第33話 伝播と癇癪と部長と

「ミリア先輩が言ってたことって、明日の私と数馬のデートを尾行するって事ですよね……? 数馬が逃げられない状況を作るって話で、明日のデートの話が出たって事は……」


 ミリアから提案された言葉をうまく整理しながら、分かりやすく言葉を組み立てる一香。そんな彼女の表情は驚きながらも、ミリアと同様に真剣そのものだった。


 広い部屋に急激に広がっていく重々しい雰囲気。それを作ったのは間違いなくミリアで、本人自身それは分かっているようだった。

 それ故に、彼女もまたより一層真剣な眼差しで一香と向き合って言葉を発する。

「ええそうね。デートの最中は影で隙を伺う事になるから、その解釈で間違いないわ。もちろん、会話は極力聞かないように私たちは剣道ちゃんたちと距離は取るつもりだけど」

 と。

「え、待って私たち……?」

 この場にいるもう一人を置き去りにして。


 そしてそれは一香にも伝播する。

「一つ、確認させてください」

「ええ、いいわよ。一つと言わずいくらでも。いいわよね、小悪魔ちゃん」

「いいえ、私は何もよろしくありません」

「いいみたいだから剣道ちゃん、続けてどうぞ」

「無視しないで下さい!」


 話をスルーされる事に慣れていない分、かなり必至に食いつき最終的に癇癪を起こすように大声を出した千尋。自分優先で動いてくれる男子が周りに多い分、話をまともに聞いてくれない事に慣れていないのは仕方ないだろう。

 さらに言えば、仮に千尋が慣れていたとしても癇癪に近いものがあったかもしれない。

 それだけの事をミリアはしていたのだが、本人は思いの外あっけらかんとしており

「どうしたの急に、そんな大声出して。いくら最近チビ助くんを揶揄えてないからってフラストレーションを表に出すのはどうかと思うわよ」

 と、あくまで自分のせいではないと言い切ってしまうのだから凄い。


 そんなミリアに終始ペースを握られっぱなしの千尋はしどろもどろしながらも

「そ、そんなんじゃないです! 部長と一緒にしないで下さい!! そうじゃなくて、どうして藤宮先輩と一香先輩のデートを私が尾行する事になってるんですか!? 私を巻き込まないで下さい!」

 と、なんとか自分の意見を口にする。



 すると、千尋の言葉を聞いたミリアはクスリと笑う。

「なんだ、そう言う事ね」

「なんだってなんですか、なんだって。笑い事じゃないですよ」

「だって、小悪魔ちゃんったら、小さな事で悩んでるんだもの」

「小さな、事……? どういうことですか、それ……」

 終始小さな笑みを浮かべながらも、一向にそのワケを口にしないミリアに千尋は困惑していた。


 そんな彼女に一人の女神が寄り添い始める。

「えっとね、千尋ちゃん。部活は楽しい?」

「そりゃ、楽しくなかったら来ませんよ」

「その楽しさは写真を撮る楽しさ? それともみんなとワイワイしてる時の楽しさ?」

「それは……」

 一香の言葉に身に覚えがあるのだろう。千尋は言葉を詰まらせていた。


 すると、今度はミリアの方に目を向ける黒髪女神様。

「ミリア先輩が“私たち”って言ったのは、ミリア先輩自身はみんなとワイワイ部活してる時の方が楽しいからじゃないかな? そうですよね、ミリア先輩」

 先ほどまでの真剣な目ではなく、優しさと慈愛の目で。

 一香の真面目な言葉に次第に赤面させていくミリア。

「そういう恥ずかしいの、面と向かって言われるの、ものすごく負けた気分になるのだけど……まぁ、概ねそうね。正しく言うなら、“メンバー全員”での部活だけれど」

 それでも、赤面しながらもミリアなりにきちんと先輩としての言葉を紡ぎ出していく。

 揶揄いたがりの自由奔放な先輩としてではなく、写真部を納める部長として。


 そんな表情のまま、ミリアは改めて千尋と向き合った。

「まぁ、そう言うわけであなたを自然と巻き込んでしまったわけなのだけど……嫌だったかしら?」

「……そう言うことなら、仕方ないですね。いいですよ、部長に付き合いますよ!!」

「そうこなくっちゃね」

 一香に質問された時から、千尋の答えは“後者”で決まっていた。しかし、そう簡単に答えを表に出せるほど軽い性格をしていない。そうでなければ、先輩である数馬に強く当たる事なんてしない。

 それでも答えの出し方を示されれば話が変わってくる。それも、赤の他人ではなく、その人のあり方をよく知っている人物───すなわち、ミリアである。



 そんなこんなで、千尋の件が解消され、再び緊張感が舞い戻る。

 しかし、その緊張感に重々しいものは感じられず

「さてと、話が逸れちゃったけど、改めて」

 少しだけ軽く、しかしながら───

「聞きたいことって何かしら、剣道ちゃん」

「……二人は数馬の事、どう思ってるのかなって。それだけ、聞きたいの」

 ほんのり苦いものだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る