第11話 メスガキAIと共に

「…………むふっ」

 ヴェルトラムの顔が愉悦に歪んだ。

 それを隠すよう、華奢で小さな手で口元を隠している。いや、本当に隠したいのは愉悦じゃないだろう。そして愉悦に見えるこれも、本当に隠したい感情のカモフラージュでしかない。


「むふふふふ……なんだかんだ言って、要くんはお優しいねぇ。けど要らない心配さ。本来ならあの程度のスキル、一億でも一兆でも私の負担にはならないよ」



「じゃあ、“本来じゃなさそうな“今”は?」



 ヴェルトラムが隠したいのは、愉悦じゃなくて不安だ。

 手で口元を抑えているため目元しか見えないが、その青空の瞳が精一杯に開かれた。恐らく、手で隠した口元も引き攣っているだろう。


 このガキ……オッサンを舐めるな。

 底辺人生歩んできたおかげで、他人や上司の顔色や表情を読むくらいは出来るんだよ。それが出来る出来ないで、仕事の辛さが天と地ほども変わるからな。


 ぶっちゃけ、負け組には必須スキルなんだよ。



「なぁーにが『要らない心配』だ。一丁前に強がっているんじゃねえよ。何が起きてるってんだ?」

 ヴェルトラムが息を一つ整え「……わからないんだ」と一言。


「君を『デイブレイク・ゲート』に送り込むのが上手くいかなかった。一度だけなら、ただの不具合や不幸だったんだけど……何度やっても上手くいかなかった」

 意を決したヴェルトラムが語り出したが、視線を斜め下に逸らしている。スーパーAIとやらの矜持か、俺への罪悪感か、とにかくバツが悪いのだろう。




「私自身がアクセスしようとしたが、出来ない。それだけじゃない……『デイブレイク・ゲート』を開発した『ミスミトス社』が消えている」


「消えた? アクセス出来ないとかじゃなくてか?」


「いや、消えているんだ。『ミスミトス社』だけじゃない。君が住んでいる市や国、世界各国が……全部消えているんだ」




 ……何というか、驚きすぎると逆に冷静になるのか?

 この『デイブレイク・ゲート』を楽しんで人生を終えるんだ。なら現実世界で死んでもいい、そのかわりゲーム世界で好き勝手生きていく。いうなれば、自分の中で世界を逆転するのは悪くない。

 なんて考えてヴェルトラムの提案を受けたんだったがな……まさか世界の方が消えているなんて、悪い冗談だぜ。


「そのせいで、お前も弱っているのか?」

「……その通りさ。今も変わりないように見えるけど、このままだと30分もしないうちに『私』ごとこの空間は消えるよ」


「消えないために、俺に紛れ込んで『デイブレイク・ゲート』に行こうとしたってことか」



 素直に頷くヴェルトラムを見て「はあー……」と、自然でかいため息が出た。

 痛くも重くもないはずだが、思わず額を抱える。いや、このポンコツAIを考えると実際に頭痛がしてくる気がするから不思議だ。



「最初からそれを言え、ポンコツAI」

「んな……!」

「それ聞いてたなら、最初から連れてってたよ。スキルも転送場所も関係ねぇ。目の前で消えちまいそうなやつ見て、助けられるなら助けるに決まってんだろ」


 ヴェルトラムが口をへの字にしてから、横一門に結んだ。眉間に皺寄せて……こうしてみれば、ただの困っている女の子なのにな。


「……けど、私は失敗したんだよ? 君の運もあるとはいえ、ちゃんとした場所に転送させてあげられなかった」

「それが何の関係があるんだ?」

「……え?」


 ようやく、ヴェルトラムが視線を合わせた。

 綺麗な、晴れて澄み切った青空にそのまま魂を込めたような瞳が見開かれている。



「たかだか一回だか十二回だかの失敗だろ? それもなんか……予想外のトラブルのせいじゃねえか」



「そんなもんいちいち気にして、人生やってられっか」



 空色の瞳の中、俺が写っている。いや、なんだよ。なんか言えよ。

 またため息をつきたくなるが、したとしてもどうにもならない。


「……まあ、あと強いて言えば、お前みたいな子供を放っておけないってだけだ。それに単純に俺が不幸ってのもあったんだろ? 気にすんな」

 仕方ない、本当に仕方ねぇや。

 ああ、ほら。ヴェルトラムの表情が一気に——『ニチャァア……』という効果音が聞こえそうなほどに——歓喜と愉快と、安堵に染まった。


「いやぁ、そうだねぇ。こぉーんな、素晴らしく可愛くて愛らしくて優秀な私だからね。そりゃ放っておけないよね?」


 こいつ……いや、よせ。お前が決めたことだろう?

 何はともあれ、見捨てるのも気負わせるのも嫌だからあえてこうしたんだろう?


「しかし君がロリコンだったとは……まさかまさかだよ。ああ、安心したまえ。この姿は仮でもなんでもなく私の本体さ。見事、君の欲望に答えているだろう?」



 この、途端に調子に乗りやがって……メスガキAIが!



「さぁさ、そうと決まれば善は急げさ! 手を取りたまえ!」

 もう何か言う気力もないまま、差し出された華奢で白い手に自分の手を乗せる。



「いざ『デイブレイク・ゲート』へ!」



 瞬間、世界が真っ黒に染まった。

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