アハハ! 何だよムラマサ、まだ童貞なのか? こいつらならいつでも同衾していいんだぞ?」


 オサフネが笑いながらムラマサの側へと歩み寄っていくと、首筋に鈍く光る刃が迫った。

 しかし、オサフネの首に届くことはなかった。


「ああ、お前が本命かな? 下っ端共を囮にしてオレの首を取りに来る。狙いは悪くなかったよ。でもね、オレの将来の伴侶は世界最高の隠密なんだ。お前の策は彼女の足元にも及ばないね」


 オサフネが指を鳴らすと、一陣の風が吹き、暗殺隊長は血煙とともに無に帰した。


 ムラマサはすべてを悟った。

 自分の暗殺者たちとの戦いはただの茶番だった。

 この男『風神』トクダ・オサフネの手の平の上で遊ばれていたのだ。


「あれ? オサフネ様、まだカーリーお姉様を狙っていたのですか?」

「狙ってなんて言い方が悪いぞ? オレは本気でカーリーちゃんのことが好きなの。でも、なんで相手にされないんだろ? オレってこんなにいい男なのに」

「ええ? そんなことも分からないんですか? オサフネ様の性格が悪いからですよ」


 従者たちと軽口を叩く今のオサフネには、旅団長の風格は感じられない。

 だが、それは表面上のことだけだ。

 この男は雲よりも掴み所がない。


 ムラマサは決意を固めた。

 今は足元にも及ばない偉大な兄の大きな背中をいつか超えてみせる、と。

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