八月十三日
日本のお盆が来た。
今日はきゅうりとなすで精霊馬を作り、外が見える廊下に並べた。
チリンチリンと風鈴が、素敵な音色を奏で、朝を明るく迎えている。
そして、今日は私のおばあちゃんに会えるかもしれない日。待ち遠しく、今日までどこかそわそわしたまま過ごしていた。
「おばあってどんなひとなんだろ。本当に会えるのかな、会えるといいな」
私は朝一で出発した。朝日が眩しく、七時でも、既に汗だくの外で、箒に跨り、暑さなんて吹き飛ばす勢いで空へと上昇する。
「やっぱ、天気の良い空は気持ちいい」
岡山の晴れた上空を、私は気持ちよく突き進む。かあさんの言っていた、あの丘を目指して。
私は空が大好きだ。そして、海も大好きだ。空も海も、広くてどこまでも続く、終わりのない世界。そんな、空と海のように、どこまでも、広く大きく、優しい人でありたい。
私のとうさんのように。
「お?あれが、かあさんの言っていた丘かな?」
暫く進むと、それらしき丘が現れ、私は降下しゆっくりと地に足を付けた。ここにひとつだけ、高く突き出た丘は、緑が生い茂り、瀬戸内海が遠くに輝いて、空が果てしなく、青く透き通って見え、私を癒していた。広い世界を心から堪能できる素敵な場所だった。
私は仰向けに寝転んで、空を見つめていた。すると、私の視界にひょっこりと、おじさんが現れた。
「やあ、珍しい客じゃな。あんた、魔女じゃろ?」
「うわっ!びびび、びっくりしたあ。って、え?わかるんですか?」
「わかるとも」
突然、私の見えていた世界に入り込んできたダンディなおじさんで、私は驚き、急いで立ち上がる。不思議なことに、オッホンと杖を片手に優しそうなおじさんは、私が魔女だと分かるようだ。
「わしは、昔、小さいが魔法を使こうとったぞ!今は魔女がいればわかるくらいの魔力しかねえがな!」
おじさん、いや、おじさまという表現が適切だろうか。自慢げに、長いお髭を撫でながら、オッホンと話し出す。
「おじさまは、何者で……?」
恐る恐る、質問するとおじさまはこう返した。
「まあ、魔女とよく会うものじゃ。とでも言っておこうか」
「魔女と……」
「ところで、お嬢ちゃん。おばあの孫じゃろ。顔がよう似とるし、魔力も似とるからな」
「おばあを知っているんですか!?」
「知っているとも、おばあはお盆はいつもここに来るんじゃ。あと、お嬢ちゃんの誕生日だったかな」
「私の誕生日?」
私は目の前のおじさまの言葉に驚きながら、頭を回し考える。消えた魔女と会える。つまり、消えた魔女が現れるのは、消えた日とお盆。待って、それって、おばあが私の誕生日ってことは、私が産まれた時って……どんな関係があるの?
私は知らない何かがそこにある予感がした。何故だかは分からないが、知らなきゃいけない気がするのだ。
「まあ、あとは、そこにいるおばあに聞いてみなされ」
「え?」
おじさまが杖で指した方向を見ると、そこには、おばあちゃんと言える容姿の女性が立っていた。
ということは……。
「あなたがおばあ!?」
私は驚きのあまり、声を大にして叫んだ。おばあちゃんだ。私のおばあちゃんだ。かあさんとそっくりだし、間違いない。間違いない、この人は魔女のおばあ!
「真理子の子供か」
「そう!かあさんの!おばあちゃん、私のことわかるの!?」
私は初めて会えるおばあちゃんに興奮していた。嬉しくて嬉しくて、しょうがなかった。
しかし、おばあちゃんは言った。
「あんたのせいで、長生きできんかった。あんたのせいでな」
「え?」
私は黙ってしまう。返す言葉が見つからない。てっきり、会えて喜んで貰えるんだと思っていたからだ。でも、返ってきた言葉は違った。
「おばあちゃん、それってどういう……」
「早く帰られ」
「あの、おばあちゃん。私はおばあちゃんに会いたくて……」
「帰られ」
そう言うと、おばあちゃんはどこかに消えていった。ガツンと、頭におばあちゃんの言葉が落っこちてきていた。ショックなのか動揺なのかわからない。私はしばらくその場を動くことが出来なかった。
そして、おばあちゃんの言う通り、この丘から出て、私は家に帰ることにした。
会えたけれど、全然、想像と違ったのだ。おばあちゃんは私のせいで生きられなかったと言っていた。
怒っているようにも見えた。
一体どういうことだろう。
私はガックシと肩を落としたまま、家へと飛び立った。
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