八月十一日
今日は珍しく雨が降っていた。こういう日もあるのは仕方ないが、雨だと少し憂鬱になる。まあ、いつも晴れとは限らないし、晴れが多いだけであって、雨は降る。いくら晴れの国だとしても、たまには降ってもらわなくちゃ作物が育たない。農家の多いこの土地で、今日は恵の雨となるのだろう。
「とうさん……」
昨日はとても不思議な出来事が起こった。海が言った『おじいちゃんに会った』という言葉がいまだに信じられない。誰かと間違えたのか、でもそんなの、海ならわかるはずだ。頭の回るあの子が、わからないはずはない。たまに度が過ぎることをやらかすけれど、変な嘘をつくような子でもない。
会ったんだろうか。
もし、本当に会ったというのなら、とうさんはいつもあそこにいるのかな。何かの霊にでもなっているのだろうか。
「かあさん、とうさんって死んだんだよね」
私は、かあさんに当たり前の質問をした。だって、うちのとうさんは、私が高校生の頃、いなくなったのだから。
しかし、その質問をかあさんは否定した。
「死んでねえ、消えたんじゃ」
「消えた?」
「そうじゃ、おばあと同じでな、力を使い果たして」
「力、力って?」
「わたしら守るために大きな力を使ったんじゃ。魔女は、自身の全ての力を使うと消える。まあ、普通はありえんがな」
かあさんから聞いた初めての事実に言葉が出なかった。とうさんは、昔、大きな災害に巻き込まれて、死んだと聞いていたからだ。
「大人になってから、話そうと思っとった」
「そっか……」
きっと、かあさんなりに混乱しないように、大人になるまで隠していたのだろう。死んでも消えてもいないのは事実だし、そこまで大きく変わるのかと言われて、私にはよくわからない。
とうさんは、高校生の頃、急にいなくなってしまったのだ。人ってこんなにも簡単にいなくなってしまうのだと、初めて大切な家族を失って辛く苦しく、寂しかった。
とうさんがいなくなる少し前に、私の村には大災害が来るという予言があった。魔女の村ならではの、昔の人が残していった災害の予言だった。魔女の子孫がもう残っておらず、言い伝えも薄れていたあの頃、誰も信じてはいなかったが。
しかし、その災害は予言通りやってきた。今までにない、大きな台風は、この村を飲み込んだ。このままでは、全ての家が飛んでしまうと、皆、騒ぎ、混乱し、怖い思いをしたのを覚えている。
私は家族で避難所に来て過ごしていた。だが、気が付いたらとうさんの姿は消えていた。その後、台風は収まり、やがて、キラキラと日差しが差し込み始め、何事もなかったのように生活は戻っていった。
本当に、何事もなかったのように。
でも、とうさんが帰ってくることは無かった。とうさんだけが戻ってこなかった。
「とうさんは、あの大きな台風を止めに行ったんじゃ」
「え?」
「皆を守ろうと、全ての魔力を使ったんじゃろ、あの展望台でとうさんの最後を、おばあが見たいうとった」
「そ、そうなの!?」
「あれは八月十日だったか。もう、十五年以上も前じゃな。会いてえよ」
「会いたいね」
かあさんは、珍しく寂しそうな顔をしていた。いつも明るく厳しく、強いかあさんだが、きっと、とうさんを思いだし、寂しくなったのだろう。
そして、あの災害を止めたのがとうさんだと、初めて知った。とうさんは、いつも、誰かの為を考える人だった。だからきっと、誰かの為に、皆の為に、自分が消えてでも、守ろうと必死だったのだろう。
私が幼いころから、そういう人だった。
「消えた魔女は、消えた日と、お盆に必ず、決められた場所に現れることになっとる。どこかは、その魔女次第じゃがな」
「お盆、おばあにもとうさんにも会えるかもしれないの?」
「かもしれんな」
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