八月十四日

 今日も息子の海は楽しそうに畑を駆け回っている。そんな無邪気な姿を羨ましいと思った。




「はあ……」


「どうしたん、昨日丘でおばあになにか言われたか」


「正解」


「大人になると、考えることが増えるね。子供の頃は無邪気にさ、真っ直ぐ生きてた」






 そう言うと、かあさんはなんだか、全てがわかっているような顔をした。




「あんたのせいで長生きできんかった……って」








「はあ、全くおばあは」


「え?」






 私が昨日の出来事を呟くと、かあさんは、ため息を吐き出して、私に話し始める。もしかしたら、かあさんが何かを知っているかもしれない。




「おばあは本当は会えて嬉しいのにな、すぐ嘘つくんよ」


「え?どういうこと?」


「プライドが高くて、なかなか素直になれんのじゃ。まさか、由美が丘に行ってもそんな態度とはな」


「ツ、ツンデレ……?」


「まあ、今で言うとそうなんじゃろうか」




 なんだか、私は少しほっとした。もしかしたら、何かで恨まれているのかもしれないだとか、怒っているのかもしれないだとか、変な想像をしていたからだ。


 でも、私にはまだ、気になっていることがある。




「それでも、あんたのせいで、長生きできんかったってどういうことなんだろう……」




「なら、また丘に行ってみい。おばあから直接聞くのがええよ」


「うん、行ってみる」








 かあさんの言う通り、私は丘へとまた、箒に跨って空を飛び向かった。


 昨日に続いてやって来た丘は、今日も景色が美しい。




「あれ、昨日のお嬢ちゃん。また来たんか?」


「また来ました」


「頑固なおばあと話しに来たんじゃろ?昔とあやつは変わらんからなあ、ははは」




 丘の上にいると、昨日のおじさまがまた、話しかけてきた。昨日の私を近くで見ていたおじさまは、私が何故来たのか、もうわかっているようだ。はははと、笑ってお話してくれた。




「おばあは孫が産まれる前にいなくなってしもうてな」


「あ……やっぱりそうなんですね……」


「でも、何故かはわしはしらん。でも、この人を呼んどるから、聞いてみなされ」


「え?」




 また、昨日のように杖をビシっとおじさまが向けた先を見ると、今度は私が知っている、大好きな人が立っていた。






「え、と、とうさん!とうさんだ!!」






 それは、私のとうさんだった。






「由美!由美じゃろ。会いたかった、会いたかったぞ、元気しとったんか」


「お、おとうさんうううううぅぅぅぅ」






 突然の久々の再会に、私は涙が溢れ出た。おとうさんのところへ駆け寄って抱きしめた。




 これは、夢ではないよね。




 嬉しすぎて、嬉しすぎて、涙が止まってくれなかった。






 しばらくして、とうさんは言った。






「会えて嬉しいが。でも、なんで由美がおるん?」






 あ、そうだ、私は聞かないといけないことがあるんだった。とうさんの言葉で、私は目的を思い出す。






「あのね、おばあに会いに来たの。でもね……」






 私はとうさんに全てを話した。おばあちゃんに会うためにここまで来た事、おばあちゃんの言葉の意味を知りたいこと。






 すると、とうさんは教えてくれた。






「おばあはな、変なプライドがあってな。しかも頑固でそりゃもう大変な人じゃった。恥ずかしがり屋で、素直に言えなくて、いつも怒ったような顔つきじゃ。厳しい人じゃったよ。とうさんはそれが昔怖くてな」


「とうさんの怒られるとこ想像できるよ」


「どういう意味じゃけ!」


「ふふふ、冗談」






 隣にハハハと笑うとうさんがいて、とっても安心できた。久々に、父の温もりを感じたと思う。こうやって、一緒に話せる時間がまだ、夢みたいで、今日には終わると思うと寂しい。


 そして、おばあの性格が少しづつわかってきた気がする。悪い人ではないだろうし、むしろ優しい人なんじゃないかな。ちょっと素直になれないだけで。






 よかった。






「おばあは物凄い魔女じゃったんじゃ。厳しくて怖くて。でも、由美がかあさんのお腹に出来た時、そりゃあ人が変わったように喜んでな。孫が出来る言うて、近所中にはなして、にこにこしとった」


「そうだったの!?」






 そう話すとうさんの顔は、楽しそうだが、どこか寂しそうだった。






「でもな、お腹の子がある異変を抱えていると、おばあはある日気が付いた。このままでは、無事産まれんかもしれんと」






「え、私が……?」






 ドキッとした。私が産まれる時にそんなことがあったなんて。一体何があったんだろうか。






「だからな、おばあは自分が犠牲になって、無事由美が産まれるようにしたんじゃ。おばあの魔力で」


「そんな……」




「おばあはあと何年生きられるかわからんと言っていたし、由美に産まれて欲しかったんじゃよ」




 言葉が出なかった。そういうことだったんだ。おばあは私を守るために、自分を捧げてまで、私の為に……、私の、私の未来の為に。






「おばあちゃん、私のこと、怒ってないよね?」






 私はとうさんに不安になって聞くと、ハハハと笑って、あの懐かしい笑顔で、私の頭を撫でて言った。






「んなわけあるか、安心せえ」






 それは、懐かしく優しい大好きな笑顔だった。






 しばらくして、とうさんは言った。






「魔女の山の番人に、呼ばれてここまで来てな。まさか由美がおるとはなあ」


「山の番人?」


「ああ、あのダンディな紳士じゃ。ここは消えた魔女と、この世の人が会いやすい場所になっておる。あの番人がおるからここが保たれとるとか」


「へえ、すごいね。何歳なんだろう、あのおじさま」


「何千歳とかじゃろ?」


「えっっ!!」




 私はおじさまの正体を知って、驚いた。あった時、不思議な人だなとは思ったが、やはり、ただものではなかった。




 話に驚いているととうさんは言った。




「さあ、とうさんはそろそろ行かなきゃいけん」


「え?もう?」




 そんな、まだ話していたいよ、とうさん。




「みんなを守るために、あの展望台に行かねばならん」


「そんな、とうさん、また、会えるよね……?」


「ああ、会えるじゃろ。大丈夫じゃ」




 そう言うと、とうさんは薄くなり、展望台の方へと消えていく。




「あと、最後に、由美、大人になったな。この前海とも会えて嬉しかった。また連れて来られよ……また……な」






————サアァァァァアアァァ






 風が靡く。




 最後にとうさんは言葉を残し、いなくなった。






「とうさん……」








 私は涙で視界が潤む。海のような透明な波は、私の目からぽたぽたと零れている。とうさんに会えて、嬉しく、寂しいのだ。








 そして、私はまだやらねばならないことがある。








 待っていてね、おばあちゃん。


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