第35話 上告控訴趣意書① 

 神野は早々に、上告用の簡易裁判所判決及び高等裁判所判決に対する不服理由、自分の見解、それに現場の間取り図を同封してO弁護人に送った。

 1週間ほどして、O弁護人からスマホのEメールに、上告趣意書(案)が届いた。訂正箇所や追加依頼項目があれば、早急に連絡願うとの連絡文も添付されていた。


 神野はすぐさま、上告趣意書(案)をパソコン経由でプリントし、熟読した。

 10か所ぐらい訂正依頼をしたが、特に目撃者の直接目撃位置から現場までの距離が2~3メートルは間違いで、腹心の友である仙人の測定の結果、4.7メートルである事の指摘、それに2~3メートルだと、受付から直接目撃位置までずっと見えているので、4~5秒間見ていない供述は矛盾している旨指摘した。これらの訂正依頼をパソコンからEメールで送信した。

 後日、O弁護人から訂正済みの上告趣意書が神野のスマホに送信されてきた。きれいに訂正されていた。確認後、神野はO弁護人にその旨電話で伝えた。

 更に、指紋の事を訊いてみると、着衣では指紋が付着してない事は無実の証明にはならないと告げられた。過日、義叔父の言ってた通りだ。

 最後に、間取り図は友人を巻き込んで作成した物であり、必ず上告趣意書に添付してくれるよう念押しして電話を置いた。


 上告趣意書の内容は、以下の通りである。


第1 総論(事実誤認)

 原判決等は、控訴事実記載の犯罪事実を認定しているが、被告人が原告の臀部を触ったとするには合理的な疑いが残り、被告人に犯罪の故意があったと認定することはできないから、被告人は無罪である。


第2 原判決等に対する不服の要点

 本件において、控訴事実記載の犯罪事実を認定するうえで重要な証拠は、原告,目撃者の供述である。

 この点,被告人においても,被告人が原告の左太もも付近を右手で触れ,右手を上にスライドさせた際に,親指の指先部分が触れたかもしれないという限りでは,原告の臀部に触ったことは認めているのであるから,公訴事実の『臀部を着衣の上から触り』の客観面については争うことはしない。


 問題は、被告人に対して故意が認められるかという点である。

 本件において被告人の故意を認定するうえで重要な事実となるのが,被告人が原告の臀部に触れた経緯,触れた態様,さらには,触れた時間的長さであるから,被告人の故意を認定するうえでは,かかる観点から慎重な事実認定がなされなければならない。

 しかるに,第1審判決は,故意の認定理由について、『法律の不知は故意を阻却しないのであるから,右手で太ももの裏や臀部に触る故意がなかったという被告人の主張は,わいせつな気持ちで触ったのではないという弁解に過ぎない』と,およそ判決理由の体裁をなしていない。

 被告人は『意図的に臀部を触ったわけではなく,一連の動きの中で手の指が臀部に触れてしまったのであり,故意を否認する』(10丁)と明確に構成要件の客観面の事実の認識がなかった旨主張しているのであって,法律の錯誤を主張しているのではない。

 また,原判決は『これらによれば,被告人は,原告に前屈の姿勢を取らせた上,ある程度継続的に臀部を触っていたもので,このような態様自体から,偶発的に手が当たる等したのではなく,意図的に臀部を触ったものと認められる』とする。

 しかしながら,原告の供述内容だけでは被告人が原告の臀部を継続的に触っていたことを認定することはできないから,被告人の故意が認定されるためには,目撃者の『鏡越しに被告人が原告の臀部を触っていたのを見た』との供述に信用性が認められる必要があるが,後述するとおり当該部分は原告の供述と整合しない。


 そして,被告人の故意を認定するうえで重要な事実について,原告供述と目撃者供述に大きな齟齬があるにもかかわらず,原判決は『原告と目撃者の供述の不一致は,時間の経過や各人の感覚の差などを考えれば,曖昧になっても不思議はない程度の細部の相違にすぎず』と安易に弁護人の主張を排斥しているが,本件ではそのように安易にとらえてもよい程度の細部の相違ではないのである。


 さらに,原判決は『そもそも若い女性のひざ上からその上部にかけて触る行為であっても、明示的な同意がなければ、通常は相手に不安を与える卑わいなもので,被告人供述を前提にしても、故意に欠けるとは考えられない』とするが,これは公訴事実で実行行為(すなわち故意の対象)が『臀部を着衣の上から触り』と特定されていることを忘れ,不当に故意の対象を拡大しているきらいがあるのであって,到底容認できない。


 御庁においては,原告と目撃者供述の不一致を前提としてもなお,被告人に犯罪の故意が認められるか、慎重に判断していただきたい。



to the next Episode.





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